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香港 #15
飛行機を降りると急いで入国審査場へ向かった。早朝で混雑がなく、預けた荷物もなかったのですぐに入国できた。
ターミナルを出ると少し明るくなってきた空と澄んだ空気が私を迎えた。
母の入院している病院までは30分程だった。そこに向かうタクシーの中で、私は、ただただ間に合って欲しいと祈っていた。
病院につくと、看護師さんが先導してくれた。母の病室の扉を開けると、真っ白な顔をした母の姿が見えた。そして祖母と、初めて会う紳士と、その人の娘さんらしき人が母の側にいた。すぐに母の再婚相手と、その子供さんだと悟った。
祖母が泣きながら「優亜ちゃん、早くこっちへ」と震える声で呼んだ。
私はその見知らぬ男性と娘さんに軽く会釈し祖母の側にかけよった。
「さあ、手を握ってあげて」
祖母の声に促され、意識のない母の左手を握った。その手は、もう温かさがほとんどなかった。
母が繋がれたモニターの数値はとても低く、私は、母の死期が近づいていると理解した。でも、突然すぎるこの状況と、二十何年ぶりに再会した変わり果てた母の姿が理解できず頭は真っ白だった。そんな中、私が母の手をさすると、モニターの数字はわずかだが、上がっていった。
私の前にいた娘さんは泣きながら母の右手を握りしめていた。
「お母さん」
彼女のその一言があまりに優しくそして切なく私の胸に響いてきた。私は急に、この子は再婚相手の連れ子ではなく、母が生んだ娘なのだろうかと思う。そうだとしたら私の妹になるの・・・かと。その状況下でそれは、異様な冷静さだったのかもしれなかった。そして、私は彼女の様に泣きじゃくるわけでもなく、母に声をかけるわけでもなく、ただ母の左手をさすっていた。
私を置いて家を出る前の母の記憶は、実はとても美しい母の姿だ。
私の右手をとってよく河原を歩きながら、一緒に歌を歌った事を覚えてる。私は、それを静かに口ずさみだした。
すると、意識も何もない母が、すうっと涙を流した。私の歌が聞こえたのだろうか?でも、もう口も開かなかったし目も開けなかった。
そして、モニターの数字は再び上がる事はなく、徐々に下降し0になった。
画面上に出ていた緑の波形は水平線を描いた。
「美英!」
男性と、祖母が母にしがみついた。
「お母さん!」娘さんが号泣した。
私は母の手をそっと離し、少し後ろに退いて母と皆の姿を見た。
悲しいとかの感情も何もなかった。恨みも何も、もうなかった。
母が死んだ?!その事実をどう心の中で処理して良いのか全く分からなかった。そしてただ、そこに居た。