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香港 #37
香港に帰り、仕事に戻った。
忙しいお陰で気分の悪さは多少まぎれたが、一日が終わって帰る前にはぐったりしていた。自分の中に子供が宿るというのがこんなにも大変な事だったのかと、母や祖母、そして世の中の母親達に頭が下がる思いがした。
皆、こんな風に辛い時期を乗り越えているのなら、私も我が子に会う日の為に頑張らなきゃいけない。そんな風に自分に言い聞かせ毎日を過ごしていた。
その日も、あまり体調がすぐれず無理をしていた。
仕事を終えほっとしたせいか、思いがけず倒れそうになったところをミンさんが抱えてくれて事なきをえた。
仕事に関しても他でも彼女にはいつも助けてもらう事が多かった。
人一倍親切な彼女はとても心配し、私を更衣室まで連れて行ってくれたが、私は彼女にさえ本当の事は知られたくなかった。それで、少し休んだら落ち着くと思うからと言って、すぐ、一人にしてもらった。
強い吐き気に襲われ、私は、更衣室を出てレストルームへ急いだ。でも、ムカムカするだけで少しも吐けず自分の体を持て余した。
訳もなく涙が溢れて来る。それを拭いながら、仕方なく、ある程度落ちつくまで個室の中で一人耐え過ごし、呼吸を整えた。
個室からやっと出て、レストルームの大きな鏡に映った私を見ると、顔面蒼白のひどい顔をしていた。
誰かに見られない様、用心しながらそこから出て早急に更衣室へ戻ろうとしたが、タイミング悪く一番会いたくないラム先輩と出くわしてしまった。
「最近ずっと気になってたんだよ。遠くからただ、毎日君を見続けていたけど、体調が悪そうでとても心配してたんだ。まちがってたらごめん・・・でも、悪阻じゃないの?」
あまりに驚いて言葉を失った私に、追い打ちをかけるように先輩の次の言葉が飛んできた。
「僕の子供だよね」
先輩は、謎の笑みを浮かべる。
「違う、絶対違う!だって・・・」
私は半泣きだった。
首を大きく横に振り、その場からすぐに消えたいと、先輩に背を向け走り去ろうとした瞬間に、腕を掴まれ抱きしめられた。しかし、すぐに私はありったけの力で先輩の腕を無理やりほどいて、逃げた。
廊下を曲ったところで今度はシンディさんと危うくぶつかるところだったが
慌てて避け、「ごめんなさい」と小声で言って頭を下げた。
まるで悪夢を見ている様だと思いながら、下を向いたまま更衣室の方へ向かった。