【新ゾンビの使い方】
「お忙しいところ申し訳ありません。派遣の申し込みで……はい。あ、そうなんですか。え? ちょっとそれは……あー、これですね。うーん。じゃあ、試してみます。はい。そのメニューで。はい。よろしくお願いします。失礼いたします」
「……どうだった?」
僕が黒電話の受話器をガチャンと置くと同時に、隣のデスクにいる同僚が聞いてきた。
その声に元気はなく、今日も彼の目の下には海苔のように真っ黒な隈が貼り付いている。
「ゾンビ、だってさ」
僕たちは肩を落として大きなため息をついた。
近年、世界はパンデミックや大災害、戦争などにより大恐慌に陥っていた。
地震や台風の影響で食べ物が育たないため、物価が高騰。嗜好品が欲しいなんて言えない時代になってしまった。
そんな生活に民衆は苦しみ、助けを必要としたが、辛いのは政治家も警察もみんな同じだった。
誰も助けてくれない。誰も他人を気にする余裕はない。
そんな中、日本人は『コックリさん』に救いを求めた。
そう。僕たちのことだ。
『コックリさん』とは、紙と鉛筆と十円(実際は丸くて平たければ何でもいい。)があれば老若男女誰もができる日本の伝統的な降霊術である。
二人以上で行うもので、まず紙に五十音と真ん中上部に鳥居を描く。そして十円をその場にいる参加者全員の人差し指で抑えて、「コックリさん、コックリさん。おいでください」と唱えると僕らが召喚される。
一音一音十円でなぞりながら伝えるため少し面倒だが、人間からすれば、好きな時にできて未来などの情報を知ることができる『リスクのない便利なお遊び』と認識しているのだろう。
しかし、僕ら怪異からしたられっきとしたビジネスだ。
一回呼び出されるごとに呼び出した人間の寿命をもらっている。
寿命を取ると言っても半年とかそこらだから、余程の短命じゃない限り気づく人間などいない。
とてもホワイトな仕事で、僕も誇りをもって『コックリさん』をしている。
ただ、今その誇りがポッキリ折れそうになっているのだ。
理由は、呼ばれすぎ問題。
日本人は生活苦の不安から『コックリさん』を毎日何度もするようになった。
その度に呼ばれる僕らは、数分ごとに北から南、西東を行ったり来たり。今期の『コックリさん』は同僚と僕の二人しかいないため日本を上下半分に分けて担当しているが、それでもワンオペ状態。忙しすぎて死にそうだ。
他の怪異に助っ人に来てもらおうと思ったが、今の世の中、日本ではどの怪異も大忙しらしい。
そこで会議の末に、僕らは海外の派遣企業に連絡する事にした。
外国の怪異なら、まだ余裕があるんじゃないかと思っていたのに……
常時花形である『エンジェル』や『ブラッディ・メアリー』は当然のことながら、まさかの『チュパカブラ』まで予約が五年待ちだというではないか。
五年も十年も待てるわけもなく、諦めかけて電話を切ろうとした時、先方に『ゾンビ』なら数百体単位で即時派遣できると言われた。
戸惑っていると、
『ゾンビ』の場合返却の必要がないし、割引きに加え、ゾンビ呼び放題キャンペーン中だと熱心に説得されてしまった。
サイトのメニュー表を確認すると、『ゾンビ』は一番安価だった。
だから、つい選んでしまった。
「コックリさんを呼んだのにゾンビが来たんだけどって、人間からクレームが殺到するんじゃないか?」
顔がゾンビ色になっている同僚が苦笑いしている。
「だって、このままじゃこっちの命が危ないんだから仕方ないよ。とりあえず僕たちは一度寝て、あとのことは起きたら考えよう。ゾンビ放題でお願いしといたよ」
「あはは。ドリンクバーじゃないんだから」
同僚はそう言った直後、デスクに突っ伏して寝息を立て始めた。
それを確認して、僕の意識も途絶えた。
睡眠の誘惑に自らを委ねる幸せを感じながら。
この時、やはり寝不足で頭が働いていなかったことは否定できない。
でも、起きた時に世界があんな事になっているとは、寝不足の頭を差し引いたとしても予期することはできなかっただろう。
僕が起きた時、景色が違って見えた。
いや、景色だけではない。空気の匂いすら違うのだ。全く別の惑星に来てしまったとさえ思った。
僕らは神社の鳥居を出入り口に、妖怪の世界と人間界を行き来しているのだが、今鳥居から出てみると植物が四方八方に伸び放題になっていた。
松の木や杉の木は、海藻のようにうねりながら成長しているし、振り返って見てみると鳥居にも蔦が無数に絡まり、以前何色だったのかも分からなくなっている。
まるでジャングルだ。
境内へ続く参道の石畳も背の高い雑草が生い茂っている。よく見ると、一筋だけケモノ道ができていた。
僕が寝ているうちにこの神社は、廃れてしまったのだろうか……。
しばらく呆然としていると、草を分けながら参道をこちらへ向かってくる者がいた。同僚だ。
先に起きていたようで、ケモノ道も彼によってつくられたのだろう。
慌てているようだが、目の下のクマはしっかり消えていた。
「大変だ! ぞんぞぞぞ、に、人間が! ゾゾン!」
「落ち着け。僕は今起きたんだ。深呼吸してからゆっくり教えてくれ」
同僚は大袈裟に大きく深呼吸した後、街がよく見渡せる高台に連れて行ってくれた。
僕は一目見て、息を呑んだ。
住宅街も、ビルもない。眼下は緑一色だった。池に藻がびっしりと敷き詰められた『アオコ』という現象を思い出す。
「これは……」
「私もさっき起きたんだ。驚いて外を探索していたら、そこで運よく買い物帰りの狸に会って……」
同僚が狸に聞いた話は、寝ていた間に起きた世界の変化だった。
僕らが不在だった一年間も日本ではコックリさんが行われていた。
しかし、質問をしても十円は全く動く気配はなく、その代わりにゾンビが床から出現するようになった。
フローリングでもコンクリートでも畳でもどこからでも現れる。人間が『コックリさん』をやるたびにゾンビ、ゾンビ、ゾンビ……。
驚いた人間は、噛まれたら自分達も死んでゾンビになるだろうと一時パニックになり逃げ惑っていたが、だんだんと臭い、キモイ以外に害がないことがわかり放置し始めた。
それでも、国民のコックリさん熱は止まず、ゾンビは無駄に増えていく一方だった。
コックリさんにゾンビの消し方を聞こうとしてまたゾンビが出てしまうという悪循環に陥る者、何回でコックリさんが出るかとガチャ感覚でゾンビを大量に出す奴もいたそうだ。
そんなこんなで、日本のゾンビ数はえらい事になってしまった。
そして、半年前までゾンビは何の役にも立たない害のない害獣扱いだったらしい。
「半年前まで?」
「そう。半年前、人間の中から一人の天才が現れた」
それは、食物を愛する御谷斎大助(オヤサイダイスケ)という老人だ。彼は『ゾンビ』の画期的な使い方を世界に広めた。
なんと、『ゾンビ』は最高の腐葉土と肥料になるのだという。
はじめ、彼は興味本位で『ゾンビ』の頭から下を土に入れて、その隣でトマトを育て始めた。
すると驚く事にたった三日でトマトができたのだ。それは大きく実り、味も従来のものに比べると格段にうまかった。栄養素もものすごい。
トマトだけではない。どんな野菜も素晴らしい成長を遂げ、その野菜を餌にした家畜はムキムキのムチムチに……。
大災害で食べることもできず、心も体もギスギスになっていた人間たちは、この御谷斎老人のアドバイスに従ったところ、すぐに食料が手に入りはじめた。
美味しいものを摂ると心も落ち着き、健康になる。この発見の三ヶ月後には、戦争も災害も徐々に消え、平和な世界が訪れたという。
今では、ゾンビをいろんな場所に埋めて植物を育てた結果、草木が家やビルまで多い尽くしてしまったらしい。
つまり、住宅街やビルは無くなったのではなく、草で見えなくなっていたのだ。
何気なく、視線を街並みから足下に移すと、地面から頭だけ出したヨーロッパ系ゾンビが虚ろな目でこちらを見ていた。
僕らが代替要員として雇った『ゾンビ』がこの一年で世界の危機を救っていたとは……
その後もコックリさんをする人間はたくさんいた。
しかし、彼らが求めているのはもう僕らではない。
この間は、呼ばれて十円を動かしたら「あ、ゾンビじゃないみたい。チェンジで」なんて言われた。
ちょっと切ない。
余談だが、現在海外派遣企業のサイトのトップページには、
「お客様には大変ご不便をおかけしております。当社大人気のゾンビ呼び放題キャンペーンですが、ゾンビの供給事情により、キャンペーンの廃止と価格の改変をさせていただきました。」
という一文があった。
おわり