後輩がイケメンすぎると問題かと… 第1話
あらすじ
産業スパイ系の会社に勤務する由美は後輩の恵基(しげき)とコンビを組んで3年目。イケメン過ぎるビジュアルを武器に最低な恋愛モラルで傍若無人に振る舞う彼に翻弄される毎日だ。そんなある日恵基から週末を彼のクルーザーで過ごそうと招待された。恵基の友人で警視庁の刑事、山口稔とその妻ゆりかの4人で港へ向かう由美だが、隣のヨットの殺人事件を機に恵基への想いに気付いてしまう。恵基との友人関係を崩す恋心に揺らぐ由美に、現場で見つかったアメジストの指輪が事件を解決に導くと同時に恵基の過去を語り出した。
プロローグ
波の音が心地よく奏でられていた静かなマリーナに異変が起きたのは夜の9時近くだった。
高級ヨットから突然聞こえた女性の悲鳴… そして、妻の名前を激しく呼ぶ中嶋社長の叫び声が響きわたった。
「真由美! 真由美っ!! 」
隣のデッキでカクテルを飲みながらお喋りに興じていた私達は、その只ならぬ声を聞き、隣のヨットへ駆けつけた。
まるでホテルのスイートルームの様に優雅なサロンのソファーに、このヨットの所有者である中嶋社長の妻、真由美さんが崩れるように横たわっていた。だらりと落ちた首にはロープのような痕がはっきりと浮かんでいる。絞殺だ。
中嶋社長はフローリングの床に這いつくばり、死体を抱きしめながら妻の名前を呼び続けていた… その近くには社長を車で送ってきた秘書の田口麗子さんが両手を口にあてて立ち尽くしていた。
ソファーの前のローテーブルには食べかけのカナッペ、そして床にはシャンペンのボトルとグラスが1つ転がっていた。零れたシャンペンがソファーの前に布かれたペルシャ製のカーペットに薄黒いシミをつけている。
「…俺、西さん呼んでくる… 」
恵基(しげき)がヨットハーバーの中央にある管理人室に向かって駆けだした。
ちょうど4時間くらい前、恵基が所有する小さなクルーザーのデッキにいた私達は隣のヨットに入る真由美さんと言葉を交わし、明日のブランチを一緒にすると約束したばかりだった。
1
「男は万札、女は見た目なんだよ」
「何よその言い方! 完全に女をバカにしてるっ」
「要するに、俺がジジイになっても若い子が寄ってくる可能性が高いってことなの」
恵基(しげき)が涼しい顔でコーヒーを啜った。
確かに週刊誌を捲れば、親子ほど歳の離れたカップルの話題があるし、夜の街では孫くらい若い女の子侍らせて豪遊している爺さん達も見かける。歳の差があり過ぎる若い子を侍らせた老人層はみんなお金持ちだ。
私も恵基も、どちらかというとお金持ち枠なのかもしれない。
私達の職業は「産業スパイ」。その成功報酬は桁違いに高額なのだ。
私達が所属している会社は、データ管理開発システムとビジネスコンサルティングを扱うという触れ込みだけど、実際は特定の企業の内情を探り、その極秘情報を依頼主に渡す民間の諜報機関だ。時には警察や弁護士会からの依頼で刑事事件も扱うことだってある。
下手すると逮捕されかねないし、命さえ狙われちをゃうかもしれない活動内容もあるから、当然それに見合う報酬は頂いている。
私の前にいる失礼ままならないこの長身のナルシスト男、恵基は3年後輩の同僚だ。
元CIAという肩書を引っ提げた超有力株として入社してきたこの後輩は確かに優秀だが、海外生活が長かったせいか、大胆過ぎる行動が会社側の大きな難点だった。
それで、ネコの首に鈴をつける役に選ばれたのが私だった。お目付け役がてら、ある意味コンビを組むようになった私達は、この3年間ほとんど一緒に行動してる。
身長182センチ、両親のことはあまり知らないという恵基だが、父親は外国人だったらしい。長いまつ毛に目鼻立ちがはっきりしたハーフ顔で、街を歩いていてもかなり目立つタイプだ。
これだけのビジュアルだから、これまで何度もモデル事務所やホストクラブからスカウトかけられているという話だけど、この仕事のほうがその何倍も稼げるのだから、職替えする気はないらしい。
この週末は恵基が所有するクルーザーで過ごすことになった。
デートなんかじゃない。今、私達がマークしている総合美容グループ『ミュゼ』の経営者、中嶋社長のプライベートを探るためだ。
『ミュゼ』は美容整形クリニックからフィットネス、オーガニック食材店やオリジナルのファッションブランドなど多方面に事業を展開している注目の企業。
最近、あるオーガニック化粧品製造会社の買収にも乗り出していて、同じく買収を狙うライバル会社から、私達の会社に調査と情報提供の依頼が入っっていた。
『ミュゼ』の中嶋社長は高級ヨットを所有しており、空いた時間の殆どをそこで過ごすらしい。
恵基はあの手この手を使い、自分のクルーザーを社長のヨットの隣に停泊させることに成功し、「お隣さん」として中嶋社長と連絡先を交換するような関係も作り上げたのだ。
この週末、中嶋社長がヨットで過ごすという情報をゲットした恵基は、自分のクルーザーに私を招待してきた。
「社長1人だったら釣りにでも誘うつもりだったんだけど、今回は奥さん同伴らしいんだよ。だから、由美さんも一緒にどうかな? と思ってさ」
まるで私は「付け合わせの道具」みたいに感じるけど、有力な情報を掴めるチャンスかもしれないし、週末は特に予定もなかったので承諾した。
「ついでに、俺の友達も呼ぼうと思うんだ。由美さんも知ってる稔とゆりかちゃん。
俺と2人っきりで夜を過ごすことになっちゃったらさあ、由美さん俺とエッチしたいムードになるかもって思うんだよねー。
俺は全然構わないけど、由美さんの場合、してもしなくても後味悪いんじゃないかな と思ってさ… 」
女好きナルシストの壊れた思考回路は置いといて、一応コイツなりに私に気を使ってくれたってことなのかな…?
まあそういうことで、友人2人との待ち合わせ時間、恋愛をお遊びとしか考えていないこのイケメンに、
「あんた結婚とか、恋愛とか真面目に考えたことないの? 今はいいけど、このままだと結局1人ぼっちになっちゃうわよ」
と振ってしまい、この常識離れした後輩の恋愛論を聞かされる破目になったのだ。
カフェショップに流れる軽快なBGMのおかげで、このオレ様男のナメた発言は周囲には聞こえていない。
別のテーブルにいる女子グループが私と恵基を見比べてヒソヒソ話しているのに気が付いた。
彼女達の話なんて聞こえなくても、その内容は凡そ検討がつく。
—— 何、あの人。どうやってあんなイケメン、ゲットしたのかしら?
―― 地味女|《じみじょ》がイイ男と一緒にいるの鼻にかけてるみたいで、ヤな感じ
—— でも、あの男性ステキね~
…そんなとこだろう。恵基と2人の時はいつもこんな理不尽な視線に晒されてしまう。
いっそ、私の背中に貼り紙でもしておこうかな?
「私はこの人の彼女ではありません。彼女希望の方はご遠慮なく立候補ください」
って…。
そんなことを考えながら、相変わらず続いている恵基の話にイライラしながら付き合っていた。
「…それにさ、俺のビジュアル、ブレてねぇだろ? 俺って見た目と万札、両方制覇したレアキャラなんだよ。歳とっちゃうと、見た目と体力は低下していくから、それが超Maxの今、いろんな女の子と恋を楽しみたいっていう男心、由美さんにはわかんないだろうなあ~」
ホント、恋愛に関する恵基のモラルは、奈落の底すら高く思えるほど低い。
「恵基、あんたが力説するその魅力は結局、差し引きゼロなの!女子だってちゃんと考えて行動するんだから!
女の子を動くダッチワイフ程度にしか考えていない軽率さと、その自己中な快楽主義が反比例してるの。それだけじゃないわね。自惚れも入れたらゼロどころか、マイナスの最低クラスなのよ!」
何がレアキャラだ。何がイケメンだ。超絶最低のクズ男じゃないの!
「ひっで~なあ由美さん、そこまでケチョンケチョンに言われたら、いくら俺でも傷ついちゃうよお。 あ、ねえ、もしかして由美さん俺に惚れてるんじゃない? だったらそう言ってくれればいいのに… 素直じゃないなあ」
「何でそういう展開になるわけ? あんたの思考回路どうなってんの? 」
ホント、この男をビシッと振ってくれる女の人が出現して欲しいと心から願う!
でもそれはかなり無理だ…
金回りの良い長身のイケメンで妙なカリスマ性まで持ち合わせた30代… これだけでも凄い破壊力なのに、恵基はヒヨコ的なさじ加減ができて、本来の俺様キャラとピヨピヨのギャップ萌えも凄いのだ。
事実、私だって3年間ずっと恵基に毒づいているけど、結局嫌いにはなれない。
一緒にいることが多かったからか、バズーカ的なイケメン顔には免疫ができた。そしていつの間にか気さくな友人の1人となってしまったコイツは、女たらしの部分を除けば頼りになるし、わりとマメで優しい…
「ほんと由美さんて発言に遠慮ないよなあ。それじゃ彼氏できないよー。ほら、『女は顔』なんだから、いくら由美さんが万札持っててもお婆ちゃんになっちゃったらキツイと思うよ。由美さんこそ、今が勝負なんじゃないの? 」
「うるさい!」
――― 余計なお世話よ! ―――
と続けるつもりだったのに、その言葉を先に恵基に奪われた。
「余計なお世話だけどさ… でも由美さんの切れ長の瞳って魅力的だし、スタイルいいし、その発言を3分の1くらいに控えて微笑んでくれれば魅力的だと思うんだけどなあ… 俺、由美さん好きだよ」
形の良い大きな目を細めて私を見詰める恵基の仕草に、思わずドキッとしてしまう。
120%揶揄われてるとわかっていても、艶やかな瞳についクラッときてしまう自分が悔しい…。
こんな破壊的な色男の傍で私が相変わらず『友人』のポジションを保持できているのは、恵基自身が私に興味を示さないからだ。
どんな女の子でも恵基に狙われたら終わりだ… 私の知る限り、結局この自己陶酔男の理論はこれまでずっと証明されてきているのだから。
顔の火照りを悟られないように目を逸らした時、カフェショップの入口を見て恵基が手を挙げた。
「よう、稔!ここだよー」
待っていた友人が合流だ。
山口稔とゆりか夫妻。恵基の友人だが、彼と一緒にいることが多い私もこの2人のことはよく知っている。
「待たせたな。あ、久しぶり、由美さん」
恵基に勝るとも劣らない長身で、肩幅の広い稔さんが穏やかに微笑んだ。
山口稔さんは恵基よりちょっと年上で、温厚そのものといった雰囲気のダンディーな人だ。奥さんのゆりかちゃんは稔さんよりひと回り以上も若い。モデルをしている彼女はスタイル抜群で、ファッションセンスもなかなかだ。
「ゆりかちゃん、お久しぶり~。ちょっと見ない間に一段とセクシーじゃん… あれ? 髪型変えた? 」
さっき私に向けたのと同じ流し目を稔さんの奥さんにも注いでる恵基、ほんと軽すぎる奴。節操ないのかしら…
「恵基さんも、相変わらず素敵ですね。髪型変えてませんよ、私。ロングのままです。今日はほら、お団子結ってるから… あっ、由美さんもお久しぶりです」
ゆりかちゃんは恵基をうまくかわせる数少ない美女だ。
誰にでも艶のある言葉を投げてくる『夫の友人』を熟知している。
事実この2人は、私の勤務する会社に恵基がやってくる前からの付き合いだそうで、私より遥かに、このイケメンナルシストへの対応能力がある。
稔さんは警視庁の捜査一課に勤務する警部補さん。彼も長身でイケメンだけど、外見に気を使わないせいか地味に見える。
白のシャツに一張羅の茶色いジャケットを羽織った服装なんかも、肩が大きくあいたマリンカラーのタイトワンピースできめたゆりかちゃんと比べると、かなりアンバランスだ。他人から見ればこの2人って、叔父さんと姪くらいにしか見えないんじゃないかな?
年齢も雰囲気も職業もかけ離れた稔さんとゆりかちゃんが夫婦というのも驚きだけど、それよりもっと不可解なのは、稔さんが恵基の親友だということ。
ちょっぴり昭和気質で、曲がったことが大嫌いな稔さんが、なんでこんな気分屋で女たらしのナルシストと反りが合うのか… 私には不思議でしょうがない。
「稔おまえ車、どこ停めてんの?」
「この地下のパーキング。30分まで無料だから、そっちさえよかったら早速出発しようぜ」
恵基の愛車、日産フェアレディ―Zは2人乗りのスポーツカーだ。車2台で行くのは燃費が悪いだろうと稔さんが、自分の乗用車を出してくれることになっていた。
仕事がらみとはいえ、気の置けない友人達と一緒に過ごせるのは嬉しい。私はちょっとウキウキしていた。
まさか今夜、殺人事件に遭遇するなんて夢にも思わない私達。誰もが、賑やかで楽しい週末を思い描きながら横浜へと車を走らせた。
第2話:https://note.com/mysteryreosan/n/ned4609891306
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