後輩がイケメンすぎると問題かと… 最終話
「ゆりかちゃん、どう? 体調は」
「うん、順調。今のところ五体満足だってお墨付きもらってるし、なんかホント信じられないな」
ゆりかちゃんと直接会うのは久しぶりだ。ここのところお互い色々あったから、メッセージを交換したり、ほんのちょっと電話で話したりする程度だった。最後に彼女とお茶したのは失踪した恵基をあてもなく探してた時だから、かれこれ3ヵ月以上も前のことだ。
あの時、体調が優れなかったゆりかちゃんは、その後の検査で妊娠していることが判明した。今ちょうど3か月が経過したところらしい。まだお腹はあまり目立っていないけど、モデルやってたゆりかちゃんの体が、微妙にふっくらしているのが微笑ましい。
「まあ、生まれてから問題が生じる可能性もあるって言われてるけど、それは今考えないことにしてる… 稔もね、――心配するな、どんな障害があっても俺達の子供なんだから俺達なりに幸せを教えてやればいい―― って言ってくれてるし… 」
幸せを教える… か、いい言葉だな。
恵基達が育ったあの施設でゆりかちゃんは、虚弱体質改善のために様々な治療を受けたそうだ。抗体を変えて体を強くする人体実験みたいなこともされたという。その過去が自分のお腹の子供に何等かの影響を及ぼす可能性を憂慮して、子供を産むことへの抵抗があったんだそうだ。
「稔さん、神奈川県警から感謝状が出たそうじゃないの。きっと今、公私ともに一番充実してる時期なんじゃない? 」
「そうね。でもあの事件は手放しで喜べないみたいで、感謝状も欲しくなかったみたいだけど… 」
真由美さん殺害に関して警察は、中嶋社長と愛人関係にあった秘書の麗子さんが共謀して真由美さん名義の財産を乗っ取り、化粧品製造会社買収の資金作りをするためだったと発表した。社長も麗子さんもそれを認め、私が知っている『真の動機』は明かされることなく、その後中嶋社長は勾留期間中に心臓発作を起し、あっけなくこの世を去った。そのタイミングが余りにも良過ぎたことに稔さん個人も何等かの疑念を抱いているらしい。
丁度恵基が『証拠隠滅』とやらのために私達から姿をくらましていた時期の出来事だったけど、恵基本人は、中嶋社長を裏で操っていた人間か組織が裏を知り過ぎた社長を始末したのでは という見解だ。更に、秘書の田口麗子はその組織と何らかの関係を持ち、恵基の正体を掴んだ時点で、中嶋社長に妻殺しを唆して買収計画を有利に進めようとしたんじゃないか とまで言っていた。
確かに、あのファッションリングの件さえなければ、恵基は事件に興味を示すこともなかったはずだ。自身の正体が判明することを避けるため、暫く社長から遠ざかっていただろう。そうなれば、例の買収計画はミュゼ側が断然有利な立場になっていたはずだった。
何れにしても亡くなった中嶋社長は崇拝する真由美さんのために、会社の飛躍的な発展を求め続け、いつしか恵基達が知る『裏の世界』に足を踏み入れてしまったのは間違えなさそうだ。
そんな恵基から最近聞いた話では、平和になりつつある全世界を阻止する動きがあるらしいということだ。
テクノロジーや移動手段の発達で国境を超えた庶民間の交流が容易くなった現代では、文化や習慣の違いを超えたグローバルな相互理解が生み出されつつある。性別や国など様々な偏見や敵意を取り除く世の中へと向かい始めたことを、大国の権力者達は厄介な問題と捉えているらしい。
世界のコントロールを目指す者にとって、各国で勃発する混乱や対立は不可欠なのだ。相互理解が進めば進むほど、軍事介入できる要素は少なくなってしまう。
『戦争』を植え付けるイデオロギーを失いつつある世界状況の裏で、誰にも怪しまれずにグローバル化を阻止する『恐怖』を投入する準備が始まっているのだ。テロ、情報操作、疫病の蔓延… どの様な社会現象が用意されつつあるかは定かではないが、その『恐怖の大王』は世界中にばら撒かれる可能性があるというのだ。どうやらあの化粧品製造会社を買収した米国の薬品会社は、その未来を想定しているらしい。
東西冷戦の終了と同時にその動きは始まっていたそうだ。恵基が育ったあの養護施設でも既に人体実験が試行されていたらしい。当時少女だったゆりかちゃんも、ありささんも『治療』という名で軍事機密の実験台にされたと彼は語っていた。
だけど私の聞き伝えは世間には単なる『夢物語』で処理される。必要以上に首を突っ込むことも、正義を振りかざして社会を混乱させることもタブーだ。『夢物語』を無理やり『現実』に置き換えようとすれば、多くの人に不安や不幸を齎してしまうことになるだろう。
恵基やありささん、そしてゆりかちゃんに刻まれた深い心の傷をこれ以上誰にも広げたくない。だから私はゆりかちゃんの友人として、彼女の傍でお互いの人生を尊重し、共有し、希望を失わず未来へ足を進めていきたい。世の中が創り出す不安定な闇に立ち向かう唯一の灯りは、前進する勇気だと思うから… 先の事なんて進んでみなきゃわかんないよ。
「ああ、もうこんな時間だ。ゆりかちゃんと会うの久しぶりだったからつい夢中になっちゃったな。私、そろそろ行くね。これから恵基と約束があるの」
「あらっ、仕事? それともデート? 」
「どっちだろう? 要件も告げないでいきなり呼び出されちゃったから、会ってみないとわかんないな」
私と恵基の関係はノロノロと進んでいる…
恵基は相変わらずイケメン俺様オーラでやりたい放題だ。そんな彼の破天荒ぶりを遠慮なしに咎められるようになった私だけど、結局ブンブン振り回されていることに変りはない。私の『後輩』じゃなく『クライアント』になった今、以前に増して仕事もプライベートも翻弄され続けている毎日だ。
でも確実に変ったこともある。
恵基がとっかえひっかえ女の子を侍らす機会が極端に減った。派手な振る舞いもガールハント用アイテムもめっきり少なくなり、地味なイケメンになってきている感がある。
「別に俺、海が好きなわけじゃなかったからな… 」と、あのクルーザーもあっさり売却してしまった。少しずつだけど多分、ありささんを思い出として心の隅に仕舞おうとしているんだと思う。
3年間も友人だった私達が気にかけなかった事にも小さな変化があった… 私と恵基はお互いに何処に住んでいるか知っている。最近は仕事で遅くなると私の部屋にお泊りするようになってきて、恵基が作ってくれる「サイドカー」を呑み交わしながら甘い夜を過ごすことだってある。私と2人だけの時は、あのヒヨドリのような笑顔で、
「由美さん、そろそろ彼女になるって言ってよぉ 」
と、甘えてくることも増えた。
恵基とずっと一緒にいて、イケメンナルシストもヒヨドリ坊やのどちらも恵基なんだということがわかってきた。まあ一言で言えば、意識的に人格を変えられる質(たち)の悪い解離性同一障害だ。あの悪魔のような施設から誕生した数少ない成功例とされる恵基だが、結局は精神を病んでしまった子供達の生き残りの1人に過ぎないのだ。精神科での治療を勧めた私に本人は、「んなこと、他人に知られてたまるか」と、これから先も仮面を捨てるつもりはないらしい。
まあ恵基自身が陥る対人恐怖を仮面を被ることで緩和することができるなら、このままでもいいのかもしれないと私も諦め始めている。
俺様仮面に小鳥系男子という解離性同一障害のイケメンにすっかり心を奪われている私だけど、これからもずっとこの調子で翻弄させられることは確実だ。だから彼に追われてるこの『心地好さ』を今暫く楽しんでいたい というのが本音だけど… このままズルズルするわけにもいかないし、そろそろ私もルビコン川を渡る準備を始めようかな って思っている今日この頃だ。
「恵基さんに宜しくね。近いうちにまた4人で何処かに行こうよ」
立ち上がった私にそう声をかけたゆりかちゃんのお腹をチョンチョンと突いて、返事した。
「計算違うよ。4人じゃないでしょ? 5人だよ」
「あっ、そうだった…! 」
ゆりかちゃんが、はにかみながら嬉しそうに微笑んでいた。
おわり
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