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後輩がイケメンすぎると問題かと… 第4話

「ん、おいしいわぁ~ このクラブサンド。よくこんなお店みつけたわね!」

 ほっぺが落ちてきそうな笑顔を浮かべたゆりかちゃんが、満足そうにサンドイッチを頬張っている。

 「恵基が知ってたんだよ。どうせ、元カノの受け売りだろ? 」

 そう答える稔さんも、奥さんの喜ぶ顔を見て嬉しそうだ。

 「稔、何でもかんでもそっちの発想で片づけるな。西さんに教えてもらったんだよ。このマリーナを使ってる奴ならだれでも知ってる店だ」

 サンドイッチの詰め合わせを持って恵基と稔さんが船に戻ってきたのはもうお昼近かった。人気の店だからテイクアウトに時間がかかったんだそうだ。

 本当なら亡くなった真由美さんの「とっておきのキャビア」でブランチしながら中嶋社長の豪華なヨットで優雅にクルージングしていた頃なのに、結局私達は昨日と同じ小さなデッキでサンドイッチをパクついていた。

 お昼過ぎから神奈川県警の刑事さんが私達にもう一度事情を聞くためここへやってくるらしい。
 
 「あれ、由美さん食欲ないみたいだけど、どうしたの? 」

 恵基が不思議そうに私を見て声をかけてきた。

 「えっ… そんなことないよ。美味しく頂いてます!」

 いきなりこっちを向かれ、ゼンマイ仕掛けの人形のようにギクシャクした自分を必死で隠した。事実、食事は喉に通らない。

  …たった今、自分の想いに気が付いた。
 
 ついさっきまで女たらしのナルシストだった後輩が、今は一番気になる存在となってしまった。何もなかったみたいに話なんかできるはずがないっ!
 
 私は心の内を気付かれないように、できるだけ彼から目を逸らしてゆっくり味わっているふりをしていが、普段からマメで行動的なイケメンは相変わらず私に構ってくる。

 「さっきから、全然進んでないじゃん。このエビマヨサンド、うまいよ。俺が食べさせてあげよっか? 」

 サンドイッチを持った恵基のバズーカ的なイケメン顔が私の目の前に迫ってきた。

 「ちょっ… やめてよ! 自分で食べられます!! 」

 これまでもこんなシーンはあったけど、以前はただのじゃれ合いだった。でも、今は違う… 意識しすぎで心臓がバクバクしてる。だからいつもより、棘のある口調で恵基を突っぱねた。

 恵基はほんの少しだけ固まったようにみえた。
 が、すぐにまたいつもの態度で、

 「ちぇっ… なんだよ。冷たいなー由美さん。こんなんだったら他の女の子連れてくればよかったなあー」

 と、つまらなそうにエビマヨサンドを持った腕を引っ込め、自分の口に運んでしまった。

 ―― 他の女の子連れてくればよかったなあー ―― 
 
 そんな他愛のない言葉にさえチクリと胸が痛んでる。 

 どうしよう… 私、相当重症だ…

 「そういえば、昨日西さんが中嶋社長のヨットに運んでたお摘み、あれカナッペだったな。この店のやつなのか? 」

 稔さんが昨日の事件の話題を切り出したことで場の空気が変わり、私はちょっとホッとした。

 「そうだと思うよ。あの店、このマリーナの御用達みたいなものだから。何か気になることでもあるのかよ?」

 テーブルのエビマヨサンドをもうひとつ掴んで美味しそうに齧りながら恵基は稔さんの方へ体を向けた。

 「今朝、県警から連絡あって聞いたんだが、真由美さんの体内から睡眠薬が検出されたらしいんだ。ごく微量だそうだけどな」

 「カナッペに混入されてたってことか? 西さんが箱から出して並べただけだろ? 睡眠薬入れる時間ねぇよ」

 「そうだよな。でも、真由美さんの胃の中は、カナッペとシャンペンしか検出されなかったんだ。シャンペンは構造上、未開封のボトルの内部にクスリを混入するのは不可能だから、カナッペかな と思ったんだけどな… まあ、睡眠薬も微量らしいから、本人が飲んだ可能性も高いんだが… 」

 「稔、お前って刑事のわりにはホント手際悪いよなあ。俺ら、あそこの店に1時間くらいいたんだぞ。それ、さっき俺に言ってくれてたら、うまく情報聞き出せてたのにさ」

 「残ったカナッペも分析中だから、孰れはっきりするだろう。それより恵基、お前は中嶋社長とその会社の情報収集してたんだから、そっちで知ってることを話してくれよ」
 
 稔さんが、コーヒーカップを前に置いて、恵基と向き合うように椅子を移動させた。さすが刑事さん。まるでドラマの取り調べシーンを見ているようだ。

 「あのなー、こういうの企業秘密なんだよ。俺達は情報をクライアントに売ってるんだから、そう簡単に喋れるか」

 ドラマなら、恵基は刑事に睨まれた重要参考人の役だな… 彼の魅力的な目線から解放されて余裕が出た私は、この2人のやりとりの成り行きを見守っていた。

 「捜査令状を取ってお前の会社に踏み込めば、その金になる情報も水の泡だぞ。依頼主からは損害賠償を要求されるかもな」

 「おい、稔。俺達を脅すつもりかよ! お前それでも親友か?」

 流石に事件となると、スパイより刑事さんのほうに利がありそうだな。

 「親友だから言ってるんだ。知ってることを俺に喋ってくれれば、警察の介入を必要最小限に抑えてやれる」

 はい、やっぱり稔さんの勝ち! 恵基が不機嫌そうな顔を私に向けて、稔さんへの情報提供に私の同意を得ようとしている。
私が肩をすくめて首を縦に振ると、しぶしぶ話し始めた。

 トータル美容グループ『ミュゼ』は、中嶋社長が起ち上げた会社だ。

 亡くなった真由美さんの父親は整形外科医で、もとは都心にあった小さな美容外科だった。入り婿の中嶋社長はそこに会社を設立して、化粧品やフィットネスなど多くの事業に進出、大成功を収めたのだ。

 「中嶋社長は、医者じゃないんだ。実家は地方の兼業農家、一方の真由美さんは代々医者を排出する名門家系の1人娘。年齢も一回り以上離れた2人の結婚に真由美さん側の親族は大反対だったらしい」

 「あら、私と稔みたいっ♡ 大恋愛だったのね」

 ゆりかちゃんが稔さんにバックハグした。仲いいなあ… ちょっと羨ましい。
 稔さんは照れて、完全に硬直状態だ。

 「中嶋さんが起業して会社を急成長させたのも、真由美さんの家族に認めてもらいたかったからなのかもな。でも結局子供もいないし、入り婿としてかなり肩身の狭い思いしてたみたいだ。女遊びも派手で、銀座の高級クラブでは真由美さんも黙認してるともっぱらの噂だよ」

 「じゃ、連れてくる愛人は履いて捨てる程いただろ? 冷めきった仲の奥さんと何でわざわざ週末過ごすんだ?」

 稔さんが硬直したまま、頭をひねった。

 「ここに奥さん連れてくるの、初めてだよ。まあ、俺が中嶋社長に接近したのは最近だけどな、奥さんは船が苦手だから、ここはいつも1人で来るって言ってたし… 」

 「ふうん… そして珍しく同伴した真由美さんは殺された。微量だが睡眠薬も飲んでいた。
 ただ、中嶋社長の動機は薄いんだよなあ… アリバイもあるし」

 あれっ? 稔さんも中嶋社長を疑ってる? 昨日は強盗説を支持していたはずなのに、どういう心境の変化なんだろう?

 私には物取りの犯行のほうが説得力あるけどな。だって中嶋社長にはしっかりとアリバイがあるし。
 写真の撮影時刻や日時なんかは今の時代いくらでも変更できるかもしれない。でも、中嶋社長のセルフィーに写っていた花時計の時刻や日付までは変更不可能だ。まあ、写真加工アプリでも使用すれば可能かもしれないけど、会議に出席している人達が撮影直後にあの写真を受け取ってる。加工なんかしている時間はなかったはずだ。だから犯行可能な時間帯、中嶋社長は確かに事務所にいたことになる。

 「動機とアリバイなぁ。そういうの調べるのは俺の領域じゃないけど、警察の捜査が長引いちゃうと俺達の商売にまで支障が出てきそうだから、こっちでも情報あったってみるよ」
 
 恵基は相変わらず、中嶋社長を疑ってる。と、いうよりも彼を犯人に決めつけているみたいだ。そして、稔さんも… この2人、もしかして一緒に朝出かけて行った時に何かあったのかもしれない… 私は何となくそんな予感がした。

2

 県警の刑事さんが到着して、私達はまた昨日と同じことを聞かれた。素人考えではいくら聞かれても同じことだ思うけど、同じ質問を繰り返すことで返答に矛盾が生まれたりすることがあって、それが決め手になることも多いのだと稔さんが教えてくれた。

 稔さんはもはや第1発見者というよりも捜査員の1人みたいだ。穏やかそうな初老の刑事さんが、捜査の進展状況を詳しく報告していた。

 ヨットの寝室側の窓で検出された指紋から、犬と散歩していた不審な男の身元がわれたそうだ。すでに重要参考人として取り調べの最中だということだった。

 「別荘や船を専門にした窃盗団の1人で、過去にも同じ容疑で逮捕歴がある人物でした」

 刑事さん曰く、少し前にあった例の船荒らし事件も自供したらしい。恵基が話していたようにこの先にある工事現場が侵入経路だったそうだ。

 「同じ手口で再び犯行を計画していたそうですが、以前の侵入経路に柵が作られたのを知り、昨日は下見にきていたと言ってます。ヨットの指紋も、窓が開いていたのでちょっと興味本位で中を覗いただけだ、内部には侵入していないと言っているんです。
 もちろん中嶋夫人の殺害についての犯行は全面否認していますが… 」
 
 稔さんと刑事さんの話を黙って聞いていた恵基が、彫りの深い顔をしかめて割り込んだ。

 「すみません、刑事さん。犯行に使ったロープとか、真由美さんが着けていたダイヤは発見されたんですか? 」
  
 「いえ、まだですが、それも時間の問題ですよ。窃盗の仲間も芋蔓式に捕まっていますし、家宅捜索も始まってますので」

 「もし、出てこなかったら? 犯人は全く別の人物って可能性もありますよね」

 人の好さそうな刑事さんの笑顔がサッと消えた。

 恵基の挑戦的な言葉が気に障ったのだ。

 ―― 素人が何を言ってるんだ!――

 っていう刑事さんの心の声が聞こえてくるようだ。

 「まあ、確証が出揃うまでは気が抜けないってことですね。こちらも何か思い出したら連絡しますよ。被害者の夫、中嶋社長の本社は東京ですし、警視庁に協力要請いただければ俺達も動けます。協力体制を確立して事件の早期解決に努めましょう」

 稔さんがそう言って、その場を取りなすように刑事さん達をクルーザーの外に連れ出していった。

 デッキに残った私は、ゆりかちゃんと一緒に刑事さんに出したジュースの後片付けを始めた。恵基はデッキの手すりに腕をついて凭れかかり、捜査で隔離された中嶋社長のヨットをじっと眺めてる。

 湿ったグラスを拭きながら、そんな彼の横顔を追った。

 「恵基さんと、話してくれば? 」

 濡れた手をタオルで拭いてゆりかちゃんが私に微笑んだ。

 「えっ、どうして? 」

 恵基に気を取られていたことを悟られて気恥ずかしくなった私は、乾かしたグラスを片づけながら何もないように振る舞って誤魔化そうとした。

 そんな私を見て、ゆりかちゃんは何か言いたそうだ。口を少し開けかけて、また閉じて下を向くのを2度繰り返した。そして3回目、勇気を振り絞ったように、私だけに聞こえる小さな声で、呟いた。
 
 「由美さん、ここだけの話にしてね… 」

 私が無言で頷くと、彼女は言葉を続けた。

 「恵基さんには大きな心の傷があるの」

 「え? 」

 ―― 恵基に心の傷? ――

 そんなこと考えたこともなかった。

 だって私の傍にいる恵基はいつも自信たっぷりで、自己顕示欲の塊みたいな俺様タイプだ。
 大胆な行動とカリスマ性で周りを引っ掻き回し、ずば抜けたビジュアルで男女を問わず周囲の注目を集めてしまう彼は、いつも特別枠に君臨している。 
 軽率な恋愛スタンスで女性の恋心を傷つけることはよくあるけど、恵基自身が癒えない傷を負ってるなんて想像もつかない。

 「詳しいことは私から話せないけど… 今の恵基さんはそれが原因で作り上げられた虚像なの。稔は、放っておけば時間が解決してくれるって言うけど、私はそうは思わない。
 だから由美さん、恵基さんが好きだったら真っ直ぐ向き合う勇気を持ってほしい。由美さんは恵基さんが周囲においてる数少ない女性なの。
 由美さんが、剝き出しの感情で体当たりできれば、恵基さんはきっと本当の姿に戻れるような気がするのよ」

 一気に言葉を吐き出した彼女は、大きく息を吸い込み呼吸を整えながら私を真っ直ぐに見つめている。

 彼女は何を言ってるんだろう… まるでUFOビームでいきなり外国人にされたくらいゆりかちゃんの話は理解できない。私にはトラウマに苦しむ恵基なんて想像すらできなかった。

 でくの坊のようにぽかんと突っ立ている私を見たゆりかちゃんは、今喋ったことを少し後悔しているようだった。彼女は小さな唇の両端をキユッと上に持ち上げ、気を取り直したように笑顔を作った。

 そして、

 「変な事言っちゃってごめんなさい。由美さんと恵基さんてお似合いだから、つい気がはやっちゃった… とにかく、由美さんが真剣に攻めていかなきゃ、このままズルズルと翻弄されるだけよ。はい、行ってっ!」

 と、私の背後をキャビンの出口に向かって両手で強く押した。
 私は恵基がいるデッキに追いやられてしまった。
 デッキに腕をついている恵基は相変わらず水面に目を落とし、考えに耽っている。

 何も理由なく1人で椅子に座るのも気が引けるし… 手持無沙汰になってしまった私は仕方なく勇気を出して恵基に声をかけてみた。

 「恵基、何か飲まない? 」
 
 恵基が振り返って微笑んでくれた。

 「あ、うん。そういや喉乾いたな。由美さん、一緒にビールでも飲もう」

 「じゃ、持ってくるね」
 
 他に掛ける言葉が思いつかなかったから、とりあえず言っただけだったけど、反応はよかったみたい。
 
 冷蔵庫からビールを出しグラスを2つトレイにのせる。たったこれだけのことで至極浮かれている自分が照れ臭いけど嬉しかった。
 
 私は小さな幸福感を嚙みしめて、恵基の待つデッキへ戻った。
 グラスにビールを注ぎながら、携帯をいじっている恵基をちらりと伺う。額にかかった前髪が海風に揺れ、ほんの少しだけ目尻が上がった素敵なアーモンドアイを一層際立たせている。
 覗きがばれているみたいで気恥ずかしい思いが込み上げた私は、テーブルに視線を移した。そして無意識に恵基の携帯画面に映った映像を見てしまった。

 中嶋社長のセルフィー写真だ。昨日稔さんが私達に見せてくれたブログに掲載されている映像。後ろの花時計が指した日時が犯行時刻の社長のアリバイを確証する画像だ。

 「恵基はなぜ、中嶋さんを疑ってるの?」

 グラスの縁ちょうどに泡を盛ったビールで軽く乾杯した後、私はさり気なく聞いた。
 
 無言で喉を鳴らしてビールを半分くらい飲み干した恵基は、再びその画像に目を落として呟いた。

 「アリバイがあるんだよなあ…… 」
 
 私も拡大表示されている花時計の映像を覗いてみた。時計の針は6時40分。昨日の日付もはっきりと写っている。
 
 刑事さんの話では真由美さんの死亡推定時刻は午後6時から8時ごろ。その時刻中嶋社長はオンライン会議をして、6時40分には花時計の写真を撮影していた。

 「会議のメンバーは中嶋社長の画面に映っていた映像は事務所に間違えないって証言してるし、何よりもここに写ってる花時計はアナログ時計よ。画像の細工はできないわ」

 私は恵基のグラスにビールを注ぎ足し、彼の横顔にそう話しかけた。
 恵基はあいかわらず複雑な表情で中嶋社長のセルフィー写真に見入っている。

 「下見に来ただけのコソ泥が人殺してダイヤ盗んでいかねぇよ… まあ確かにヨットの寝室側の窓はここからも管理人室からも死角になるから、見つからずに出入りできる可能性は否定できないけどな… 」

 「顔を見られたからじゃないかな? ヨットの中で金目のものを物色していたら真由美さんと鉢合わせになった っていうのは? 」

 「もしそうなら、凶器のロープはどこから持ってきたんだ? 想定外の事態に、おあつらえ向きのロープを発見しましたから使いましたって、そんな都合いいことねぇだろ。自分の船でもないのにさ」

 「警察は犬の首につけてたロープを照合中なんでしょ? 犬連れだったんだし」

 「犬はヨットの中に入ってないよ。泥棒もな… 犬連れの強盗なんて聞いたことねぇし」

 「じゃあ、恵基はどうして社長が怪しいと思うの? 」

 「真由美さんがヨットに入ったのが午後5時頃、殺されたのはそれから1時間ちょっとの間で、俺達はすぐ近くにいたんだ。
 隣のヨットは音ひとつしないくらい静かだっただろ。誰もいないはずのヨットで見知らぬ男と顔合わせたら、悲鳴の1つくらい出るはずだよ。だから、犯人は彼女の顔見知りなんだ。しかも彼女に何の疑いもなく睡眠薬を飲ませることができた相手、そんな人物は中嶋社長だけだよ」

 「睡眠薬っていってもごく微量だったんでしょ? 真由美さんが飲んだっていう可能性もあるわ。シャンペンも飲んでるから、意識が朦朧として悲鳴もあげられなかったってこともあるんじゃないかしら?」

 「まあそうだけど… でもあのシャンペン、床に零れていた量を考えると8割くらいは飲んでたみたいだろ? そんな量1人で薬と一緒に飲むかなあ? 」

 「じゃあ何? 中嶋社長がどうやって犯行に及んだのか説明してみてよ」

 相変わらず中嶋社長に拘り続ける彼に痺れを切らした私は学校の先生みたいな口調で問いかけていた。

 「あくまでも俺の推測だけど……」

 恵基の推理はこうだ。

 ―― 中嶋社長は自分のヨットで真由美さんに睡眠誘導剤入りのシャンペンを飲ませ、ウトウトした時期を狙い絞殺。そして、強盗殺人に見せかけるため、真由美さんのダイヤの指輪を持ち去り、事務所へ舞い戻った。――

 「中嶋社長が到着したのは夜の9時くらいよ。その前までは誰もヨットに出入りしてないでしょ? 」

 「だから、最初っから船にいたんだよ。船底に隠れていたのは犬でも強盗でもなかった。中嶋社長本人なら、ちょっとしたサプライズって船底から出てきても真由美さんは驚かねぇだろ? 」

 「ここから事務所までは車で40分以上かかるのよ、その間社長は会議にも出席してるわ」

 「オンライン会議だからな。参加者は確かに事務所だって言ってるけど、背景なんか前もって用意した事務所の映像を流せばそこにいるように見える」

 「じゃ、あの花時計は? 日付と時間がしっかり写り込んでるのよ」

 「うん、そこなんだよな。どんなトリックを使ったんだろう… 」
 
 その時、私はあることに気が付いた。
 恵基は、ヨットの船底で発見されたファッションリングのことを完全に無視している…
 何故かはわからない。ただ、恵基はあの指輪の何かを知っているように思えた。そして多分、ゆりかちゃんも…
 私は咄嗟にそのことを口に出そうとして、止めてしまった。
 ファッションリングへの疑問が解けた時、恵基が私の前から消えていくような気がしたのだ… それがとても怖かった。

第5話: https://note.com/mysteryreosan/n/n2a622f9ff0a1


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