『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』サイバーパンクの起源のお話
1980年代、サイバーパンクが流行したとき、フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は、ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』と並んで、サイバーパンクの起源的な存在でした。
もっとも『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は1968年の発表ですから、先駆者っていう立ち位置の方が正しいかもしれませんね。
小学校6年生のときだったと記憶していますが、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を原作とした『ブレードランナー』をTVで見ました。
TV放映の半年くらい前に映画館で上映されていたのですが、大人の見る映画かな…と思って見に行きませんでした。
初めて見てみて、衝撃を受けた…と言いたいところですが、正直言って「え…」と思ってしまいました。
小学生には難しすぎる内容で、面白くないな…が、率直な感想でした。
その頃のSFと言えば、スターウォーズやエイリアンが主流でしたから、分かりやすくてハラハラドキドキ、いわゆるジェットコースタームービーの初期段階だった気がします。
そこにきて、考えされられるSFは小学生には難解すぎたんだと思います。
『ブレードランナー』の2年後、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』を見た時の難解さも、かなりのものでしたが、その比ではありませんでした。
時は過ぎ…1988年、18歳になった私は、ある衝撃の映画を見ました。
大友克洋監督の『AKIRA』です。
もともとは漫画からの映画化だったのですが、この映画『ブレードランナー』以来の難解さがありました。
しかし18歳になっていた私には、そこそこ理解できるようになっていて、描かれる世界観に感動しました。
そこから、遅ればせながら「サイバーパンク」に目覚め、今回紹介する『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読むにいたりました。
ずいぶん遠回りをしましたが、やっとたどり着きましたね。
書評に入る前に、簡単なあらすじを引用しておきます。
レプリカントと人間の差
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の作中で、アンドロイドは「レプリカント」と呼ばれています。
映画『ブレードランナー』の冒頭では、レプリカントの目を調査するシーンから始まるんですが、レプリカントを人間の差を見分けて、レプリカントを探し出す必要がある設定です。
レプリカントと言っても見た目は完全に人間ですし、ひとたび暴れだせば人間の数倍にも及ぶ知力体力を持っています。
レプリカント自身も、自分がレプリカントだと分かっていない場合が多く、数十年生きてきた「記憶」も刷り込まれている状態です。
人間とレプリカントが恋することはできるのか?
映画『ブレードランナー』では、主人公のリックとレプリカントのレイチェルの物語も注目するべきでしょう。
個人的には、レプリカントと人間も心を通わすことは可能である…否、可能であってほしいです。
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』が1968年に発表されて、アンドロイド(レプリカント)と人間が共存できるかが取り沙汰されましたが、2021年現在のシンギュラリティ問題にも通ずるものがあります。
※シンギュラリティとは、2045年「人工知能(AI)」が人類の知能を超え、それにより人間の生活に大きな変化が起こる概念のこと。
1968年の時点で、その問題点に気づいていたフィリップ・ディックは、やはり天才と言わざるを得ません。
2045年、世界がAIに支配されて人類が奴隷のようになってしまう。
まるで『新造人間キャシャーン』のような世界がやってきてしまうのか…
私個人的には、AIと共存できると信じています。
AIは優秀だし、いい意味で人類の足りない部分を補ってくれるはずです。
AIの知能を使って、エネルギー問題や地球温暖化など、人類では解決不可能な問題の答えを導き出してくれると思います。
ここまま人類だけで衰退の一途をたどるよりも、アインシュタインの数十倍の知能指数であるAIに頼らない手はないんじゃないでしょうか?
考えれば考えるほど、深みにハマって面白い近未来のお話です。
そんな近未来の話の起源とも言えるサイバーパンクは興味深く、その代表格とも言える『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は必読の書と言えるでしょう。
※Kindleや本で読むのもいいですが、お忙しい方はAudible(オーディブル)で聴くのがおすすめです。
それにしても、SF(サイエンスフィクション)を語るのは面白い、その中でもサイバーパンクは格別面白いですね。
近未来のことって考えるだけでも面白いですが、考えようによってはとても怖いですよね。
もし、人類が求めない世界が近未来に待っていたら…
サイバーパンクと近未来の日本
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の舞台はサンフランシスコ、映画化された『ブレードランナー』の舞台はロサンゼルスでした。
しかしなぜか、夜の街は日本の近未来のようで…ていうか日本と中国をハイブリットしたような街並みでした。
一方、ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』の舞台は、千葉シティつまり千葉市です。
大友克洋が描いた世界『AKIRA』はネオ東京で繰り広げられました。
このようにサイバーパンクの世界では、なぜか日本の近未来が舞台になっていることがあるのです。
なぜなのかは分かりませんが、外国人から見れば、アニメやアイドルなどのサブカルチャーやSAMURAI(侍)の国に興味がわくのかもしれませんね。
話は『AKIRA』に戻りますが、映画本編で金田(暴走族)が乗り回すバイクがあまりにもカッコよくて、1988年当時、少年だった私の心は鷲づかみにされました。
→『AKIRA』の公式サイトより映像で確認してください。
現在ではビッグスクーターも誕生していますし、カスタムされた金田のバイクをネット上の画像で見かけることもあります。
もう少し若ければ、私も金田のバイクに乗ってみたかったですが、まずは免許から取りにいかなくてはいけません…
いずれにしても、サイバーパンクは日本人に馴染み深い世界と言えるんじゃないでしょうか?
士郎正宗の『攻殻機動隊』なんかも特徴的な漫画ですよね。
攻殻機動隊はアニメ化されて、TVや映画にもなっていますしね。
そんなサイバーパンクの代表的な小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を聴くなり読むなりする価値は高いと思います。
サイバーパンクの未来
サイバーパンクは1980年代のムーブメントですから、はっきり言って時代遅れです。
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』も作品自体はサイバーパンクとみなされていないのです。
この記事で紹介している、『AKIRA』や「攻殻機動隊」もサイバーパンクとみなされていないはずです。
しかし私の中では、退廃的で無国籍な近未来の大都市を舞台にした物語が「サイバーパンク」だと思っています。
なので、『ターミネーター』『マトリックス』などもサイバーパンクの派生だと感じているんです。
サイバーパンクは衰退してしまいましたが、その影響を受け続けている作家や映画監督によって、これからも生き続けると信じています。
根強いサイバーパンクのファンも多数存在するんですよ。
私だけが時代遅れなんじゃない…そう思うと少しだけ安心します。
人がどうであれ、自分は自分なんだから関係ない。
そのように言われることもありますが、やはり共感してくれる人がいると安心するのが人間の性だと思っています。
ともあれ、この記事を書くにあたって、久しぶりに『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読みました…否、聴きました。