雪の山荘で2

これは「雪の山荘で」のいわば中盤戦です。
最初にここを見ても意味がわからないと思われますので、雪の山荘で1 から読んでいただくことを推奨します。


静寂を破ったのは談話室に置いてある鳩時計だった。全員が慌てて時計の方を振り返ると、十時を指していた。
特に大きな音でもなかったのだが、何も音がしない中においては、爆音にすら思えた。
それに押されたかのように大森さんが立ち上がった。
「どうしたんですか?」
藤本さんが怪訝そうな顔をしていた。
「外を見てこようと思ってね。もしかしたら外に潜んでるかもしれないじゃないか」
「いませんって。こんな雪の中突っ立ってるわけないでしょう」
「でも、この中に人殺しなんてする人がいる可能性よりは外に誰ががいる可能性の方が高いと思ってね」
「それはそうですけど、今外に行くのは危ないですよ。行くなら俺も行きます。本当に外に犯人がいたら一人よりは二人の方が安全でしょう?」
「みんなでまとまっていた方が安全ではないですか?そうすれば外に誰かがいようと手出しできないと思うのですが」
先程考えていたことを提案してみた。
「ううむ……その方がいいのかもしれないが、一度外を確認しておきたい。こういうのは思ったときにしておかないと後悔しそうでね」
説得できるほど自分の意見にも自信があるわけでもなく、食い下がるのはやめることにした。
「なら、見回ってる間に、我々は談話室にずっといる準備をするということでどうだろう?そうすれば、まとまっている時間を長く取れるんじゃないかな?」
「おお、それはいい。私達が外に行っている間に、皆さんには自分の部屋から取ってきておきたい物を取ってきておくということにしましょうか」
全員一致で方針が決まる。
数分で大森さんと藤本さんが吹雪用?の重装備を整え、全員で裏口から出ていく二人を見届けた。
「みなさんはどうしますか?」
とりあえず話を振ってみた。
「ぼくは一応携帯電話を試してみようと思ってるよ。仕事柄普通の人が使わないようなスペックのを持っているから、もしかしたら通じるかもしれない」
まず加藤さんが答えてくれた。自己紹介の際に会社の役員をやっていると言っていたのは伊達ではないようだ。
「あたしはセーターでも取ってくるわ。光はどうするの?」
「腕時計を取りに行こうかな。またアリバイとかとなってしまっても、時計があれば把握しやすいと思うんだ。そんなこと起きないのが一番だけど」
最終的に、私、真希、松永先生、加藤さんが一度二階へ上がる流れになった。良枝さんはみんなが集まり直した時に何か温かいものを飲めればということでキッチンへお湯を沸かしに行き、葵と優子は談話室に残った。

時計を探すのに手間取っているとノックの音がした。返事をしてドアを開けると、さっきは着ていなかったセーターを着た真希が立っていた。
「どう?あった?」
「ごめん、まだ見つからないから先に降りててくれないかな」
頭を掻いた。私は整頓が苦手で、このようなことは日常茶飯事だ。
「また?」
こうして笑われるのも日常茶飯事だ。
それから五分ほどだろうか、ようやく見つけて部屋を出ると、加藤さんが階段を降りる所に出くわした。
「どうでした?電波繋がりました?」
「いや、ダメだったよ。まだこんな地域があるとは」
聞く前から身振りと表情で答えはわかってしまっていた。

談話室に降りて真希と話していると、俄に裏口が騒がしくなった。どうやら外回り組が戻ってきたようだった。
「随分遅かったわね。何か見つかったの?」
出迎えに行くと、後ろから来ていたらしい良枝さんが一番に声をかけた。
「いえ、何も。時間がかかったのは車の様子を見たからなんですよ。雪が止んだらすぐ車を動かせるか見ておきたかったので」
「車は大丈夫だったんですか?」
「機械的な問題は無さそうだったよ。雪をどかすのは大変なだけどね」
「それにしても藤本くんには無駄足を踏ませてしまったよ。ほんとに申し訳なかった」
「外でも別にいいって言ったじゃないですか。俺が自分で行くって言ったんですから。この話は終わりにしましょうよ」
それ以上は誰も何も言わず、談話室に集まりに戻った。

談話室で大森さんが全員に報告すると、みんな黙り込んでしまった。
「こんなことなら、見回りしない方が良かったかもしれないな……」
私のちょうど対面に座っていた加藤さんが呟いた。私も同じことを考えていた。
「どういうことですか?」
コーヒーを飲みながら真希が尋ねる。
「私も後で思ったんだけど、外を見なければ、どんなに確率は低いと思っていたとしても、”もしかしたら外に怪しい人物がいるかもしれない”ということでみんなが一つにまとまることができたんじゃないかな。外に誰もいないことが明らかになったことで、私達の中に犯人がいる可能性しかなくなってしまった」
加藤さんに代わって答えた。どうやら正解だったようで、黙って頷いてくれた。
「そんな……」
否定する材料がなく、それ以上のことが言えないようだった。
「あれ?松永さんは?」
こういう話をすればまず乗ってきそうな松永先生が乗ってきていないことに気付いたらしい加藤さんが尋ねた。
「そういえばいないわね。まあ先生は喋らないと存在感薄いから」
失礼なものだ。否定はしないが。
「一回部屋に戻るって言って二階に上がったきりじゃない?」
葵が教えてくれた。
「普段なら寝てるかもでいいですけど、場合が場合だけに心配です。探しに行きませんか?」
大森さん、藤本さん、加藤さん、真希の四人が呼びかけに応じ、五人で二階へ上がる。
廊下には誰もいない。
「まずは……先生の部屋から見ますか」
「そりゃあそうだ。普通に部屋にいればそれでいいんだから」
当然の突っ込みだ。
代表して大森さんがノックをしてみる。反応はない。
強めのノックに変更される。これも反応はない。
「松永さん、いますか!?」
やや大きめの声で呼び始めた。しかしこれでも何の反応も返ってこない。
「本当に中にいるんですかね?」
加藤さんが当然の疑問を口にする。確かにおかしい。これだけ呼べば、中にいれば何らかの反応が返ってしかるべきである。あえて無視する理由も考えられない。
「入ってみましょう。あ、でもいないなら鍵閉まってるかもしれないですね」
先程鍵はちゃんとしていると言っていたことを思い出した。
どうだろうか、と言いながら藤本さんがドアノブを回すと、鍵はかかっていなかったようで、するりとドアが開いた。
「なんだ、開いてるじゃないか」
みんなが私の方を見るが、見られても困る。
「先生、入りますよ!」
真希が呼びながら入るが、僅か一歩でピタリと立ち止まった。おかげで、続いた私はぶつかってしまった。
「どうしたの?何があっ……」
最後まで言うことができなかった。
部屋の真ん中で松永先生が倒れていたからだ。うつ伏せに倒れていて、背中から大量に血が流れていた。ピクリとも動く様子を見せない。脇に血のついたナイフが転がっており、これが凶器だろうか。
などと、呆然としながらも、目に入る情報を処理していることに自分のことながら驚いた。

遅れて入った大森さんが、私達を押し退けて先生の容態を調べた。
が、すぐに諦めたように首を振る。見た感じの通り、やはり生きてはいないのだなと理解した。
全員で死体や部屋の様子に何かおかしい所が無いか調べることになった。私が死体を見ようとすると、加藤さんが同席した。一人で死体をまじまじと見るのは気が引けていたので、正直助かる。
「この傷だと、後ろから刺された、ってことになるのでしょうか」
「それはそうだろうさ。対面して背中を刺せる人なんて人はいないよ」
「あと、自殺ってこともないですよね」
「それもそうだろう。自殺するにしても、態々自分の背中を刺す人なんていないさ。胸なり腹なり首あたりを刺す方がやりやすいはずだよ」
何を当たり前のことを言っているんだ、とでも言いたげだ。何か話してないと気が滅入りそうだっただけなのだが。
「先生は相手を警戒していなかったことにはなりませんかね」
「ん?どうしてだい?」
「人が死んでいてもしかしたら自分も危ないなんて場面で、警戒を抱く相手に背を向けます?とすると、先生が警戒しなかった人物が犯人ということにはならないでしょうか」
特に何も言ってこないので先を続ける。
「この状況で入ってくる相手に警戒を抱かないということは、何か”この人は犯人ではない”という材料が存在したのだと思います。例えば、先の事件で確たるアリバイがあった、とか。流石に殺人鬼が二人も三人も紛れ込んでいるとは考えるのは難しいので、一人の犯人以外は安心だと思えば……」
「一理も二理もあるとは思うけど、その結論は早いんじゃないかな。こっそり忍び込んで刺すとか、ナイフで脅して後ろを向かせて刺すなど、他にもあるかもしれないけど、方法が全く無いわけじゃない」
「それはそうですが……」
「まだ断定的なことを言うのはやめておこう。その意見は持ちつつ、みんなで考えて結論を出そう」
確かに結論を急いでも良いことはないと考え直し、渋々応じた。
まだ何か他に変わった点は無いかと死体に触れないように調べていると、
「そっちはどうだい?何かわかったことはある?」
部屋の様子を見ていた藤本さんが声をかけてきた。
「見た通り以上のことは何も……」
加藤さんと一緒にかぶりを振るしかなかった。
「そっちは?部屋は何か異常はあった?」
「異常と呼べるようなものは特に無いです。窓に鍵がかかっていたから、そこからの移動は無さそうだというのと、部屋のどこかに潜んでいるということも無さそうだということぐらいで、こちらも特に変わったことは見つけられませんでした」
「遺書とかダイイングメッセージのようなものも見つからなかったわ」
真希が続けた。
「そもそもドアが開いていたんだから、侵入経路はあまり問題にはなりませんよね」
「それもそうか。これも外部犯がいないという材料の一つになってしまうかな?さっきの話の通りだと、あまり良いことでは無さそうだけど」
「まあそれはもう諦めましょう。それよりも、今ここで私達だけで話し合うより、ここで起こっていたことを下のみんなに報告するのが先じゃないですか?」
私の一言に一同が頷き、気も足取りも重く談話室に向かった。

「せ、先生が!?」
談話室に残った人たちに起こっていたことを報告すると、優子と葵が同時に声を上げた。普段特に良い関係だったというわけでは無かったように思うが、啓太の時よりもショックが大きいようにも見える。
続いて状況なども説明して、全員で情報を共有する。
「二階に上がったのは、亡くなった松永さん、真希、田中くん、加藤さんの四人ということになるのかな?」
大森さんが考察を切り出す。
「私も一回上がったわ。タマを探しにね」
良枝さんが言うと、それに合わせたかのようにタマが鳴きながら大森さんたちの部屋の方へ走り出して行った。
「なら良枝さんも合わせて五人の中に犯人がいるということになりますか。一度も二階に上がっていない人には犯行は不可能でしょうから」
「それはそうだけど、それだときみも容疑者の一員になるよ?」
藤本さんに即座に突っ込まれる。
「まあ事実ですから。自分だけ加えないのはおかしいでしょう?」
こういう時は、自分を安全圏に置こうとすると信用を無くすものだと、何かで学んだ。
「二階に行った人の動きを追えば、いつ殺されたのかわからないかな?それによって、犯行が不可能な人も浮かび上がるかもしれない」
藤本さんの提案はもっともなものだった。
「あ、それならずっとここにいた私達がお役に立てるかもしれません」
葵が立ち上がった。別に話す度に立たなくてもいいのに。
「まず、大森さんが降りてきました。その五分後ぐらいに加藤さんが、そこから一、二分ぐらいで田中さんが降りてきたと思います。良枝さんが二階に行ったのは、田中さんが戻ってきた後でしたよ」
「二階で誰かと会った人はいました?」
「私は部屋で真希と少し話したのと、部屋を出た時に加藤さんが降りてくるのに出くわしました。葵の言うのと合わせると、他の人はすれ違ってもいないかもしれません」
何故か手を挙げながら言った。真希と加藤さんが頷く。
「ということは、それぞれに一人になっている瞬間があったことになるか……」
「そうですね……」
大森さんと藤本さんの視線は、二階に行った私達を順々に彷徨っていた。誰を疑ってよいのか見定めてるようだった。
「先程上で加藤さんと少し話していたのですが、後ろから刺されていた、というのを重視すると、先生は犯人に対して警戒を抱いてはいなかったのではないかと思うのですが」
少し踏み込んでみることにした。
「そうとしたら、加藤さんの可能性は低くなるかもしれないね。ほぼ見知らぬ相手のはずの加藤さん相手に警戒を解くということは無いだろうから」
藤本さんが乗ってきた。
「それは早計だって言ったじゃないか。自分の疑いが晴れる意見を否定するのも変な話だけど」
加藤さんが面倒げに言う。
「だから俺は”可能性は低くなる”程度に留めたんだ。まずは、もっと確定してる事項に目を向けるべきだと思うね」
「それは?」
頭に一つの事があるがあえて尋ねてみる。
「加藤さんが両方の事件にアリバイが無いこと、じゃない?」
これまで特に何も言ってこなかった真希が口を開いた。
「誰がどう考えても怪しいじゃない。このことを無視して話を進めるのは不自然よ」
畳み掛けてくる。
「勿論それはわかっていたよ。でも、先に言ったように、アリバイが無いことを除けば、加藤さんが犯人である可能性は低いと考えているんだ」
「アリバイが無いことは優先されることじゃないの?」
「勿論大事だけど、それが全てとも言い切れない。最終的に追及することになるとしても、他の材料を詰めてからで十分だと考えたんだ」
現にみんなが加藤さんを疑いの視線で見ている。このように、誰もが加藤さん以外を疑えなくなる状況を先送りにして、広く犯人の候補を絞る材料を集めたかったのだ。
「わからなくはないが、一人アリバイが無いと突き付けられたことを無視はできないよ。どうするべきだと思う?」
藤本さんが加藤さんから半歩距離を取りながら尋ねてくる。
「ぼくは殺しなんてしてないんだけど……そう言っても信じてはもらえないんだろうね……」
諦めたように大きく溜め息を吐いた。
たっぷり一分ぐらいの沈黙が流れる。
「私はここのオーナーとして、犯人だとわかった相手以外には手荒なことはしたくない。とはいえ、このままでは他のお客が不安というのも事実だ」
一文節ずつ区切って言ってるように感じるのは、考え考え言ってるからだろう。
「というわけで、加藤さんには、部屋に籠もってもらって、外から鍵をして一晩過ごすということでどうだろう?」
「……それぐらいが落とし所ですかね。ぼくにまで配慮してくれてありがとうございます」
特に皮肉で言っているようには感じられない。恐らく本心だろう。

その一言を最後に、それぞれが部屋に戻ることになった。
まず全員で加藤さんが部屋に入るのを見届け、大森さんが外から鍵をかける。良枝さんと藤本さんがドアが開かないことを確認した。
自分の部屋に戻ろうとすると、真希が
「光の部屋に行ってもいい?」
と言ってきた。
それぞれの所在地を明らかにしておかなくていいのか?と思ったが、優子が葵の部屋に入ろうとしているが横目に見えたので、私だけが気をつけても仕方がないかと納得し、招き入れることにした。
今も近くで死体が転がっているという恐怖感と、殺人が起きたという究極の非日常に対する高揚で、どうせ一人でいても寝られそうにないなとは思っていたのだ。話好きで、ちょっとしたことで三十分ぐらいは話してしまうぐらい話が長い真希につき合っていたら、自分も眠れるのではないかと思った。
「大変なことになっちゃったわね……」
二人でベッドに腰掛けると真希が漏らした。
どこか他人事のようにも聞こえた。まだ現実と思いたくないのかもしれない。
「そうだね」
議論するより受け入れてあげる方が良いと判断した。
「眠れそうにないから少し話でもしない?」
「いいよ。難しいかもしれないけど、何なら事件と無関係な方が気が紛れて眠気が出るかもしれないね」
「じゃあ頑張って関係ない話でもしよっか」
「そうそう。気持ちを落ち着けて、少しでも眠れるようにしないと。日が出ても麓まで降りられないようだと長期戦になってしまうんだから」
何となしにカーテンを少し開けて外を見てみると、意外にも雪は弱まっているようだった。
「どう?」
「うーん、窓を叩きつけてくる風は強いけど、思っていたほどの雪ではなさそうだよ。もしかしたら明朝には止んでるかもしれない」
「あら、なら一晩中起きておいても大丈夫じゃない」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
そこから話題を捻り出して、取り留めもない話が始まった。
正確には測っていないが、だいたい一時間ぐらい話し、一度話が途切れた。
「うぅ~ん、ここで寝ちゃってもいい?」
と真希が背伸びをしながら言うと、そのまま横になってしまった。
小声で呼びかけてみたが、返事がない。本当に眠ってしまったようだった。こうなってしまっては真希はなかなか起きない。諦めるしかないようだ。
真希にベッドを占拠されてしまったとはいえ、私も流石に眠っておこうと思い、部屋にあったソファーとひざ掛けを確保して、何とか眠りに就いた。

3に続く