諸葛亮が挑発できなかった話

諸葛亮は苦悩していた。

魏軍が攻撃してくれないのである。
決してどMとかではない。むしろ侵攻してるのはこっちである。
……守りが堅すぎる。
相手に攻めさせてカウンターを仕掛けようという計画だったが、
どうやら司馬懿には看破されているようだ。
敵もさるもの引っ掻くものである。
後に”諸葛亮には応変の策が無かった”などと疑問を呈されるが、
迂闊に攻め込んで倒せない相手を攻撃しないのは臨機応変とは呼ばないのか?
まあまだいない相手に言っても仕方のないことだ。
とにかく目の前の敵を動かすことだ。

ところで私には一つの趣味がある。
”ところで”とはいうがちゃんと話は帰ってくるから安心して欲しい。
私は女装が好きなのである。
そこ草を生やさない。枯らすぞ。いやこれは除草だ。
戦地にもちゃんと持参している。
それどころか着用用・観賞用・布教用の三種類ある。かさばって大変だった。
陣中で政治まで見ているといつか過労とストレスで死ぬんじゃないかと気になってくるが、こっそり趣味を楽しむことで平静を保っている。
昨日も嗜んでいたのだが、その時にふと策を思い立った。
このうちの布教用を送りつけ、魏軍に「大軍を持ちながら戦おうとしないとはそれでも男か?」と挑発しようというものである。
我ながら悪くない策だと思う。個人的な話ではあるが、趣味と実用を兼ねた神算鬼謀と言って差し支えないはずだ。
誰だ”応変の策がない”などと言ったものは。まだ言ってないか。

荷造りをしているのを目ざとく見つけた魏延から「堂々と敵と通じるつもりか!?」などと怒鳴られてしまったので仕方なく意図を説明してやると、
「流石は丞相!やっと戦が始まりますか!」ともう戦の支度を始めていた。
嫌い合ってるあいつまで賛辞を送るぐらいの策だ。間違いなく上手くいくだろう。


司馬懿は困惑していた。

敵が贈呈の品を贈ってきたこと自体が不思議な事ではあるのだが、中身の中身だ。女物の着物?
諸将から私が敵と通じているのではないかとの声もあったので、包み隠さず
品物を見せてやると、私と同様困惑していた。彼の意図がわからなかったのだろう。
しかし、私には諸葛亮の考えがわかった。

……恐らくこちらを挑発して先に攻めさせようというのであろう。
だが甘い。袁術が舐めたがった蜂蜜より甘い。
益州などという田舎に引きこもってなどいるから中央のことがわからぬのだ。
我々にはこのような策など通用せぬ。現に諸将は怒ってはいなかっただろう。
ところで、今士大夫の間では、何晏殿が始めて以来、女装の趣味が密かなブームになっている。
”ところで”とは言ったがちゃんと話は帰ってくるから安心して欲しい。
無論私も嗜んでいる。
密かなブームと言う通り、世間からはまだ偏見の目がある。無用の傷を負うこともないと思い公言はしてはいないが。
妻にはとっくに知れており、やる度に白い目で見られている。気持ちよかった。
それより今だ。ここまで0.2秒。

策には策で返してやろうと思ったが、それ以上の疑問が浮かんだ。
諸葛亮は何故こんなものを持っていたのだろうか?
大都市の長安から程ない場所に陣を築いている私でも今は無いのに、
益州の田舎から出て山中に布陣している諸葛亮は何故贈ることができたのだ。
……可能性は一つしか考えられない。彼もまた女装の趣味があるのだ。
それが使えると考えたのだろう。無駄だというのは先述の通りだ。
片鼻で笑ってやるべきなのだが、同道の士とあらば話は別だ。
きちんと返礼はするべきだし、義務だけでなく私も返礼をしたい。

諸将には「諸葛亮の策など私には通じぬ」と喝破し、策の意図を説明して納得させた。
その上で、同じことをしてやろうと提案した。
「攻め込んでおいて敵を前に留まるとはそれでも男か」と笑ってやろうという寸法を解説すると、流石は司馬懿殿だと賛辞の嵐だった。
しかし手持ちが無かったので、仕方なく僅かではあるが挑発のための徴発、挑発のための徴発を行った。大事なことなので二回言った。
そして、一枚の手紙とともに返礼を出した。


諸葛亮は嘆息した。

我が策成らず……
それに反して目は笑っていた。
書状より、自分の趣味が認められたことと、英雄は英雄を知るを実体験できたからである。