密室の謎

刑事になって2年弱にして初めての二日連続の休暇を貰えることになった。
うきうきで連休の計画を立てたのはいいものの、降って湧いた休みな上に平日だったせいで友人は誰一人つかまらず(決して友人がいないわけではない。多いか少ないかで言えば間違いなく少ないであろうが決して友人がいないわけでないのだ)、一人ぼっちの休暇を過ごすことになってしまった。
その結果、1日目に市役所に行く用事や買い溜めの買い物などを済ませ、2日目にちょっと町に繰り出してみようという、あまりに普通な休暇計画となった。刑事だからといって刺激的な生活を送るなんてことは無いのだ。
前日の夜にしっかり計画を立てていたことや、天気が良く、車での移動がスムーズにいったため、日が落ちる前には順調に予定の用事を全て済ませることができた。間に合わなければ次の日に回してもいいぐらいに詰め込んではいたが、その必要も無くなった。
明日どうするかは起きた時間やその時の体調と相談することにし、ゆっくりのんびり寝ることにした。
次の日、あまりの寒さに目が覚めた。1月だから寒いこと自体は普通なのだが、いくらなんでも寒すぎた。時計を見ると10時。活動開始には悪くない。
顔を洗い、窓を開けると……どっさり雪が積もっていた。雪を退けなければ車を出すことができそうになく、町に出かけるつもりが一気にやる気が無くなり、家で大人しく本を読んで過ごす方針に切り替えたのだった。


明くる日、ゆっくり体を休めてリフレッシュできたのか、気持ちも軽く署に行くと、始業前にもかかわらず慌ただしかった。軽い朝会が済むと、書類仕事を割り当てられた最年長の田中さんと同期の川田と僕の3人以外は出払ってしまった。
「何かあったの?」
一応手は動かしながら隣の席の川田に聞いてみた。
「知らないの?」
「知らないから聞いてるんだけど」
「何で……あ、そうか。昨日いなかったんだっけ。陶芸家の古川厳一が死んだんだよ。ニュースでやってただろう?」
面倒そうに応対してくるが、態度だけなのはこれまでの付き合いでわかっている。
「そういえばやってたな。この近所だったんだ?」
「山の方だからバリバリでここの管轄だよ」
「ふーん……まあ先輩方がこれだけ大がかりに動いてたら僕らの出る幕なんて無いか」
ほぼガラガラの刑事室を見回す。一瞬田中さんと目が合ったが、サボってるわけでは無いと思ったか何も言われることはなかった。
「そうそう。うちらはうちらでやることちゃんとやっとけばいいの」
「それもそうだな。仕事仕事」
話はそこで終わった。
それなりに集中できていたのか、一区切りついて背伸びをすると、時計が目に入った。1時だった。それまで何ともなかったのが、時間を意識すると急にお腹が空いてきた。
田中さんに昼食を食べてくると伝えて出ようとすると、警部が刑事室に入ってきた。
「お、いたか。こいつ借りていい?」
僕の肩を掴みながら警部が田中さんに尋ねた。
「一応キリのいい状態らしいのでご自由にどうぞ」
「ありがとう。よし来い」
警部は田中さんに手を振りながら僕を引っ張って行った。


昼食がまだなのを何とか伝えると、食堂で話すことになった。
「もしかして僕何かやらかしたんですか?」
「何かやらかした自覚があるのか?」
怪訝そうな顔をしながらも口調が尋問モードになった。怖い。
「い、いえ、しばらくは粗相した覚えは無いです」
少し挙動不審になってしまった。
「なら堂々としてろ。呼んだのはお前が何かしたからじゃない」
安心した。
「お前は古川殺しについてどこまで聞いてる?」
いくらなんでも単刀直入が過ぎる。
「山の方で死んでた、ってことしか知らないですけど……殺人なんですか?」
「わかった。一から話そう」
「お願いします」

僕がそばを食べ終わるのを待って、警部は座り直した。
「山の方で死んでたと言ったら山中で野垂れ死んでたみたいに聞こえるが、そういうわけではないんだ。山の中腹ぐらいに古川の家がある」
「別荘とか作業場とかですか?」
「いや、本邸だ。そこで妻と二人で生活していたらしい。離れに作業場として使ってる小屋もあり、そこで死体が発見された」
黙って小刻みに何度か頷く。
「まず、妻は犯人では有り得ない。死亡推定時刻は二日前の夜半で、彼女はその二日前から県外に旅行中だったんだ。これは100%の裏付けが取れている。そして、容疑者足り得るのは二人いる。家事手伝いで雇われている雨宮美鈴と、古川の古くからの知人の大野忠司だ」
「あの山の中腹なら人通りなんてほぼ無いでしょうから特に誰にも見られないでしょう?アリバイの無い日本中の全ての人からどうやってその二人に絞ったんですか?」
「日本中は大袈裟だな。なんてことは無い。小屋から二人の髪の毛が発見された」
「いや、それなら他の……例えば物取りで誰かがやって来て、殺して痕跡を消した可能性は……」
「それだと二人の痕跡ごと消えてしまうだろう?」
最後まで言わせてくれなかった。
「それに、物取りの線も微妙に怪しい。物取りなら小屋なんかじゃなくまず母屋の方に行くだろう。母屋には変化は無く、小屋にだけ荒らしたような形跡はあったが、どうやら無くなってる物は無いようなんだ」
物取りだからといって必ず何か持っていくということもないだろうが、捜査の感触として偽装の線が強いのであろう。
「で、古川とこの二人の関係だ。まず雨宮からだが、1年ほど前から家事手伝いとして雇われており、古川夫婦両方と関係は非常に良好だったとのことだ」
「誰が言ってたんですか?」
「古川の妻や周囲の人物だ。決して雨宮の自己申告だけを真に受けてるわけじゃない」
「じゃあその雨宮は何と?」
「俺は相場は知らんが、家事手伝いとしては十分な給料を貰えているし、雇い主も良い人だから、遠方に引っ越したりしない限りはここで働きたいとは言っていた」
(※筆者も相場は知りません。不足があったり、不自然に多く支払われている訳では無いということだけ把握しておいて下さい)
「ちなみに死体を発見したのは雨宮だ。彼女は一日おきに朝から夕方前ぐらいの間に勤務に行っていたようだ。三日前に帰る前に古川とは話したと言っており、昨日の朝通報があった」
「雨宮が嘘をついているとしたらどうです?」
「そうだとして、雨宮が嘘をついてる要素はどこだ?一日おきの仕事であることは古川の妻にでも聞けば一発でわかるし、三日前に帰る前に殺していたとしたら、死亡推定時刻と一致しない。よって、嘘をつく意味が無い」
確かにそうだ。
「わかりました。ではもう一人の大野は?」
「5年ほど前までは関係は良好で、互いの家どうしでの交流もあったようなんだが、大野が事業に失敗して、古川に借金をするようになってから随分と拗れてしまっているらしい」
「それは誰が言ったんですか?」
「共通の友人からの聞き込みでわかった。また、大野は借金は返したと言っていたが、古川の妻は半分も返済されてないと言っていた。そして大野には2日前の夜にアリバイが無い」
「……」
「どうした?」
「これだけだとどう考えても犯人は大野じゃないですか?何で僕なんかが引きずり出されたんだろうと思いまして」
「問題はここからだ。古川の死体があった小屋にはドアと窓が1つづつあるんだが、ドアには鍵がかかっていて、窓は、鍵はかかっていなかったが閉まったまま開かなかった」
「窓が開かない……?どういうことですか?」
「立て付けが悪いのか、窓が壊れるか小屋が壊れるかぐらいに力をかけたが動かなかったし、何かの仕掛けで動くというような事もなかった。あそこからの出入りは無かったと断言できる」
「窓はいつから開かなかったんでしょうか」
「……ちょっと待ってくれ。聞いてみよう。わかればいいが」
警部は電話を取り出した。古川の妻と雨宮にかけているようだ。
「雨宮から話が聞けた。小屋は一ヶ月に一回掃除をしているようなんだが、先月掃除をしていた時は窓は普通に開いたそうだ。まあでも簡素な小屋だから、いつの間にか動かなくなってもおかしくなはい。少しずつ歪んである時急に駄目になるなんてのはよくあることではある」
「………ともかく密室が完成していたわけですか。それで、状況や動機から犯人候補が大野に絞られてるのに崩せないわけですね?」
「そうだ。関係者の雨宮と大野を交えた実況見分中に、密室だったと騒いだ馬鹿がいてな」
苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
「軽く取り調べしてみたら、『現場は密室だったんでしょう?自殺なんじゃないんですか?なら自分どころか誰も犯人であるわけがないじゃないですか』なんて言われたよ」
「一理あります」
「一理どころか十理ぐらいある。窓は動かないし、小屋の鍵は大野には取り出せない場所に管理されている」
「つまり大野には犯行は無理ということですか。なら犯人は雨宮ということには?」
「それもかなり難しいな。死亡推定時刻は具体的には二日前の20時から22時ぐらいの間なんだが、彼女はその日の19時ぐらいから22時頃まで友人3人と食事をしていたことがわかっている。その店で防犯カメラを見せてもらったが、雨宮が10分以上連続で映っていない時間は無かった。そして、店から古川宅へはどうやっても片道で20分ぐらいはかかる」
「こちらはこちらで強固なアリバイですね」
水を口にする。
「あれ?じゃあそもそも何故殺しってことになってるんですか?大野の言う通り自殺と考えるのが自然じゃないですか」
「現場の状態からだとそうなんだが、死体の状態からだと他殺としか考えられないんだ」
「と言いますと?」
「ロープのようなもので首を絞められた跡があり、これが死因であることは検死から明らからしい」
「なら首吊りでは」
「その線は無いと考えてる。小屋からロープ状のものは何一つ見つからなかった。自分でロープを処分する首吊り自殺なんてあるか?」
「まず考えられないですね……自殺だとしたら、死んだ後に凶器を外に出したことになります。よって、古川を殺した犯人が凶器を持ち去ったのだろうと」
「そういうことだ。こうして行き詰まってるというわけだな」
大きく溜息をついて腕組みをするのが非常に似合っていた。

「今のところこれで大体全てだ。何か質問はあるか?」
「……これは警部に聞いてもしょうがないんですけど、犯人は何がしたかったんですかね?」
「そりゃあ古川を殺したかったんだろう。物取りの線は薄いって言っただろう?不慮の事故で死んでしまったということでは無いというのが公式の見解だし、俺もそう考えてる。刃物を振り回して当たり所が悪かったは有り得るが、殺す気無く首を絞めるなんてのは基本的には通らん」
「いえ、そうじゃなくて……僕が言いたいのは、何で密室なんか作ったんだろう?ということです。物取りの犯行に偽装したくて小屋を荒らしたのなら、密室にする意味がありません。逆に、密室を作って自殺に見せたいのであれば、小屋を荒らす意味が無いということでもあります」
水を一口飲んで続ける。
「つまり、矛盾した行動をとっていることになるんですよ。この矛盾した行動の理由がわかれば、事件も解決するような気がするんですが」
「そうか?俺は密室トリックを解けば問い詰めて終わりだと思ってる。大野は密室であることにこだわってるように見えた。だから、そこを崩せば落ちると思う」
一理あると思い反論はしなかった。
「じゃあ密室について考えてみたいところですが……小屋ってどんな感じの建物なんですか?」
黙って2枚の写真を取り出してくれた。小屋の外観を撮ったものと、小屋の中が一通り窺える角度で撮られたものだ。
「ん……これはもしかして……?一度現場に行ってもいいですか?試したいことがあるんですけど」
「一瞥するだけでわかるようなことなのか?」
「正しいかどうかまではわかりませんが」
「わかった。何も言うまい。行こうか」


問.この事件の犯人は大野忠司であるが、どのような過程を経て密室が完成したか?

解答編は こちら