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奥大和で見たもの・感じたこと

#奥大和体験記
#奥大和体験プログラム


地域に密着したまちづくりを推進する MYSH 合同会社さんが企画された 1 泊 2 ⽇のプログ ラムに参加した。
今回私が訪れたのは、奈良県下市(しもいち)町・天川(てんかわ)村。
⼈⼝はそれぞれ約 4000 ⼈と約 1200 ⼈で森に囲まれた⼭の中にある地域。
私が奥⼤和に対してまずできること、それは私の周りの⽅に魅⼒を伝え伝播していくこと。 3 つに分けて訪れた施設を紹介し、感じたことを綴ります。

下市町その 1

KITO FOREST MARKET

3COINS で有名なパルグループ・ホールディングスが運営している複合型商業施設で、2024 年 7 ⽉ 5 ⽇にオープンしたばかり。廃校になった⼩学校を活⽤し、地元の特産品を販売す るマルシェや町の名産である⽊⼯品を展⽰するギャラリー、レストランなどが併設されワ ークショップも⾏われている。

体育館は“WOOD PARK”と題し、端材でできた迷路や登れる本棚で⼦どもたちが遊ぶ空間となっている。⼿洗い場や理科室など⼩学校の⼀⾯を垣間⾒ ることができ、どこか懐かしさも感じられる。

株式会社パルの創始者が下市町出⾝だったことから実現したこの施設。「KITO を拠点としてこれから下市がますます発展していけば」そんな声も聞こえてきた。


アダギヤ珈琲

吉野川沿いにある、7 :00〜15 :00 まで終⽇モーニングのお店。テーブルからは吉野川を⼿ 前に町や⼭など絶景が⾒える。こちらのお店は、元々廃業となっていた店の空き家をリノベーションし、下市町出⾝の⺟娘が切り盛りしている。とり⾁カレーを⾷べた。少し⾟味はあるが、お⾁が柔らかく⾮常に美味しかった。⽜のすじ⾁カレーもおすすめ。


吉⾕⽊⼯所

明治 43 年創業。鏡餅を載せる台として使われる神具、三宝(さんぼう)を⽣産している。 三宝の丸みを帯びたカーブは、板に細かく溝を⼊れる“挽き曲げ”という技術が⽤いられてお り、⽇本⽂化遺産にも認定されている。近年の⽣活の欧⽶化や宗教離れで三宝の需要が低下 する中、『神具から新具へ』というキャッチコピーのもと、挽き曲げの技術を⽣かした製品 を次々と開発している。今回は三宝の上部を⼀回り⼩さくした“⼩物⼊れ”を⼿作りし、原材 料は⽊のみの“TONGI(トン⽊)”をいただいた。

「⽊の繊維はそれぞれ違う。だから三宝の顔つきも⼀つ⼀つ違う。⽊も呼吸している。⽊は ⽣きているんです」6 代⽬の吉⾕侑輝さんは熱く語る。 「最近では神社仏閣だけでなく⽇常⽤品を扱うメーカーからもお取り寄せが来ている。とはいえ、新しい製品は三宝に⽬を向けるきっかけにすぎない。廃れる⽂化を取り戻し、家の どこかに吉⾕の⽊⼯品があるような未来を⽬指したい」

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※下市町公式インスタグラム「GO! しもいち」はぜひチェックを!⻑⽂投稿が名物だが、中の⼈のクセが強すぎて⼀気に読める。個⼈的にお気に⼊り☺


下市町その 2


つるべすし 弥助

⽇本最古の寿司店で創業 800 年あまり。店名にもある“つるべすし”は寿司の原型で、曲げ桶 に酢で締めた塩漬けの鮎とシャリを詰めたもの。桶が井⼾⽔を汲むつるべに似ていたこと からその名がついた。また、この店は平家の家系にあり、⼈形浄瑠璃・歌舞伎の“義経千本 桜”の舞台にもなっている。店内の⾄る所に昔ながらの展⽰品があり⻑い歴史を思わせる。 静かで落ち着いた部屋からは⻘々と茂る庭が⾒えた。

「⽼舗はのれんを守ることが使命。そのためには古き良き物を守るだけでなく、新しいこと に挑戦していくことと融合させていかなければならない」そう語るのは 50 代⽬宅⽥太郎さん。ご⾃⾝は⼤学に進学し建築を学んだが、実家に戻り家業を継いだ。 「“段取り⼋分”という⾔葉があるように、⾒えないところにも苦労や喜びがある。『お料理 以外の価値をどう伝えるか』⽇本ならではの⾵情を⼤切にしながら、ちゃんとしたプロセス を胸を張って提供していきたい」


峠の学び舎/ゲストハウス つわいらいと インスタ

広橋峠の上にあった⼩学校を活⽤しゲストハウスと“まなび”を提供する施設。⽊造の校舎に は漫画図書館・⾃分たちで湯を沸かす五右衛⾨⾵呂・薪ストーブが備え付けられた和室・地 元の歌⼈前登志夫さんの資料室・卓球もできる講堂などがある。棲みついた⿊猫せいちゃん にも会えるかも。


ゲストハウスは⼩学校に併設していた教員住宅を DIY してできた施設。レトロで落ち着く空間でゆっくり体を休めることができた。
『つわいらいと』の由来の 1 つが、「⼣焼け」を表す“twilight”という単語。峠の上からみる ⼣焼け空は絶景なんだとか。今回は⽇が暮れてからお邪魔したが、翌朝涼しい⾵を感じなが ら⾒た景⾊は本当にきれいだった。今度は⼣⽅に訪れてみたい。



法泉寺

峠の学び舎に隣接する浄⼟真宗本願寺派の寺院。今年で創⽴ 514 年を迎える。本堂の装飾 や仏華は住職さん⾃慢のきらびやかさ。朝のお勤めに参加し説教をいただいた。住職さんは かつて⾼校教員だったそうで、⼿慣れた様⼦でホワイトボードに⽂字を書き、話をしてくださった。
「今の⽇本は政治や経済に⽬を向けてばかり。物価⾼やら円安やら⾔われているが、宗教や ⽂化を⼤切にする“⼼の豊かさ”をすでに失ってしまっている。」と危機感を露わにしつつ、 「阿弥陀如来からの救いの働きに感謝しなければならない」と教えてくださった。
浄⼟真宗の熱⼼な信仰者は北陸に多いそう。私が富⼭県出⾝だと伝えると、「富⼭はいいな ぁ」と嬉しそうに顔をほころばせていらっしゃった。


天川村

村役場

天川村で“コミュニティナース”の活動をされている⼭端聡さんから話を伺った。

コミュニティナースとは、在宅看護の対象を「在宅の療養者とその家族」から「地域の全て の⼈々」に拡⼤するべく、⾃分に合う新しいもの・得意なものを掛け合わせ、地域社会に根 ざして医療・福祉に携わる⼈を指す。活動は⼗⼈⼗⾊。例えば、ガソリンスタンドや移動ス ーパーにナースを常駐させることで地域の⽅々の体調変化にすぐ気づくことができる。コ ミュニティナースが 2017 年に奥⼤和で誕⽣して以降、住⺠と⾏政を⾏き来する存在として ⼭端さんは胸を張っておっしゃった。
「⼈⼝が減っていく中、地域住⺠は移住者に頼らざるを得ない部分もある⼀⽅で、両者のつ ながりは作りづらい。しかし私は⽣活者でもある。私だからこそ持つつながりをうまく利⽤ していくことが、私の使命だと思っています」



⼤峯⼭陀羅尼助製薬

陀羅尼助(だらにすけ)は⾶⿃時代から伝わる整腸薬。⼭岳修験道の根本道場である⼤峯⼭ に修⾏する⼭伏や常備薬として重宝されているようで、今回同⾏していただいた奈良県庁の 職員さんの中にも「常に持ち歩いている」と話している⽅がいらっしゃった。⽇本産と中国 産の⽊の⽪を原料として⽣産しており、⼯場では錠剤になる前の原液を試飲させていただい た。良薬は⼝に苦し。効果バツグンに違いない。



洞川温泉

最後に向かったのは、観光客も多く訪れる洞川(どろがわ)温泉。⼤峯⼭を⽬指してやって くる修⾏者たちの宿場町として栄えた地域で、現在も⾵情のある旅館や商店が建ち並んで いる。森・⼭・鍾乳洞など、多様な観光資源を有する⼈⼝ 1200 ⼈の天川村にとって、洞川 温泉も⼤きな魅⼒のひとつ。新型コロナで観光業が⼤打撃を受けた 2021 年、「宵々天川」 と題して温泉街の提灯を灯し昔の⾵景を再現させる取り組みが⾏われた。
「何事もやってみないと分からない。⼿探りではありますがいろんな企画を打ち出し挑戦し ています。Do Do Do です」村役場の職員⽥島さんは⼒強くおっしゃった。明るい提灯が並 ぶ夜の温泉街にも、ぜひ⾜を運んでみたい。


感じたこと


「新たに何か作り出す」というより「今ある物をどう利⽤していくか」

廃校の利⽤、伝統⼯芸・伝統⽂化。元々存在するまちの資源や脈々と受け継がれてきたもの を⼤切にしつつ、変わりゆく時代に適応するために何ができるかを柔軟に考えていた。その 姿勢は、これまでの歴史に対するリスペクトとこれからの歴史を良い⽅向へ向かわせようと意気込む、地域への愛が根底にあるように感じた。


⾏政の職員と地域の⽅との親密性

どこを訪れても、同⾏している県庁職員の⽅はお世話になる施設の⽅々と親しげにお話をさ れていた。⻑い間時間をかけて築き上げてきた信頼関係が垣間⾒える瞬間が、何度も⾒られた。その様⼦に衝撃を受ける⼀⽅、どこか安⼼する気持ちになった。⾏政の⽅々も⽣活者と直接交流することで地域社会との⾏き来を積極的に⾏い、つながりを作ろうとしている。ど れだけ町を知っているか。どれだけ町に踏み込んでいくか。地元住⼈でも、移住者でも、実際にそのフィールドで動き出さなければ始まらない。外から働きかけても完全につながっているとは⾔えない。オフラインでのつながりがいかに強⼒であり不可⽋であるかを痛感 した。



移住者などの地域おこしと現地住⺠の意識差

奥⼤和地域では地域を盛り上げようと活動している⼈がたくさんいる。では、そこに暮らす ⼈々にはその取り組みがどこまで伝わっているのだろうか。これは、地元にいた時に地元を盛り上げるための活動を⼗分に認識できていなかった私の反省から出た問いだ。その解のよ うなものが⾒つかった気がする。決してそこに温度差があるのではない。新しいことを始め るときは「内輪ノリ」。それができるのは何も⾔わずにいてくれる地域の⽅がいるから。⼩さな⾃治体は全体が俯瞰しやすく、⾊々な視点で捉えやすい。それが時間を経て効果が⾒え ることで地域の⽅にも波及、町全体の活⼒アップにつながる。「やってみないとわからない!」 のもと、Do Do Do を続ける。それができるのは若者の推進⼒あってこそ。今回様々な場所 でお話を伺った際も「若い⼈と話ができるのは嬉しい」というお⾔葉を何度もいただいた。でも、このプロセスって他分野にも共通して⾔えることではないか。ベンチャー・スタート アップなどにおいても、新たな⾵を起こすには、まずいろんな吹き⽅を試してみなければな らない。それがなければ現状維持か後退のみ。今よりさらに良い未来を信じる⼈が、先陣を切って⾵を起こしていかなければならないのだろう。


挑戦⼼ある学⽣

今回⼀緒にプログラムに参加した⼤学⽣からも多くの刺激を受けた。英語での観光ガイドを している⼈。海外経験が豊富な⼈。ほとんどが奈良在住ということもあり、積極的に地域の ⽅と話をし、奥⼤和への明確なビジョンを持っていた。私は、やりたいことはたくさんある が挑戦する勇気を持てていないものもたくさんある。できない理由を探す前に、できるよう にする⼯夫を考える。じゃないと⼤学⽣活なんてすぐ終わる。Do Do Do‼


「農村漁村は過疎⾼齢。10 年 20 年で消滅する可能性は低くない。もはや⾵前の灯⽕」私にとって⼈⽣初の奈良県で⾒たのは、奥⼤和地域の⼩さな町や村で誇りを持って奮闘する⼈々の姿だった。


興味がわいた⽅は、“ディープな奈良”を味わえる奥⼤和にもぜひ⾜を運んでくださいませ。


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