もうひとつのふるさと「奥大和」
はじめに
はじめまして!奈良市内の大学に通う2年生のかなでです。
今回参加した1泊2日の奥大和(下市町・天川村)での体験プログラムを通して私が感じたこと、考えたことを文章を通してお伝えできたらと思います!
2日目の朝に訪れた法泉寺のご住職が、今の人たちは政治や経済にばかり目が向いていて、心の豊かさを失いつつあるというお話をされていました。お話をお聞きして、私自身も日々の生活でいっぱいいっぱいで自然の美しさを感じたり、夜空の月や星を眺めたりするような時間が段々と少なくなっていたことに気がつきました。しかし、この奥大和で過ごした2日間は自然の美しさや人の温かさのようなものをたくさん感じ取ることが出来ました。また、今回のプログラムで出会った方々は、みなさんとても気さくで、誇りや信念をもって奥大和地域のために活動をされている心が豊かな方々ばかりでした。この体験記ではこうした奥大和地域のために活動をされている方々を中心にお話しできたらと思います。
プログラムに参加した目的
私が今回この奥大和体験プログラムに参加した目的は2つありました。
1つ目は、今住んでいる奈良の事をより深く知るためです。奥大和とは、奈良県南部と東部の19市町村からなる地域の総称の事で、面積は県全体の3分の2以上を占めていながらも人口は県全体の10%という地域です。大学1年生の時、この奥大和地域の存在を知った私は、住んでいるとはいえまだまだ奈良のことをほんの少ししか知らないのだということを痛感し、せっかくなら今住んでいる奈良の魅力を隅々まで知りたい!と思い、今年の夏このプログラムに参加することにしました。
2つ目は、将来のビジョンのヒントを得るためです。私は鹿児島県出身で、大学進学を機に奈良に住み始めました。奈良に住んでみて私が感じたことは、奈良と鹿児島はとても似ているということでした。奈良は北部に人口が集中し、南部の山間地域では過疎化や少子高齢化が進んでいます。また、鹿児島も鹿児島市を中心とした薩摩半島に人口が集中し、大隅半島や諸島部は人口減少などの課題に直面しています。私はかねてから卒業後は地元の鹿児島に帰って、公務員として地元を盛り上げたいと考えていましたが、実際にどのように地域を盛り上げていけばよいのかは全く分かっていませんでした。そのため、このプログラムを通して地域のために活動する方々のお話をお聞きし、その活動を知ることで、地域を盛り上げるために必要なことは何なのかという問いへのヒントを見つけたいと思いました。
吉谷木工所と三宝
最初に訪れたのは、下市町で三宝や木工品を製造している吉谷木工所さんでした。
三宝?と思う方がいるかもしれませんが、三宝とは鏡餅や神社などでお供え物を載せている木の台のことです。下市町で国内の三宝の80~90%が製造されていることも三宝という名前自体も私は今まで知りませんでした。
今回私たちは、三宝製造に欠かせない、細かい切り込みを入れて木を曲げる「挽曲げ」という技術を利用した小物入れ作りを体験しました。ヒノキの香りや折り曲げる瞬間のドキドキ感をぜひとも多くの人に体感してもらいたいと思いました。
この伝統工芸品である三宝の技術をインテリア雑貨やキッチングッズに応用して、「神具から新具へ」を目指す吉谷さんのお話からは伝統を守っていくことと新しいことに挑戦することへのとても熱い思いを感じました。
神棚を始めとした神具が家庭から姿を消しつつある今、吉谷さんの「伝統を取り戻す」という言葉がとても印象的でした。神具は敷居が高いという多くの人が抱いている固定概念を無くして、1家に1台自分の大切なものを飾るために三宝がある生活が当たり前になることを目指していると語る吉谷さんの瞳はとても力強く、たとえ伝統工芸の役割は変化してもその伝統自体は受け継いでいく必要があると強く感じました。
2.つるべすし弥助
次に訪れたのは創業800年以上を誇る日本最古の寿司屋つるべすし弥助さんでした。
奈良と言えば柿の葉寿司というイメージだったため、奈良の下市町に最古のお寿司屋さんがあることも、つるべすしという寿司の名前も知りませんでした。お店の当主の弥助さんは、お店が歌舞伎の名演目「義経千本桜すし屋の段」の舞台にもなっているため、この話のあらすじやお店の歴史、そして老舗と言われるお店を守っていくことについてお話してくださいました。
桶の中でシャリと鮎を二段重ねにして3日~1週間ほど圧して発酵させる非常に手間とコストのかかるつるべすしを今はお店では提供しておらず、再開しようにも桶や圧縮する道具もなかなか手に入らないというお話からは一度途絶えたものを復活さえることの厳しさを感じました。また、老舗と呼ばれるお店を守っていくためには古くて良いものを続けていくだけではなく新しいことにも挑戦していく必要があるということ、そして日本の風情や料理以外の付加価値をどのように伝えていけばよいのかということを模索している弥助さんからは老舗の当主としての責任や店を守っていくことへの覚悟を感じました。
3.天川村での出会い
2日目に訪れた天川村ではコミュニティーナースとして地域医療に携わっている山端さんと天川村役場の田島さんのお話をお聞きしました。
奈良県独自の取り組みであるコミナスという地域の一員として町の健康づくりを担う活動をされている山端さんのお話は非常に興味深く、住民と行政の橋渡し的な存在の重要性を感じました。地域の人たちの健康状態や家族構成などを把握していたり、地域の人と親しげに会話をされている山端さんの姿を実際に目にしたことでコミナスの活動への理解も深まりました。
天川村役場の田島さんは、「観光はDo Do Do」だとお話しされて、実際にキッチンカーのイベントなど新たな催しにもチャレンジしていることを教えてくれました。
また、初めて訪れた天川村の美しく雄大な自然や情緒溢れる洞川温泉からはどこか懐かしさを感じ、地元の鹿児島での日々や地域の人たちとの関わり合いを思い出しました。
おわりに
お話を伺った地域で活動されている方々に加えて、一緒に2つの町を回ったMYSH合同会社・県庁職員の方々も日々奥大和地域を盛り上げるためにはどうすればよいのかという問いに対して真摯に向き合い、そして模索されているということを肌で感じることのできた2日間でした。また、同世代ながら広い視野を持ち、様々な活動に積極的に取り組んでいるとても素敵な仲間にも今回のプログラムへの参加をきっかけに出会うことが出来ました。
そして、今回訪れた下市町・天川村で見て、感じた、温かいもの・場所・出会った人それら全てが私は大好きになりました。将来奈良を離れて10年、20年、それ以上の時が流れても、きっとまた帰りたくなる、私にとってもうひとつのふるさとのような場所・奥大和に出会えたことに幸せを感じています。
今回のプログラムを通して得られた問いへのヒントや生まれた「つながり」を大切にし、これからも私なりに奥大和地域と関わっていきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました!