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逃げる
誰も知らないところに行けば、家庭から逃げられると思っていた。電車に乗って、少し遠出した県内を歩いた。いつも見る陽射しとは違う光の当たり方をして、その土地が映された。たった1人でやってきた女の子の名前を知る人は いない。その女の子の人生や過去や辛かったことを知ってる人は いない。だから、真っ新になって再出発できると思っていた。
ただ山に映った薄紅色の夕焼けが綺麗なだけで、真っ新になることなんてできないんだと、意識的に感じるまでもない心の奥底が勘付いていた。
旅に出れば、影から逃げられると思っていた。キャリーケースを持って、新幹線に飛び乗り、雪国にやってきた。半年前、その土地に出て行った旧友に連絡をした。朝日が全く違う光の差し方をした。雨の日の匂いも違った。自分の積み重ねてきたものは、人と触れ合っていくうちにバレてしまうけど、それでもいいやと思った。私が口を開くまでは、私のことを何も知ることのできない人たちのもとなら、再出発ができると思った。これから私の像を作り上げていけばいいのだと思っていた。
だのに、旧友は私の影をうつした。私がいかに苦しさで歪んでいるかをそのままうつした。戻しようのなき成長をしてしまった影を、私に確認させた。
外国に行けば、過去から逃げられると思っていた。でもそれには金がない。奨学金がもらえて思う存分学べるところがあるらしいと、学友から聞いた。ものの数分で応募した。なんだか、選考に通ってしまった。嬉しかった。自分がたまたま網目の荒いザルに引っかかったからだ。失敗はできない。何に対して失敗ができないのかはわからないが、とりあえず自分の使える範囲の能力を使って話してみた。なんだか、選考に通ってしまった。たまたまではなく、確実に、網目の細かいザルに引っかかってしまったのだ。逃げに、賞賛と責任と未来が付いてしまったのだ。
自分の、望まぬ能力を一番に呪った。変に成績が良くなければ、変に場の空気を察知することができなければ、逃げられない中で葛藤させられたのに。この土地で、この文化で、この人間の中で、自分を適応させることができたというのに。きちんと目を逸らさずに苦しめたかもしれないのに。少しの希望が、逃げることを推し進める。ほんとうは、家庭からも影からも逃げられないとわかっているのに。またこうして逃げることができてしまった。
どこにいっても、何かがついてまわる。新しい土地に行けば、新しい人に出会えば、新しいことをすれば、何かから逃れられると思ったのに。だからここまで旅をしているのに。土地も、人も、ことも、行く先行く先全て違うものがそこにある。なのに、土地も、人も、ことも、行く先行く先全て同じなのだ!次は、次こそは、違うものだと信じたい。そうでなければ、私は虚無の中をまたループしてしまう。
像が、像を作り出してきた私の過去が、私について回る。どこにも逃げられない。どこに行っても、逃げられない。私が私の身体を持つ限り、逃げられない。でも私は知っている。逃げるとするならば、どこに行けば逃げられるかは、私がいちばん知っている。知っているのに、次は違うだろうという愚かな希望が私を、最後の砦に向かえなくする。
どこに行けば逃げられるかは、私がいちばん知っている。なぜ私がそれをしないのかも、私がいちばん知っている。
ピッピちゃん
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