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会社を辞めて大学に戻って博士課程の学生になった話

今となっては、あの時なんであんなにも悩んだのだろうと思う。けれども、当時の自分にとっては、それはもうとてもとてもとても重大で、人生で最も大きな決断だった。

という決断。きっと誰にでも過去を振り返ると一つや二つはこんな決断があると思う。私の場合、その決断は新卒で入社した会社を辞めた時でした。

社会からの初めての洗礼、就職活動

話は遡って、もう10年ちょっと前になるのか。私は大学の農学部に入りました。理系の学部なので、4年生になると研究室に配属されて研究生活が始まります。そしてそのまま同じ大学、研究室で修士課程にいきました。

修士課程の1年生、冬。就職活動が始まった。さあ、卒業したらどうしようか。

大学での研究生活は、できること、知っていることが日に日に増えていって、続けるほどに楽しくなっていました。だから、将来もやっぱり生物学に関わる仕事、研究の仕事ができたらいいなあ。私は生物系でも生命科学系を専門としていたため、製薬会社の研究職を目指すことにしました。

けれども、なかなか現実は厳しい。

理系の中で生物学は最も社会で役に立たない学問。製薬業界は生物学が役に立つ数少ない業界の一つ。ゆえに、私と同様に製薬会社の研究職に就きたい人はたくさんいるわけで。しかも中には、薬学部など、すぐに製薬会社で即戦力になれるような研究を大学でしている人もいるわけで。

就職活動、撃沈。結局、就職先が決まるまでの活動期間は約10か月になりました。長かったー。しんどかったー。そして、残念ながら、製薬会社どころか生物学に関わることができる職に就くことはできませんでした。

それでも就職先は理系の会社で技術職採用で、科学という意味ではそれまでの自分の経験で活かせるものがありました。また、会社で研究らしいこともやっているらしい。職場環境や待遇についてはとても良さそうだ。

やったこともないのに、生物学に関わる仕事ではないという理由だけで食わず嫌いするのは違うかな。それに、長々と就職活動を続けて、ようやく受け入れてくれたたった一つの会社でした。

そんなわけで、私はこの会社に入社することを決めました。

社会からの洗礼、その2、初めての社会人

入社してみると職場環境はやはりよく、人間関係にも恵まれました。

使ったことのなかった分析機械を使うことができるようになって。大学とは違う実験の仕方やデータの見方を知って。世の中が何を必要としているのか、その実現のためにルールや障壁があることも学んだ。会社でも、できること、知っていることが日に日に増えていった。

でも、大学での研究生活とは違って、それでも楽しいとはどうしても思えなかった。

どうやら私は自分で思っていた以上に、生物に関わる仕事が、研究が、したかったらしい。そして、それ以外の仕事を受け入れることができないらしい。そのことを嫌になるくらいに自覚しました。

でも、仕事はやらないといけなくて、一生懸命、頑張らないといけなくて。でも、そこに気持ちが着いていかなくて。

とても良い会社だったので、こんなことを言うのは本当に本当に心苦しくて申し訳ないのですが、当時は毎日が違和感の嵐で、前向きに働くことができていませんでした。

これからどうやって生きていこうか

現実で求められていることと自分の気持ちが乖離していく中で、この会社では働き続けることは難しいと感じました。けれども、それなら私はどうやって生きていけばよいのか?

技術系の職はあまり転職の募集がないらしい。わずかに募集があったとしても、同業他社など、その募集職種の職務経験がないと難しいみたいだ。私が今から生物学の道、研究の道に軌道修正するのならば、大学に戻って博士号を取る選択が最適だ。

会社を辞めて大学に戻って博士号を取る。けれども、その選択はとても不安なものでした。

博士課程の3年間の学生生活、生活費はどうする?学費はどうする?退職して一年目は住民税や健康保険の金額も大きい。奨学金は前年の所得が採否に関係するけれども、私の場合はもらうことが厳しいのか?

それに、博士号を取って卒業する頃にはもう30歳も間近になっている。そんな年齢で就職先はあるのか?修士の時でさえあんなにも苦労したのに。大学に残って研究者になる道もあるけれど、それこそ、この先生きていけるのか全く保障がない。

不安。不安。不安。ひたすらに、不安。

悩んで、考えすぎて、一周回って振り出しに戻ってくる。その繰り返し。就職活動が始まってから社会人1年目くらいまでの2~3年間は、今思い返してみても苦しかったなあと思います。

大学に戻ろう、博士になろう

そんな答えのない無限ループの末に、会社を辞めて大学に戻りました。

どうしてあの時、この道を選択できたのだろうか。

私がこの会社で働いていた期間は、仕事以外にも初めてのことだらけでした。初めての一人暮らし。初めての故郷と異なる文化。初めて行く場所。初めて出会った、いろいろな生き方をしている人達。

様々な考え方に触れて、いいことも悪いこともたくさんあって、自分の中の世界が広がって。少しだけ、物事をそれまでと違う方向から見ることができるようになった、気がする。

ドラマや小説の世界のように、「お前はこの道に進め」と導いてくれる人や、これしかないと思えるような強烈な体験は、現実にはなかなかない。私にも、これが大学に戻った決定的なきっかけだ、というものはなかった。

けれども、初めてだらけの積み重ねの中で、自分がやりたいことをやろう、人は人で自分は自分だ、と思えたことに背中を押された、とは思う。少なくとも、一人無限ループの思考力では導き出すことができなかった選択だった。

気持ちが上向くと、やるべきことが見えてくる。

いろいろ調べて、お金を貯めて、母校の研究室に相談しに行って。よし、これならやれる。そう思えた時に大学に戻ろうという決意が100%になりました。再入学のタイミングで退職。私の初めての会社員生活は2年間でした。


今は晴れて博士号を取得。博士になりました。名刺の「PhD」を見て、頑張ったな私、と心の中でひっそりと自画自賛。

世間的には一度就職してから大学に戻る人は少数派なようで。でも、とはいえ、最近では全くいないというわけでもないらしい。世の中も変化している。

これが私にとって最善の道だった。博士課程の3年間は、今までの生きてきた中で最高に自由で楽しかった。会社で働いた経験も含めて、少しの時間も余すことなくよい20代を過ごすことができた。と、心から思える。

さあ、30代だ。

「人生で最も大きな決断」をまたできたらいいなあと思う。それはきっとすごく怖いのだろうけれども、それでも、やっぱり楽しい方がいいかな。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この記事の詳細版を書きました。ご興味のある方はぜひ。
(一部有料)

会社を辞めて大学に戻って博士課程の学生になった話
①決起編
https://note.com/mypacebiomuswri/n/n50b4216eace2
②生活とお金編
https://note.com/mypacebiomuswri/n/nd4d8344b0662
③企業就職?アカデミア? 準備編
https://note.com/mypacebiomuswri/n/nb691e206919a
④企業就職?アカデミア? 実践編
https://note.com/mypacebiomuswri/n/n6572d7b4dbf9
⑤ふりかえり編
https://note.com/mypacebiomuswri/n/n3daccb226d6c

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