ショートショート②「家飲み」

深夜1時。ヒロキを迎え入れるために掃除した私の部屋も、この時間になるとチューハイの空き缶やお菓子の食べ残りで散らかった状態になる。

「ミカ〜そこのチータラ取って~」

こたつから動こうとしないヒロキが私に声をかけた。

3月とはいえ夜はまだずいぶん冷える。エアコンの効き目が弱いウチではこたつはこの時期まで活躍してくれる。

「はい、どうぞ」

「ありがと~」

チータラをもそもそとくわえるヒロキ。ヒロキはお酒が弱いから、ほろよい2缶でちょっとフラフラになっている。そんな状態なのにまだ貪欲に何かを食べようとする姿が可愛くてちょっと笑ってしまう。

後輩たちは大学の演劇サークルでは部長としてテキパキと指示を出しているカッコいい姿しか見ていないから、こんなにふにゃふにゃしている姿を見たらびっくりするんだろうな。

本当に同期が私だけでラッキーだったと思う。

カッコいいヒロキも可愛いヒロキも両方知ってるのは私だけなんだから。


「やっぱりミカの部屋って綺麗だよね。女の子の部屋って感じ」

ヒロキは酔っぱらうといつも私の部屋を褒める。

公演の演出などを話し合うという名目で、ウチで飲み会をするようになってからもうずいぶん経つけど、ホントに毎回同じことを言う。

「じゃあヒロキの部屋ってどんな感じなの?今度遊びに行かせてよ」

「ウチ?ダメダメ!!めちゃくちゃ汚いんだから!全然掃除もしてなくてさー!」

このやり取りも毎回だ。

ヒロキは頑なに私を自分の部屋に入れてくれようとしない。

「たまには行かせてくれたっていいじゃん」

「まあまあ・・・」

そうやって残り少ないほろよいを飲み干すヒロキ。

こうやって、あしらわれるたびに心の下のほうがチクっと痛む。最初に出会った時から演劇の事で意気投合して、ずっと仲良しで、同期で一番近いところにいるけど、たまにヒロキのことをすごく遠くに感じる。

ヒロキとは色々な話をするけど、自分の話はほとんどしてくれない。

好きなモノも好きな人も好きな景色も何にも話してくれない。”これが好きなんだろうな”ってこっちで推測するしかない。

・・・ヒロキは私のことどう思ってるんだろう


「え?なんか言った?」

「・・・え?いや、なんにも!!」

いけない。考えてた事が思わず口からこぼれ落ちちゃってたみたいだ。お酒を飲むといつもより口元が緩んでしまう。慌てて引き締める。

「しかし、もう卒業なんだよね~あっという間だったな~」

「そうだね・・・」

そう、もうすぐ私たちは大学を卒業する。残された大きなイベントもサークルの卒業公演だけだけど、それが終わったら社会人になるなんて信じられない。

今のうちにやっておかなきゃいけない事も、言っておかなきゃいけない事もたくさんある気がする。

けど、それを本当に言ってしまっていいのか、いつもわからなくなる。

これが自分の本当の気持ちなのかも、何もかもわからない。

「今からなんか泣きそう」

そう言って笑うヒロキの顔は寂しそうだった。

その顔を見て引き締めたはずの口がまた緩んだ。

「ヒロキは卒業したらどうするの?」

「え?」

「私、ヒロキがどうするか全然知らないからさ。卒業したらどうするの?」

どうせ、何も言ってくれないんだろうけど、聞かないわけにはいかなかった。

卒業しても、もう一緒に演劇をすることが無くても、ウチで飲み会をする理由が無くなっても、私はこれからもヒロキに会いたかった。

この気持ちが何なのかわからないけど、"これからもヒロキに会いたい"という気持ちだけは本当だと思う。

「うーん・・・みんなには言わないつもりだったけど、ミカにだけは言っておこうかな」

そう言って私の顔をじっと見るヒロキ。



「私さ、結婚するんだよね」

「彼氏が地元で就職するから私もついて行ってそこで暮らすんだ。だからもうすぐ、広木優子じゃなくなっちゃうの」


その言葉を聞いた瞬間、身体中にアルコールがグルグル回りはじめた。

「私さ、自分の事話すの苦手だし、全然隠すつもりはなかったんだけど、ミカには言っておかなきゃって思って」

あれ?全然飲んでないはずなのにおかしいな。

頭がボーっとする。

「私たち、その・・・親友、みたいな感じじゃん?」

何にも考えられない。

「本当にミカと一緒にいれて楽しかったよ」

ねえ、ねえ、私どうしちゃったのかな

「今までありがとね」

ねえ、ねえ


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谷口つばさ
頂いたサポートでドトールに行って文章を書きます