ポケットに永遠/Children in Summer
子どもはいいね、夏休みで。
そう言われるのを分かっていて、私はみんなにたずねて歩いた。一本の電線の上を、まっすぐに歩いていく。街の上を綱渡りしているようで、じつは地面に落ちた影の上。いくつ信号を渡ったのか、しだいに分からなくなる。
「夏って何?」
忙しそうな人、眠たそうな人。知らない人たちみんなに、少女の私はたずねる。元気よく大声で、時には心の中でそっと。
「楽しくて情熱的な季節」
「暑いからどこにも行かない。家にこもって秋を待つ」
「いちばん好きな人と過ごす時間」
「シャウトする歌声」
「生を凝縮したような刹那」
「暗くて冷たくて怖い場所へ行きたくなる」
「誰も誰もいない、夜のプール」
「幽霊たち」
すぐに素敵な言葉だと分かるものもあれば、よく分からないものもあった。注意して聞かないとジュッと蒸発してしまうものが大人の言葉には含まれていて、そんな気配を感じた時は、なるべく書き留めるようにした。
そんな疑問をもつのは夏だけで、なぜだか考えると胸がきゅんと苦しくなった。夕焼けの光が紺と淡く混じりあうころ、心ぼそくなって走り出すのに似たような気持ち。
電線の上を歩いていると、いろんなものにぶつかりそうになる。ビルとビルの間の路地を入っていった先の公園で、その日はあやうく一匹の虫にぶつかりそうになった。ちかちか光りながら、あくせく飛び回る働きバチ。
虫たちはいつだって大人のようには答えない。夏休みを羨ましがることもなく、ほとんどの場合、私のことなど目もくれないで行ってしまう。
「ねえ、夏って何なんでしょうか……?」
おそるおそる、たずねてみる。花びらのすき間に沈んだ働きバチは、もぞもぞとまたそこから顔を出し、忙しそうに羽をブブブと鳴らした。
「夏なんてない。命があるだけ」
自分の叫び声が、内側からあふれそうになって、私は駆け出した。濃い緑のや、とろけそうに熱いアスファルトの、いろんな匂いがたちこめていた。そんな答えを初めて知った。栓をぬいたサイダーがあふれるように、猛スピードで景色が動き出す。
一瞬だけ遠くに見えた、怖いくらい静まりかえった永遠の切片が、そっとポケットに忍びこんで来た。
◇
「ねえ、夏ってきみにとって、何」
我ながら唐突な質問だなと思いながら私はたずねる。私たちはついさっき恐竜の映画を観てきたところだ。
がおー、と唸っていた彼は子どもっぽい目の光をすっと沈めて、レモンの角切りが浮いた水を飲む。
うーん、と彼が考えている間、私は窓の外の、ひとり歩いていく少年を目で追っている。人の流れにぶつかりそうになるたびに顔を上げて、うつむいて、何かを信じるようにまっすぐ、遠ざかっていく。
私の興味はいつだって「生きること」みたいな重たいテーマで、きみはそれを咎めないで聞いてくれる。たぶん、だから私はきみといる。
燃やして、溶かして、スーと冷まして。それは大人になった今もポケットの中にあって、時々指先で触れてみるとヒヤリとしている。
私は甘いジュレをひとくち口に運んで、彼の言葉を待つ。
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