おしゃべりな旅人たち/Paperback writer
一字一字にとっても時間がかかるそれは、私の指の動きに合わせて、ピアノみたいに音を鳴らす。
といっても、音楽のようではない。ぱち、ぱち、と、火の上でくるみがはぜるような、香ばしい音だ。
―― m、a、i、と。
あ、まちがえた。ローマ字で名前を書くときは、最初のmを、大文字にしなくっちゃ。
音符を書く五線譜のノートによく似た、アルファベットを書くための練習帳は、まあどっちでもいいような表情をしている。でも先生に直されるのはしゃくだから、改行して紙をずらした。
メトロノーム代わりの秒針が時を刻む部屋に、扇風機のファンと同じ色の、水色の風が流れる。クリスマスのおもちゃなんて大抵すぐに飽きるけれど、本物のサンタクロースのくれたプレゼントはさすが、半年たっても退屈しない。
ぱち、ぱちとタイプライターを叩いていたら、打楽器のリズムと間違えたのか、カラフルなオウムが迷い込んで来た。仕事がてら旅をしていると言う。
「おもしろい話を買ってよ」
くちばしを尖らせて、くるくる回る床屋さんのレジメンタル・ストライプみたいに、まどろっこしそうに体をゆらす。
「えーと……」
「いいじゃんいいじゃん。記事にするといいよ」
「だって私は、私が書きたいんだけどなあ」
「そんなの、もっと大人になってからすればいい」
異国の金貨をくれるというので、しぶしぶ了解すると、そこら中ちっちゃな羽毛が舞い上がるほど、何時間でも喋った。
それからは大変だ。私がタイプライターをはじき始めると、うわさを聞き付けた人たちが、代わるがわる訪ねて来る。まったくおしゃべりなオウムだ!
あくる日は、まっ白いエプロンに身を包んだ料理人。それからまた別の日は、星のついた礼拝服に身を包んだ男たち。タイム・トラベル研究者に、ポール・ダンサー。恋するプルチネッラ。なんとなくあやしげな人たちは、どこかで見たことのある顔ぶれ。そうだ、木曜の洋画だったかな?
宵闇がしずかに迫ってくる。最後の一日、燐光を放つ虫たちの声を聞きながら宿題を仕上げていると、「明日」からやってきたという人が、ひめやかに近寄って来て耳打ちした。
「ダメダメダメ、ちゃんと決まりに従って書かなくちゃ」
私はタイプする手を止めない。去年の夏は、市長さんの選んだ文集に作文を載せてもらったけれど、先生の言う通りに書き直したものだったから、ちっともうれしくなかった。インクリボンがかすれる。水銀灯の残光が窓から忍び寄る。
”――どこに着地するか分からないから、スカイダイビングは最高なのだ”
摩天楼の綱渡りが教えてくれた一行を打ち終えると、虫たちはしんと静まり返っている。ふと見ると窓辺がきらきらと光って、まるで本物の金貨の山みたいだ。
彼らはきっと旅客船のデッキで、燻らせた煙草の煙を夜に溶かしている頃だろう。
さあ、最後に署名をして。
―― ”m、a、i.”
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