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いまの上を わたっていく

「次の仕事は、目の前にある仕事にしかつながっていないと思ってる。だからその時その時に全力を注いでいくしかない。『いつかきっと』なんて存在しない。『いま』があるだけ」

ふと付けたテレビのインタビューで、こんなことが語られていた。こんな星の下に生まれついたらさぞかし人生は楽しいだろうな、と誰もがうらやむような、かっこいい有名人。そんな人でも、こんなふうに考えているものなんだ――すこし意外な気がした。

会社員であることを辞め、ささやかに「書く」という仕事を初めて一年生の私は、いま夢や目標を追いかけながら、ふとしたことで行きづまることがある。まあ、なんといっても一年生なのだ――秋の空がきらきらと澄み渡る時はそんなふうに思えるけれど、歯車が狂ってなにもかもがうまくいかないと感じる時は、手と足が止まる。

私にも『いま』があるだけだ。綱渡りみたいだな、と私は思う。

たしかに会社員だった頃は違った。毎日とても大変だったけれど、どこか遠くにきらめいている微かな光に、この道がつながっているのだろうと、なんとなくあがりが一番早そうな列について進んだ。『いつかきっと』というものを、拠り所にしていたのだと思う。

(――幕が上がったら、いきなり足下に落ちるかもしれないなんて、考えたこともなかったな)

(――わ。しかも、みんな見てる)

子どものころ、大きなテントのサーカスが怖かった。薄暗い雰囲気も動物たちの気配も火の匂いも、生々しくむきだしになって迫って来る臨場感もぜんぶ苦手だった。終わると魔法のように消えてなくなるのに、そうとは信じられないほど、熱気と緊張感がみちあふれていて。生きている、という実感があって。

冷や汗がつたい、おしろいが流れる。

足下にいろいろなものがゆらめいて見える。就いていた仕事、行ったことのある国、はためく万国旗に、朝も夜も越えていく飛行機。

過去は手をはなしたとたん、切りつけてくる刃になることもある。でも水の底できらめく宝石になり、空から見た町をいっそうきれいに見せてくれることもある。気を取り直して、前を見る。

世の中をひとりで綱渡りみたいにわたっていく私たちは、たぶんわたり切っても、どこへ辿りついたかさえ教えてもらえない。終わると魔法のように消えてなくなる。きっとそれが、生きるってことなのかもしれない。

でも、だから何だというのだろう。

行くべきところや、会いたい人は、私のつま先が知っている。さあ、今日はどこまで行けるだろうか。どこかで、白いライオンが吠えた。




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"Tightrope walker"

いつも読んで下さってありがとうございます。綱渡り、一年生:)


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西平麻依
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