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手帖から消えたページ #1

朝、目覚めると、手帖から数十ページが無くなっていた。県庁通りの雑貨屋で買った、手触りのよい紙を束ねたお気に入りの手帖だった。部屋中をくまなく調べたところ、その痕跡から、夜の間に誰かが持ち去っていったのだろうと考えるに至った。
乱暴な手の持ち主によって、手帖は見るも無残に引き裂かれていた。いったい誰が、なぜこのようなことをしたのだろう。しがない一般市民の(それも私なんかの!)日記に、貴重な情報などあるはずがないのに。

足元に一枚、昨日のページが残されていた。まちがいなく、これは昨日、23時頃に私が書きつけたものだ。

ほかの部屋も探してみることにする。


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■7月×日

携帯電話のCMを見た。若者が太古の昔にタイムスリップしてしまうというもの。奇妙な衣装を着て顔にペイントをした人々が、石やりのようなものを向けて迫って来る。言葉の代わりに役立つのは、知恵と携帯電話…というストーリー。魔法のかかった夜明けのような、くすんだ空の色が印象的。

心がふわふわと漂い始め、ある記憶に行き着いた。小学三年生くらいの頃であろうか、ある夏の寝苦しい夜、四畳半の子ども部屋にするっと入ってくる人影を見た。
ただならぬ気配に体がこわばり、勇気を振り絞って見るとそれはぜんぜん知らない男の人だった。暗くて顔は見えなかったが、知っているどの人の雰囲気にも当てはまらなかった。その人は穏便な口調で「未来から来た」というようなことを私に告げた。妹は隣ですうすうと寝息を立てていた。起きる気配は微塵もない。
記念にこれを、と言って渡されたのは、何の変哲もないカシオの腕時計だった。未来から来たにしてはあまりにもありふれた品物で、子どもの私にさえ高級品ではないことがすぐにわかった。なんでこんなものを、と思ったけれど、その未来人間は「将来、かならず、役に立つから」と言った。そして彼は来た時と同じように平板の影になり、ひそやかな煙のように退出していった。

あれから二十年以上経った。未来人間の話は誰も信じてくれなかったけれど、私はそのカシオを証拠として大事に持っている。結婚して実家を出る時も、迷わず新居へ持って来た。
何十万円もする時計を(婚約指輪の代わりに)プレゼントしてくれた夫は、私がそのカシオを身に付けるたび首をかしげる。

「これ、未来人間から貰ったんだよ」
と、夫に自慢したところ、彼はものすごく不思議な顔をした。
「何言ってるの」
夫は私の顔をじっと覗き込む。
「それは僕が高校生のときに付けていた時計だよ」

あれは未来人間だったのだろうか。……そういえば、今夜は七夕。


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新しいマガジンをつくりました。

■「手帖から消えたページ」

日常、ときどき非日常。毎日を記録した、手帖からなくなったページを集めています。見つけたら、ご連絡ください;)


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