祈りみたいな夜のこと/Playlist CmM7
好きなアーティストの歌詞を、眠る前しずかに読む。
誰にだってそういう、祈りみたいな夜があるのだと思う。
「今日あの人が私に言った言葉には、ほんとうはどんな意味があったのだろう?」
……なんてことをぐるぐる考えるより、ずっと誠実な時間がそこにはある。
ひととき、部屋はしずまり返る。低く唸る乾燥機の音さえも、ぴたりと止んだ。
あ、ここ韻を踏んでるんだ。この言い回しは素敵。この英語の意味は、と。
そうして考古学者みたいにていねいに歌詞に目を這わせていると、くだらないいくつもの過去のシーンがよみがえってきて、ものすごく恥ずかしくなったり、屈服した不条理がにわかに迫って来たりする。
でも、外の雨がぶ厚いカーテンになっているから、今宵ここに悪いものは侵入できない。
ああ私もこんなふうに素敵な言葉を音楽にのせてどこまでも飛ばすことができたら。でも私はピアノを中学にあがって止めてしまったし、ギターなんかはからきしだめだった。楽器から離れすぎていて、おそらくもうCmM7の音を聞き分けることもできない。
部屋の片すみには忘却へおいやったものたちが眠っている。ひとたび歌い出せば、ハロウィンのお化けように蘇るにぎやかで騒がしい思い出たち。
いまは私の好きそうな新しい音楽が、数珠つなぎにどんどんひとりでに集まって来る時代だ。気づけば過去といまが混じり合う。まあ、そういう気分の時は、それでもいい。シャンパンゴールドの泡に浸って、にぎやかにやろう。
そして私は目を閉じて、さっき読んだ歌詞の感動をぐっと己に染み込ませる。歌詞に心が共振しているのが分かる。指先を伸ばせばその震えに触れそうな気がして、確かめるようにちいさな声で歌ってみる。
悲しいことがあった。うれしいことがあった。思い出せることもあるし、時間をかけて土の中へ溶けていってしまったものもある。
ここはどんなメロディーだっけ。すぐにでも息を吹き返しそうなのに、決して正しくリフレインされない旋律。不安げで美しいCmM7コードの余韻が、私の心のヒビをなめらかにならしていく。
誰にだってこういう、祈りみたいな夜があるんだと思う。
翌日。目が覚めると、シャンパンゴールドの世界はもうどこにもない。私はすこしだけ元気になっている。けむるような空を見上げると、消え入りそうな雨つぶがやわらかく頬で弾ける。雲は引いていきそうだ。
乾いた洗濯物はドラムの中で固まっていて、夫はそこから出したくしゃくしゃのシャツを着ていた。申し訳ないなと思ったけれど、なんだかすこし笑った。
私は着る予定だった服をあきらめて、いちだん明るい色の服を着て出かける。プレイリストにどの曲を入れようかな、なんて、軽くハミングをしながら。
Nobody cannot invade your imaginary musical – let’s just have fun dancing with your favorite chords like Halloween ghosts. You’ll be feeling like wearing bright color clothing and putting a new song in your playlist, also even lightly humming. I promise.
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読んでくださってありがとうございます。今月発売予定、編集長mao nakazawaさんのマガジン『一服』に、書き下ろしエッセイを寄稿させていただきました。マガジン情報、少しずつお知らせさせていただきますね。
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