孤独をつなぐ、恋のこと/Redundant night dreams
月も星も見えない静かな夜、ベッドで本を読んでいたら、となりで本の閉じる音がして、彼の寝息が聞こえて来た。
海へのバカンスとやらから戻って来たと思ったら、気の強い郵便配達夫がぎゅうぎゅうに押し込んだポストの手紙に目もくれず、むさぼるように本の続きを読んでいる。
分からないものを分かろうとする時の、なんとも言えない横顔。その顔のまま、夢の中で彼はおそらく、ビーチを照らす太陽の記憶に混ざり合っている。ときおり眉をひそめて、潮風に乗ってうんうん唸るちいさな虫たちを避けるようなそぶりをする。
紅茶はすっかり冷めてしまった。底に残ったスパイスをぐいっと飲みほして、私もまた眠りの準備をする。先に眠るのとあとに眠るのでは、先に眠る方が幸せにちがいないのに、私はどうしてだか、いつだって彼の寝顔を眺めてしまっている。
——私だって本に夢中になることはあるけれど。
そう、本があちらから扉を開いてくれたときの喜びを、私は知っている。
頭と心でべつべつの革命が起こってしまったような感じがするのに、それらは体の奥でつながって、生きることをおそれず前へ行進しなさい、とやさしく強く語りかけてくれる。
でも、本にできるのはそこまでだ。
本は私をつくるけれど、私を乗っ取ることはできない。
けれど、恋はどうだろう?
私は彼の本をそっと開き、目についた一行を読んでみる。この本のどこがそんなにいいのだろうと私は思う。けれど、それもまた本の気高く美しいところで、本というものは、誰にだって好かれるようには書かれていないものなのだ。
だから、私たちは、もしかしたら孤独になるために、本を読んでいるのかもしれない。その孤独に、やさしく安らかに癒されるために。
誰かの好きな本だからといって無条件に私も好きだと感じられないように、私たちは孤独を奪い合うことも分け合うこともできない。
でも、と私は、誰にも聞こえない声でつぶやく。
「でも、あなたのことは好きよ」
ベッドの中はあたたかい。その淋しいぬくもりの中で、私は未来を信じている。恋はきっと私たちの孤独と孤独を、ほんのひとときつないでくれるんじゃないか。
やがて、まぶたの裏で、すきとおる水のおもてが幾何学模様に光って、ゆれるハンモックの脇を競うように、ちいさな魚たちがきらきらと泳いで行った。
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いつも読んで下さってありがとうございます。書くことについて、読書について、それから恋についてふわふわ思うこと、3つめの物語エッセイでした。【1】【2】
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