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海に落ちる月-24-持つべきものは【小説】
神野のターン
◆あらすじ
動画配信で起業を目指す神野は、高校の同期だった倉田をインフルエンサーに育て上げる
一方、お互い思いを寄せる義妹のナツは、神野の父親に虐待されたことで、男性恐怖症になっていた
ところが突然、父親は火事で命を落とし、ナツが明るさを取り戻すと同時に仕事も好調となり、神野は都合の良すぎる父の死を忘れようとしていた
暴漢に襲われた事件さえ、再生回数に変え、神野と倉田は充実した日々を送っているかに見えた
杉田の突撃事件があってから、クラゲの株は爆上がりだ
さすが海の生物ともてはやされている
とくに女性ファンが増えた
格好つけずに、足から飛び込んだのが可愛いんだそうだ
「さすがに真っ暗な海へ、頭から飛び込む度胸はないよ」
「靴と上着を脱いだのは泳ぎやすくするためか?」
「いや、あの靴と服は高いから
そうだ、クリーニング代、経費で落ちる?」
倉田はクリーニング屋の領収書を出してきた
「それはいいけどさ
おまえ、なんだって杉田に怪しい投資家なんて紹介したんだ?
軽い怪我で済んだからいいようなものの」
「気に入らないからだよ」
「毎度、気に入らない客にそんなことしてんのか?」
「まさか
ナツを泣かせるなんて許せないだろ」
「ナツは簡単に泣かねぇよ」
「じゃ、神野を泣かせたから」
「泣いてねーし」
「いいじゃないの
結果オーライなんだしさ」
ダメだ
こいつまともに答える気がないらしい
たぶん、気紛れなんだろう
結果オーライか
確かに登録者数だけでなく、平均再生回数もかなり増えている
そのせいか、俺も取材されることが増えて、時々、ネットの経済番組なんかで取り上げられる
何でも無名の青年を、200万インフルエンサーに育てた凄腕プロデューサー
ということになるらしい
まぁ、外れではないが、かなり盛ってるな
そんな時、日野と関から久しぶりに会いたいと連絡があった
二人に会うのは同窓会以来だ
特に日野には親父のことで心配かけたから、礼を言わなくてはと思っていた
だが、少しだけ逡巡するところはあった
仮に俺が少しばかり有名になったからっていうので、杉田のように投資や借金とか、ツボを買えとか
そんな話だったら、俺は友人を失うことになる
「よお、神野」
「日野、関、久しぶりだな」
何故か知らないが、二人が指定してきたのは、高層ビル最上階の小洒落たカフェレストランで
おっさん3人は悪目立ちして、居心地悪いことこの上ない
会社経営している日野は歳よりずいぶん上に見えるし、関はオタク臭が抜けないのがなんとも香ばしい
コイツ、銀行員とは仮の姿だったんだな
「なんで、ここなん?」
「いやー、今度さぁ、俺、結婚することになって」
俺が聞くと日野が照れ臭そうに言った
「そりゃ、めでたいじゃないか」
「それで、披露宴とかアクセスとかの下見でね」
「こいつの嫁さんのリクエストなんだとさ
もう、尻に敷かれてやんの」
先を越されたのが悔しいのか、関はさかんに冷やかしている
なるほど、この店は結婚式の2次会なんかにも使える造りだ
「いや、式は地元でするんだけどさ
嫁さんの仕事場がこっちなんで、友達へのお披露目はこっちでやりたいってさぁ」
「へぇ、奥さん何してんの?」
「親戚がこっちで病院をやってて、そこの薬剤師なんだ」
「なー、サイコーだろ!」
関がゲラゲラ笑った
「なるほど、ドラッグストアにはぴったりだ」
日野は地元では知られたドラッグストア『サン・フィールド』の2代目社長だ
「いや、それで神野に頼みがあって来たんだけど」
「え、なんだよ」
「じつは、嫁さんがクラゲのファンでさ
できたら動画とか作ってくれないかな…なんて」
「へえええ、そりゃまた奇特な」
なんてこった
俺の邪推は大ハズレ、汚れた考えの自分が恥ずかしいよ
「いや、クラゲってけっこうな人気者だって」
「そうそう、あの海へのダイブシーンなんて再生回数すごかったし」
あの動画は野次馬が撮ったので、俺らの再生回数とは関係ないが、かなりの宣伝効果はあったようだ
クラゲダイブとか言って真似する奴が出てきたのは困りものだが
「ああ、俺はいいけど」
「俺たち倉田と同じクラスになったことないんだよ
頼んでみてくれないかな」
「ノリのいい奴だから、ファンサービスって言えばやってくれるよ
なんなら倉田に余興でもやるように頼もうか?」
「いや、それだと主役がどっちか分からなくなるからさ
普通に参列してくれると嬉しい」
なるほど、そういうことか
クラゲって芸人みたいな立ち位置なんだ
「もちろん、お礼はさせてもらう」
「いいよ、ご祝儀替わりに作ってやんよ」
「いやぁ悪いなー、ほんと助かるよ」
ひとしきり日野のなれそめやらのろけ話を聞いた後
今度は関が話し出した
「それでさあ、俺も頼みがあるんだけど」
「おまえもか?」
「ナツさんのサイン、もらえない?」
これも思いがけない言葉だった
「せ、関はナツのこと知ってんのか?」
「おまえー、ナツさんを過小評価しすぎだぞ」
「だってこの前、化粧品の動画でワンカット出ただけなのに」
確かにあの動画はそこそこバズった
リップダンスとか言われて、トレンドにも乗ったくらいだ
第2弾の依頼も来ているが…
「俺、おまえの前の動画からナツ推しなんだぜ」
「え?」
「あのチャンネル、変な終わり方しちゃったから言えなかったけど
なんか、もう気にしてないみたいだし、いいかなって
ナツさんも復活したしさ」
「あ、あーなんか、気を遣わせちゃったな」
言ってくれればよかったのに…
と言おうとしてやめた
たぶん、以前の俺は友達にいじられたら、笑えなかったかもしれない
同窓会で誰もあの話題に触れなかったときに、どれほどほっとしたか
「もちろんいいよ
なんなら、いまから呼び出すよ」
「え、え、会えるの?」
「こいつ、この歳で推しだなんだってはしゃいじゃってんだよ」
「うるせー、推すのに歳は関係ねえだろ」
ナツを呼んで写真撮ったり、サインしたりで、またひとしきり盛り上がった
ナツ自身も直接ファンからサインをくれなんて、言われたことがないから、かなり驚いていたし、嬉しそうだ
「いやー、ありがとな、神野」
二人は肩を並べて上機嫌で街並みの中へ消えていった
今夜は新宿だそうだ
キャバクラか、ガールズバーか
それともアイドルのライブだろうか
ま、とにかく、がんばれよw