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ショートショート1000字縛り★初夢が悪夢

暗闇の中を私は走り続ける
恐ろしい「何か」に追われ、ただただ逃げ続けている

後ろから鋭いカギ爪が肩をかすめて襲い来る
すんでのところで私はかわす
何も音がしないのが更に恐ろしい

音もなく襲ってくるその何かは
私が必死に抱えているモノを狙っている

それがいったい何なのか
「とても大切なモノ」
としか私には分からない

これはいったい何なのだろう?
決して手放してはいけないことだけは分かる
そうだ!
きっとこれは、私のまだ見ぬ愛しい人から贈られたモノ
愛の証なんだわ
それでなければこんなに大事なはずがない

出口、出口はどこ?

見えない出口を求めて、私は走り続けた

「きゃああ」

今度はカギ爪が私の腕をつかみに来た
必死で振り払うが確実に奴は迫っている
もう、だめなの?

その時、行く手に小さな明かりが見えた

出口!

助かった

私が最後の力を振り絞って、転がるように光に向かって走り出した時
巨大なカギ爪が私の腕をつかみ

「いやあああ」

悲鳴むなしく、大事に守ってきた「何か」を奪い去っていった

「お願い、返して、それだけはやめて」

必死に懇願する私は暗闇の中に取り残され
泣き崩れるしかなかった


「っていう夢なんだけどさ
 こんなの初夢に見ちゃって、大丈夫?」

私の小さなお城『Bar ジェリーフィッシュ』は正月でも営業中
場末のゲイバーだけど私はオーナーママなのよ

ヘルプのヒナちゃんが夢占いできるっていうから
今朝の不吉な夢のことを占ってもらったの

「暗闇を走るっていうのはそんなに悪くないんですよ、光へ向かうって暗示だし」

「じゃ、大事なものを奪われるのは?
 私、初夢のために枕の下にちゃんと絵を置いたのに」

私はネットで拾って印刷した、富士山と鷹と茄子の写真を広げて見せた

「ママって案外、信心深いんですね
 あれ?」

ヒナちゃんが写真を見て首をひねった

「これって鷹じゃなくて、トンビ」

「えー!」

「トンビと言えば」

バーテンの井上ちゃんが余計なことを言いそうだわ

「ママが去年の夏、海に行ったとき、トンビに唐揚げ串持ってかれたって怒ってたよね」

「じゃあ、私が奪われた大事なモノって」

「唐揚げ串ですね」

そんな、ヒナちゃん、身も蓋もない

「食い意地張ってただけ、ってことっすかね」

「うるさいわねっ」

私は手元にあった紙のコースターを井上ちゃんに投げつけたけど、慣れた仕草でひょいっとかわされた
ああ、憎ったらしい

ようこそ『Bar ジェリーフィッシュ』へ
初夢の鷹は猛禽類ならギリセーフにしてよ!


▼このお話はこちらの作品のスピンオフでもあります(今回は全然関係ないですけど)

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