見出し画像

ショートショート2000字縛り★猫が干支にない理由

大晦日ギリギリまでお店をやってたから、さすがに元日は休みたい
そう思っていたんだけど、大掃除するのをすっかり忘れてたわ

私はこう見えても潔癖入ってるんで、お店くらいは綺麗にして新年を迎えたいの
ゲイバーのママだからってズボラだと思われたくないわ
だから新年早々、重い腰を上げて私のお城『Bar ジェリーフィッシュ』へお掃除に行くことにしたのよ

最近のお正月にしては珍しく、強い風が吹いて寒さが厳しい
ぶるぶる震えながら、お店のカギを開けていると、足首に柔らかいものが当たった
え? と思って足元を見ると、一匹の猫が私の足にすりすりしている

自慢じゃないけど、私は動物に懐かれたことがない
猫なんてとくにダメ
うっかりなでようとして猫パンチをくらったことがあるの

でも、このコは私をいとおしそうに見つめて「にゃあん」と啼いた
グレーの毛並みはビロードのように滑らかで、足先が白いソックスちゃん
瞳は少し緑がかってなんだか神秘的、かなりの美猫だわ

「おお、よしよし、寒いのね、いま開けてあげまちゅね」

ついついほだされて、猫なで声を出してしまった
どうして動物には赤ちゃん言葉になっちゃうんだろう

扉を開けると、猫はするりと店の中へ入っていった
部屋を見渡し、ひょいっと椅子の上に乗ると、何かを催促するようにじっと見つめてくる

お腹が空いているのかしら
でも、うちの店には猫にあげられるようなものはないし
確かアタリメはだめだったわよね
あ、そうだミルクなら

小皿にミルクを注いで、レンジでちょっとだけ温める
猫舌だもんね
指先でミルクの温度を確かめて目の前に置いてみた

猫は「にゃ」と小さな声を出して、ミルクをぺろぺろ舐めだす
か、可愛い…
なんて可愛いの! 猫動画が流行るわけだわ

ミルクを飲み終わると、猫はぴょんっとジャンプして、私の懐に飛び込んできた
きゃあああ、あざとい、あざとすぎる!

「そうか、ここがいいか
 うちのコになる?」

こんな気持ちになるなんて
もしかして、これが母性本能?

そうしてしばらく懐の猫をなでていたら、外の風もやんだ様子
やがて、猫はするりと私の手から離れて扉に向かった

あらやだ、掃除のことなんてすっかり忘れてたわ
「またおいで」
私が扉を少し開けてあげると、猫は体をこすりつけながらSの字に体をくねらせて出て行った

せっせと掃除を始めて時計を見ると、もう1時を回っていた
お昼ご飯を買いに近くのコンビニへ行くことにする
本当に元旦から開けていただいてありがたい

いつもはおにぎりとお茶だけど、ペットコーナーの猫のおやつが気になった
もう来ないかもしれないけど、もしかしてと思って一つ手に取ってしまう
よくCMでやってるチューブタイプのやつ
猫がすごく嬉しそうに舐めているからきっと大好きなんでしょ

「さ、もうひとがんばり」
おにぎりを食べたら、気合を入れて掃除を終わらせよう
朝の冷たい風がウソのように、午後は穏やかに晴れてポカポカしてきた
表に出てガラス窓を拭いていたら、あの猫がこちらへ歩いてくるじゃない

「また、来たの?
 おやつがあるよ」

声をかけたが今朝と違って、甘えた声をだしたりしない
このツンデレめ

私はさっき買ったばかりの、猫おやつの封を切って差し出した
猫はちらっとみると近付いてきて、ぺろぺろ舐め始める

あれ、CMよりリアクション薄い
半分ほど舐めてやめちゃった

「どうしたの?
 お腹空いてないのかな」

そう言って頭をなでようとしたら
シュパッと前足をひるがえし、私の手に猫パンチをしてきた

私はショックのあまりその場に固まってしまった

ひどいっ、私の何がいけないの?

猫はそのまま悠々とお尻を振りながら去っていった

え?
今朝のすりすりは何?
懐ぴょんは?

まさか、ただ、暖をとっただけ?

あああ、弄んだのね
私は、都合のいい女だったのねぇぇぇ


「あー、猫あるあるっすよね」

と、バーテンダーの井上ちゃんは言った

元日は休みだけどお店のコたちが集まりだして、初詣に行こうと誘いに来てる

やはり猫には手痛い目にあっているようで、私の話にみんな頷いてくれた

「猫って自分が可愛いの、絶対知ってるって」

アキナちゃん、あいつってそういう奴なの

「でも、可愛いから仕方ないわぁ」

ミユキちゃん、私もそれでやられたわ

「惚れた方が負け、人も猫も一緒よ」

ヒナちゃん、私としたことが、もう、悔しい!

「ママ~、元気出して
 ほら、年賀状来てるよ」

アキナちゃんが薄い年賀状の束を差し出してきた
ほとんどがDMだけど、当たり前ながら干支のイラストが多い

「そういえば、猫年ってないわね」

「確か、虎がいるからだっけ」

「ネコ科代表ってこと?」

「ぬるい!
 法律で決めるべきだわ!
 猫は絶対に干支に入れちゃいけない」

私は雄叫びを上げると、みんなを引き連れて、お神籤を引きに神社へ出かけた

「っしゃー、大吉!」

「よかったね、ママ」

ようこそ『Bar ジェリーフィッシュ』へ
猫が干支にない理由は…
「そういうとこだぞ!」

(猫パートは実話です)





いいなと思ったら応援しよう!