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海に落ちる月-18-高いワインは悪酔いする【小説】
神野のターン
◆あらすじ
かつて動画配信で成功と挫折を味わった神野は数年後、高校時代の同期、倉田を誘って再び配信を始め、登録者100万人を達成、再び成功を収める
一方、神野の父に虐待を受けたことで男性恐怖症だった義妹のナツだが、その父親は火事で命を落とし、彼女は明るさを取り戻しつつあった
「神野ォ、今日はお楽しみだったんだって? ハーレムで」
10分ほどでやってきた倉田はさっそくいじってきた
「そんなんじゃねーよ」
「うわ、声ガラガラ」
「歳には勝てん」
「こういうときは呼んでくれないのな」
「おまえが仕事だって言ったんだろが」
「まぁ、そうだけど
あ、これ、お土産」
倉田が差し出したのは紙袋に入ったワインだ
「お、何土産?」
「今日、納車でさ
手土産持ってったら奥さんがお返しにって」
「え、けっこう高いやつだぞ」
袋の中にはそこそこの銘柄のワインが入っていた
「そうなんだよ~
俺の手土産よりこっちの方が高いんじゃないかってヒヤヒヤしたぜぃ
俺ひとりじゃ飲みきれないからさ
ここなら、つまみもありそうだし」
「わかった、なんか冷蔵庫にあるだろ」
俺は冷蔵庫をのぞいて材料を探し、ワインに合いそうなつまみを作る
ハムにチーズ、アンチョビ、オリーブオイル、ニンニク、ズッキーニか
キノコも何かあっただろう
さすがにポルチーニはないが、マイタケなら
親父がまだまともだった頃、俺が小さい頃は
こんな風に酒のつまみを作っていたな
そんなことを不意に思い出した
酒は好きだったが溺れるような飲み方はしなかった
とくに食堂をやってた頃は、体調を気にして休みの前日しか飲まなかったはずだ
すぅっと手の感覚が消えた
俺は、あの、とき
フラッシュバックが襲ってくる
炎が広がる
俺は消さなかった?
煙草はまだ火が残って…
ガチャン!
大きな音がして我に返った
キッチンの床に陶器の破片が散らばっている
「おい! 神野、大丈夫か?」
倉田が慌てた様子でキッチンに飛び込んできた
「危ないっ、止まれ」
俺はつい大声を出してしまった
「おおっとっと、皿を落としたか」
「わりぃ、掃除機取ってくれ」
「いいよ、俺がやる」
倉田は慣れた手つきで欠片を集め、細かい破片は掃除機で吸い取った
「学生のときファミレスでバイトしてたのが役に立った」
「悪いな」
「いや、おまえかなり疲れてたんだな」
「そんなに重労働じゃなかったんだが、若い子といるだけで疲れる」
「今日は帰るよ、ゆっくりしろや」
「いや、大丈夫だよ、ワイン飲ませろや」
「そうか」
倉田は最後に床を拭いて、欠片の残りがないか確認した
幸い料理に破片は飛び散らなかったので、そのまま盛りつけた
「チーズとハムのオードブルに、野菜をアヒージョ風にしたやつ」
「おー、うまそ、綺麗に盛り付けるよなぁ」
「簡単なもんしかないけどな」
「いやいや、十分だよ」
倉田は嬉しそうにコルクを抜いた
酒は弱いくせにワインの開け方は上手い
ワイングラスに注ぐのもとても滑らかだ
「それもファミレスで覚えたのか?」
「まさか、お金持ち相手だと
こういう技も覚えておいた方がいいって
先輩に教わったんだ」
「じゃ、カンパーイ! 倉田、おつー」
「神野もおつー
お、やっぱ高い酒は違うな」
「おまえにわかるのか?」
「高いか安いかくらいはわかるよ
それにしても、ひどい声だな」
「若い子ばっかりで、ついていけん」
「おじさんが、はしゃぎすぎだろ」
バカを言い合いながらワインを飲む
倉田は例によってすぐ真っ赤になった
疲れているせいか、俺もいつもより回りが早い
いつの間にか窓の外は暗くなっていた
倉田はソファでひっくり返っていた
俺もソファにもたれかかってうたた寝していたらしい
いやな汗をかいている
頭がぼんやりとしたまま、ゆっくりと起き上がった
「なんだ、変な夢でも見ちゃった?」
半身を起こして倉田が言った
「俺、俺が殺したのかな」
「は?」
「親父の火事、煙草の火の不始末だって」
「そうか」
「灰皿…まだくすぶっていたような気がする」
「そんなことないよ」
「ちゃんと確認してれば」
「神野、神野はあそこにはいなかったんだよ」
倉田は俺をまっすぐ見据えて強く言い切った
「どうすることもできなかったんだ」
気休めに過ぎないとしても
それでも俺はその言葉にほっとした
また眠気が襲ってきた
クラ>
「やっぱりちょっとおかしかったよ」
ナツ>
「でしょー
撮影のとき、テンション異常だったもん」
クラ>
「さすがだね
でも、もう落ち着いたと思う」
ナツ>
「ありがと
クラちゃんに頼んでよかった」
クラ>
「感謝は形で示そうねw」
ナツ>
「じゃあ、私がカンちゃんの本妻になったら
2号にしてあげる」
クラ>
「本妻? 鬼嫁の間違いでは」
ナツ>
「ふんっ
でも、やっぱカンちゃんがやったのかな?」
クラ>
「あいつにそんな度胸ないって」
ナツ>
「ちぇ」
クラ>
「こら」