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海に落ちる月-14-里帰り【小説】

神野のターン

◆あらすじ
学生の頃始めた動画配信が成功し、100万人登録を達成した神野は、ふとしたことで躓き、大炎上させてアカウントを失った
数年後、同窓会で出会った高校時代の同期、倉田を誘って再び配信を始める
無名の一般人であった倉田を使い、神野は再度、登録者100万人を達成した
動画配信が順調な一方で、神野とナツは複雑な思いをこじらせていた


「お、ひさー」

俺の部屋で広告担当のスタッフとミーティングをしていると、2週間ぶりにナツが現れた
空港のタグが付いたでかいスーツケースを引っ張っている

「あ、ナッちゃん、久しぶり」

「わー、大荷物だね、旅行してきたの?」

「うん、親孝行してきた
 はい、お土産だよ~」

そう言ってスタッフたちに小分けにした菓子を配りだした
ド派手な色の包装紙はいかにも南国らしい

「よく分かんないから、人気だっていうお菓子買ってきたの
 はい、カンちゃん」

「さんきゅ」

「あれー、今日は女子ばっかだね
 何? 撮影?」

「化粧品の案件が入ったんだ
 それでプレゼン案を女性陣に聞いてたとこ
 ナツもなんかアイデアあったら言ってくれ、俺にはさっぱりだ」

「なにそれ、面白そー」

ナツはなんだか機嫌がいい
里帰りは思ったよりいい効果があったんだろうか

「なんか嬉しそうだな」

「日本語、久しぶりなんだもーん」

ナツも交えて、ミーティングは続いた
普段はコスメ班の案件にはノータッチなのだが
何故かこの案件は俺宛に来ていた
ただし、今回の商品は口紅なので、俺にはさっぱりわからない
口出しは一切せずお茶くみに徹するしかなかった

女性スタッフたちの様子を見ていると
サンプルを手のひらで転がしながら
「カワイイ」を連発しているので女子受けのいい商品なんだろう

「じゃ、次回までにもうちょい具体的な案を頼むよ
 それで予算とか組むから」

「了解」

ミーティングは終わったが、ナツは残った

「カンちゃん、ご飯作ってよ」

「いいのか、お母さんは?」

「ママンは疲れたから寝かせてくれって」

「そうか、懐かしいより疲れるか…」

「うーん、なんかねー、日本から来たって言ったら
 お金の話ばっかで…ちょっとね」

「ああ、そういうこともあるか」

「ママンの故郷ってけっこうな田舎でさ
 いまだに日本人は金持ちだって思ってて
 お金はないって言ったら露骨に冷たくされた」

「世知辛いなぁ」

「やんなっちゃう」

「しょうがないさ、会ったこともない親戚なんて
 日本に住んでたってそんなもんだ」

「そだね」

ナツは軽く言ったが、かなり不満そうだった
やはり日本人との意識の差はどうしようもないらしい
この様子では、里帰り&移住という流れにはならないだろう

「悪かったな、余計なお世話だったか」

「また謝ってる
 カンちゃんのせいじゃないって」

「はは、そうだな」

「かえってはっきりして良かったよ
 やっぱり私にとっては外国なんだよね」

「よし、じゃあ今日は和食にしよう」

「わーい、醤油と味噌が恋しかったよお」

ナツは特に和食が好きというわけでもないが
海外帰りの日本人と同じ感覚なんだろう
俺は冷蔵庫をのぞいてあり合わせの夕食を作った

「急に来るからたいしたもんないけど…」

「これこれ、お味噌汁、うまー」

「そうか、よかった」

ナツは食事が終わるとすぐに帰ると言い出した
肩までつかれる風呂に入りたいんだそうだ
どうやら、ここには食事に寄ったらしい

「タクシーよろしく、カンちゃん」

「あいよ」

どうもこの妹には甘くなる
倉田はオリゴ糖より甘いぞと言ってたな

親父がやらかしたことへの負い目と
俺がやらかしたことへの負い目

いくらでも恨んでもいいはずなのに
俺の前では、ナツはいつも笑っていた


次の日の朝

スマホを手に取ると着信が入っていた
それも同じ相手から何件も

相手は同窓会で会った日野だった

あのときに連絡先を交換していたが
今までは電話で連絡してくるようなことはなかった
この様子では急ぎの用なのかもしれない

「もしもし、出られなくてごめん」

かけ直すと日野はすぐに応答した

「おお、神野、大丈夫か?」

「え? なんのことだ」

「そうか、やっぱりそっちには連絡入ってないのか」

「連絡?」

「親父さんだよ」

「ん?」

「そのうち連絡あると思うけど、親父さんが亡くなったよ」



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