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海に落ちる月-17-女子とオジサン【小説】
神野のターン
◆あらすじ
かつて動画配信で成功と挫折を味わった神野は数年後、高校時代の同期、倉田を誘って再び配信を始め、登録者100万人を達成、再び成功を収める
神野の父に虐待を受けたことで男性恐怖症だった義妹のナツだが、その父親は火事で命を落とし、明るさを取り戻しつつあった
「はーい、ワン、トゥー、スリー、ぽん
ワン、トゥー、スリー、ぽん
このリズムでいくよー」
「りょーかーい」
掛け声をかけると女の子たちが手を上げる
今日は広告案件のプレゼン用動画撮影だ
商品はリップスティックなので、女子たちには
アニメキャラのようにプリプリの唇に仕上げてもらった
「ぐっさん、カメラお願い」
「はいはーい」
俺とカメラを頼んだ山口以外はスタッフ含めて女性だけ、なので山口も今日はやたらノリがいい
普段は関わらないコスメ班の撮影だが
今回は俺宛に来た案件を、条件がいいからとねじ込んだので
裏方は全部俺がやることになっている
コスメ班から借りられたのはメイクさんと照明機材だけだ
女の子たちも当然、俺が探してこなくてはならない
と言っても、ほとんどがナツの友達に声をかけてもらったコたちだが
「テイクワンいきまーす
せーっの、はいっ、ワン、トゥー、スリー、ほい」
女の子たちはリズムに合わせカメラに寄っていき
カメラの前のガラスにキスをする
「ほい」のところでカットすると
次々に人が変わっていくように見えるはずだ
プロのモデルを使わないのもポイントで
友達同士のおふざけ感を出したい
これを2周くらいやるとガラスはキスマークだらけになった
「最後にみんな集まってフリフリ―」
カメラ前に集合して手に持ったカラフルなスティックをフリフリする
俺と山口の案では、ここで「お好きなリップをタッチして」
というテロップを入れてはと言ったのだが、女性陣にドン引きされてしまった
「キモッ、おじさんの発想」
「リップ買うの誰だと思ってんの?」
グゥの音も出ない
それ以来、演出権はほぼ剥奪されている
「はい、おけ!」
そう言ってストップウォッチを止めた
途端に全員が笑い転げた
「やだー、もう」
「ほいっはないわー」
「笑いこらえるのきつすぎ!」
「昭和のバラエティーかよ」
「ナツ―、あんたのお兄ちゃんなんとかしてー」
ワンカットだけだが今回はナツも参加させた
親父がいなくなり、炎上騒ぎも収まっている
ナツもそろそろ解放されていい頃だ
俺に遠慮はしているが、あの火事以降、目に見えて上機嫌なのは正直助かる
機嫌が悪くなるたびに、倉田に何かおごらせていたようだが、その請求書はこっちへ回って来るのだから
「あははは、私も無理―」
みんな床に転がって苦しそうにゲラゲラ笑い続けた
今日はスタジオを借りて正解
この騒ぎはさすがにマンションでは苦情が来るレベルだ
「えー、そんなにダメか?」
俺としては振付監督のイメージだったのだが、かなりの不本意な評判だ
「カンちゃん、勘弁してよ」
「うるせぇな、真面目にやれって、ほら、どんどんいくよ」
この娘たちはプロじゃないから、とにかく数こなしていい表情を引き出すしかない
ステップやアクションが微妙にアレンジされ、個性が出るのでいい感じになっていくのが楽しくて
それが女の子たちにも伝わって、さらにノリのいい画面が出来上がる
ここまでは狙い通り
スタジオの制限時間いっぱいまで撮影して、かなりのテイクが撮れたが、俺の声はガラガラになった
しかし、女の子たちはまだまだ元気いっぱいというご様子
この体力差は予想外だ
「ごくろうさん、バイト代は振り込みか電子マネーだから後で送金先を送ってくれ」
「はいはーい、よろー」
「ね、カラオケ行こ」
まだ歌えるんだ…
「ぐっさん、行きたかったら行ってもいいぞ」
「いや、もう、お腹いっぱいっす」
俺と山口はスタジオの片付けをして、すごすごと帰った
おじさんたちは完敗だ
ほんの2時間ほどの撮影なのにこの疲労感
30過ぎたら俺、どうなっちまうんだ?
俺は部屋に戻って、今日の動画をチェックした
撮れ高は十分、映り込みも問題なし
編集して音楽を被せれば、クライアントへ見せられるだろう
冷蔵庫からビールを出して仕事終わりの一杯
特に今日は体を使った仕事だったからビールが美味い
タブレットを開いてニュースをチェックし
今日は一日外にいたからメールもチェックする
見慣れないアカウントからメールが来ていたので
どうせ迷惑メールだとゴミ箱へ入れようとして手を止めた
k-sugita@*..jp
杉田か?
よくまぁ、俺にメールなんか送れたもんだ
即捨てようかと思ったが、つい好奇心で開いてみた
開いて後悔した
典型的な投資詐欺のメールだ
素人さんならともかく俺がこんなのに引っかかると思ったのか?
そこまで舐められたかと思うと、ものすごく不愉快になった
もちろん、ゴミ箱へ直行
紙の手紙だったらくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に叩きつけるところだ
…こういう時、ゴミ箱から爆破音が出るアプリとかあったら売れねーかな
ピッとスマホが鳴った
倉田からメッセ―ジだ
「今から行ってもいいか?」