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海に落ちる月-23-クラゲダイブ【小説】

神野のターン

◆あらすじ
動画配信で起業を目指す神野は、高校の同期だった倉田と組み、着々と成功への道を歩んでいた
一方、お互い思いを寄せている義妹のナツは、神野の父親に虐待されたことで、男性恐怖症になっていた
ところが突然、父親は火事で命を落とし、ナツが明るさを取り戻すと同時に仕事も好調となり、神野は都合の良すぎる父の死を忘れようとしていた
そんなある夜、クライアントのパーティーの帰りに背後から迫る影があった


黒いパーカーを着た男が、深くフードを被ったままこちらへ走ってくる
ずっと下をむいたまま、こちらに顔を向けていない
前が見えているのか不安になった

あいつ、おかしくね?

と言おうとしたときに、男は奇声を上げて突進してきた

「△×※●□@▼◎×☆!」

「ちょっ」

危ない! と言う間もなく、俺と倉田がお互い飛び退くと
男は俺たちの間に飛び込んできた
そのまま真っすぐ岸壁の端まで走っていき、消えた

「倉田! 大丈夫か」

「いてっ」

倉田の手が真っ赤に染まっていた

「倉田、倉田っ、血が!」

俺は馬鹿みたいに大声で叫んでいた

「大丈夫、少し切っただけ」

倉田は左の手のひらを上に向けて見せてきた

「うわ、すごい出血だぞ」

俺はポケットからハンカチを取り出して傷口を縛った

「いてて、なんだったんだ?」

足元を見ると小さな刃物が落ちている
倉田は刃先を持って摘まみ上げた

「あいつ、どこに行ったんだろう」

「…ここから、まっすぐ」

「落っこちたんじゃないか!」

岸壁の端へ行くと、波の間で男がバシャバシャと飛沫をあげている
どう見ても泳げる奴の溺れ方ではない

「…あいつ、杉田じゃないかな」

俺は飛び掛かってくる男の顔を一瞬見ていた

「えっ、杉田って…」

言いながら倉田はナイフを海に投げ捨て、上着と靴を脱ぎだした

「神野、ロープと浮くもの何か探して」

「おい、倉田っ、待て」

俺は叫んだが倉田はそのまま海に飛び込んでいった

周りを見回すとロープらしき物は見当たらないが、野次馬が集まり始めていた
その中に大型犬を連れた人がいたので声をかけた

「すみませんっ、人が落ちました、リードを貸してください
 それと、どなたか救急車を」

犬を連れた人はすぐにリードを外して渡してくれた

少し短いかと思ったが倉田はもう岸壁近くまで戻っていた
仰向けになった男の首に手をまわして浮かんでいる
リードはぎりぎり届き、何人か手伝ってくれる人もいて、一人ずつ引っ張り上げることができた

かなり太っていて、Mr.K大の面影は薄れていたが
やはり突っかかってきたのは杉田だった

俺は二人を引き揚げながら、ずっと心の中で悪態をついていた

そんな奴、ほっとけばいいのに
お人好しすぎんだろ!

だが、倉田が上がって来た時、俺は何も言えなかった

「倉田、倉田」

おろおろと名前を呼ぶだけの俺に
倉田は肩で息をしながら笑顔を向けてきた、そして

「神野、これバズるよ」

小さな声で言ったのが聞こえた

顔を上げると野次馬たちの間に、スマホを掲げている奴が少なからずいた

まさか、それを狙って飛び込んだのか?

馬鹿野郎

俺は殴ってやりたかったが、必死で笑顔を作った

人命救助の英雄を称えるように肩を叩いていた

茶番だ、バカげた茶番だ

俺は心の中で悪態をつき続けた

だが、一番イヤだったのは俺が涙をこらえていることだった


杉田が俺らに凸ってきた理由はこの時は分からなかったが、俺たちは警察の事情聴取に口裏を合わせることにした
友達が酔ってふざけて海に落ちてしまったのを助けた
それで通すしかない

俺たちの関係を知っていれば無理があるが、杉田は大人しく俺らのシナリオに乗っかった
命を助けられた上に、傷害罪にはなりたくなかろう
冷静になった杉田は泣きながら謝っていた

動機は…
俺が成功してるのが妬ましかったとか
困ってるのにメールも返さないなんて薄情だとか
そんなしょうもないことで俺をつけまわしていたらしい

「坊やだからさ」

倉田も呆れて名セリフを吐いた

「おまえのことも恨んでたぞ」

「へぇ」

「おまえんとこにクルマ買いに行ったら、タチの悪い投資家を紹介されたって」

「そんなこともあったかな
 でも、それは自己責任でしょ」

倉田は病院で手当てしてもらった、左手の包帯をいじりながら言った
いや、絶対ワザとやってるだろ
大森麻沙美をホストに売った前科があるからな

そして、このちょっとした事件は思惑通りバズった

実際にバズったのはあの現場を撮影してた野次馬の投稿と
リードを貸してくれた大型犬の飼い主のブログだが
釣られてクラゲアカの登録者数も1日で30万ほど伸びた

「この一件にはリアクションするなよ」と倉田にはクギを刺しておいた
うっかりすると、再生数稼ぎのヤラセと取られかねないからだ
まあ、ほっといても勝手にニュースサイトに上げてくれるしな

それでもアンチが湧いてきて、ああだこうだ言ってきている
だが、それよりも颯爽と海に飛び込む倉田の画の方が強かった

「勝ったね」

倉田はチャンネルデータを見ながらニヤっと笑った

「ああ、確かに
 でも、もう勘弁してくれ
 数字の取り方にしちゃ、リスキーすぎんだろ」

「数字のためだけにやったと思う?」

そう言った倉田は笑っていなかった

「杉田って奴、神野ともめたことあるんだろ
 そんな奴を傷害で警察に突き出したら、有るコト無いコト言いふらすかもしれない
 こうやって、恩を売ればアイツも大人しく言うこと聞くし、ただの酔っぱらいってことで、警察のお説教ですむんじゃね」

「そこまで考えたのか
 あの瞬間に」

そういえばあの時、ナイフを海に捨てたのは証拠隠滅なのか?

「いつだって考えてるよ
 神野だってそうだろ?」

笑顔が戻った倉田はいつもと変わらない
ように見えた

確かに倉田の言うことは一理ある
あのときの判断としてはベストだろうけれど
こんなに瞬時に計算できる奴だとは意外だった

だがそれよりも俺は

あの一瞬の恐怖
倉田を失うかもしれないと思った
衝撃の大きさが忘れられないでいた


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