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NICUで母親が泣いたら駄目なのかな?

NICUに子どもを残す母親の複雑な気持ち。
それを自覚し、表現するのを難しくするのが
「比較による感情の抑圧」

はじめに

私が双子を産んだのは2年前。
もちろんコロナ禍ではない。
だから、この記事を書くことも、NICUに関する事を書くことも躊躇うところがあった。
もっと過酷な体験をしている人が沢山いるのに、何故、今、自分の事を語るのか?
誰かを不快にさせたり、怒らせたり、悲しませたり、傷つけることになるまいか。
でも、そう思うこと自体が、私がNICUで日々感じていた感情の抑圧の延長にあると思った。
だから敢えて今、この記事を書こうと思う。

NICUと涙

私はNICUで一度だけが止まらなくなった事があった。
それは、まだまだ2000グラムに満たない第一子(以下、仮にぐりとよびます。元供血児、出生体重974g)を残して第二子(以下、仮にぐらと呼びます。元受血児、出生体重2084g)と自宅に帰る日の朝、ぐりに会いに行った時のこと。

いつもの朝と同じようにコットの中にバスタオルに包まれて眠るぐりを見て、押し寄せてくる感情の波と同時に涙が止まらなくなった。

その時、傍らに居たNICUのナースは驚いて「ママ、大丈夫ですか?!」と尋ねてきた。
大丈夫なはずない。
だから泣いてる。だから涙が出るのだ。
泣いちゃおかしいのか。
こんなきっつい場で涙を流す母親は驚かれるのか。

そういえば、かれこれ1ヶ月(その後も)の間、NICUで泣いている母親を目にしたことは無かった。
考えてみれば、そのこと自体が異様に思えた。

おかあさん達はどこで泣いているんだろう。
泣きたくても泣けないひともいるんだろうか。

ハードな産後のNICU通い

私たち夫婦は母親が産後1週間で退院した直後から、遠方の自宅からNICUに通うのは困難と判断し、病院に隣接するマクドナルドハウス(※ 病院から離れた自宅に住む、入院中の子どもの治療に付添う家族のための滞在施設)で暮らしていた。

2週間後、ぐらがNICUから退院し、マクドナルドハウスにやってきた。
私は夫が仕事に行くまで朝の時間に歩いて5分の病院のNICUに母乳を持っていき、ぐりとの時間を過ごした。
そして、日中はマクドナルドハウスでぐらの授乳や沐浴をし、夕方帰ってくる夫にぐらを任せて、搾乳しておいた母乳を持ってぐりに会いに行った。

カンガルーケアは日中の時間に限られていたため、ぐらが退院してからは、ぐりのカンガルーケアは出来なくなった。
それでも、居たいだけぐりの側に居られることはありがたかった。

そして1週間がすぎ、ぐらが再び入院して肺動脈弁狭窄症のステント手術を受けた。手術の前から退院までの1週間、私も病院に泊まり、朝と晩の夫が帰ってきて病室にいられる間に、NICUにいるぐりに会いに行った。

そしていよいよ、ぐらが退院して自宅に戻る日がやってきた。
マクドナルドハウスの滞在期間は満了となった。

NICUに子どもを残す母の気持ち

退院の朝、夫と一緒にNICUに行き、ぐりのコットに近づいた。夫が先にぐりに触れ、声をかけた。
私はぐりを見た途端、涙が止まらなくなった。

泣きながら、泣き止もうとする私がいた。
(何故か私は、ぐりに私が泣いているところを見せたくなかった)
でも生理現象たる涙は思うようには止まってくれない。
私は夫に「駄目だ、ごめん。ちょっと泣いてくる」と言って、NICUの一角にある授乳の練習をする為の部屋に駆け込んだ。
幸い朝の早い時間で部屋には誰も居なかった。

私は「何故泣いてるの?」と
自分にずっと問いかけ、押し寄せる感情の波に必死で名前をつけようとした。
(これは私が日頃から実践しているセルフケアのひとつ。混沌とした感情体験に名前をつける『name it』ことで、自信とひと時の落ち着きを取り戻す事ができる)

心の中でざっくり掴めるのは罪悪感不安可哀想という気持ち

こんなに小さなぐりを1人病院に残すことの罪悪感。
いやいや、うちに連れて帰るよりもここの方が安全だ。真っ当な判断に罪悪感を感じなくてもよいはず。腑に落ちるものではない。

それから、この先の生活への不安
NICUに入院する双子が1人退院するということは、母親は自宅で退院した赤ちゃんを世話しながら、日中誰かにその子を預けて、産後のふらつきの中で車を運転して入院中の赤ちゃんに母乳を届けにNICUに行き、夕方には預けていた赤ちゃんを引き取って自宅に帰り、お世話するというハードな生活を送るということ。
実際には家にいる赤ちゃんの3時間おきの授乳時に、NICUの赤ちゃんに届ける母乳を搾乳し、冷凍すること、搾乳機や哺乳瓶、おしゃぶり等の消毒、それに夫のご飯や家族の洗濯などの家事もプラスされる。

そんな生活をシュミレーションし、体力が持つだろか、途中で心が折れてしまわないか、自分が感染症をもらってしまわないか…色々と不安が膨らむばかりだった。うん、これはありうる気持ちだ。

そして、どうしてもNICUに1人残る我が子を可哀想と思ってしまう自分がいた。
と、同時に可哀想と感じるのはちょっと違うんじゃないかと思っていた。
頭では週数的にはまだ胎内に居るはずの期間なのだから、本人は記憶もないし、淋しさはわからないはずとわかっている。なんか変だ。

もしかして、本当にこの子の事を可哀想そうと思っているよりは、私は「産まれたばかりの子と離れなきゃいけない自分を可哀想」と思っているんじゃないか。
だとしたらこの子からしたら、とんだ迷惑だ。
健やか居るのに母親から勝手に可哀想とレッテルを貼られたら、それこそ可哀想だ。

淋しいのはこの子でなく私だ。
会いたい時に会えなくなる。
この子と私が、もっと一緒にいたいのだ。

そうか…悔しさ?

本当はぐりを連れてうちに帰りたい。
でもそれは出来ない。危険だし認められていない。
思えば、出産してからはずっと、思い通りにはならない、そんなことばかりで疲れてもいた。
私は未だ経験した事のないほどの、ままならないこの状況が悔しいのだ。

そうか、悔しいのか。

ここまできて、言葉と気持ちが一致し、腹に落ちて、涙が止まり、ぐりと夫のいる所へ戻ることができた。

NICUで泣いたら駄目かな
ー比較による感情の抑圧ー

ひとまず涙を止めて、ぐりに会いにいけたのはよかった。
でも、後からふと思った。

NICUで母親が泣いたら駄目なのかな?

誤解を恐れずに言うならばNICUは生と死が隣り合わせの戦場だ。 
常に小さい生命を繋ぎ、その危機を知らせるアラーム音が規則正しく響いている。

コロナ以前から、NICUには感染症を防ぐための徹底した手指衛生、面会者の健康管理、NICU内のリスクの高い部屋から低い部屋への一方通行等、沢山のルールがある。
それは、出産直後のフラフラの母親だろうが、遠く離れたところから孫の顔を見に来たお年寄りだろうが、子ども達の安全のために必ず遵守すべきものであり、例外は認められない。

NICUでは我が子に会う為に、何度も手を洗い、アラーム音を聞きながら、満床のコットにひとり横たわる赤ちゃん達と無心に医療行為とケアをする看護師の横を通り抜ける。
それだけで、かなりの緊張感がある。

隣の赤ちゃんがどんな問題を抱えているのか、どれくらいNICUにいるのか、自分の子どものこと以外は一切知らないまま、ほぼ人工的な無関心を貫き通す

でも、明らかに深刻な状況にあるだろう赤ちゃんが居ることも、自分の子どもよりも小さく産まれたであろう赤ちゃんが居ることは、1日NICUに居るだけでわかる。

見ないように、侵入しないように、傷つけないよいたに、傷つかないように…

NICUでせめて誰の迷惑にもならないようにと、他人に敏感になるたびに、だんだん自分の気持ちに鈍感になる

そしてある日、感情のダムが決壊する。
あるいは心が動かなくなる。

NICUを経験した母親の産後うつの発症率は通常のお産を経験した母親よりも高い。
さらにコロナ禍において産後うつの母親は倍増の恐れもあるという。

私は授乳室で出会ったおかあさんが子どもが400gで産まれたことを教えてくれたとき、病院の庭で遊んだ女の子のママが子どもが500gで産まれたことを教えてくれたとき、974gで産んだ自分の話をするのは後ろめたい気持ちになった。

数字は単純で、客観的で、わかりやすい。
より低体重で、より少ない週数で生まれた赤ちゃんであれば、自分よりも大変だったに違いないと、
無思考で結論づける。

他人と自分の大変さを比べるなんて、次元の違うものを比較するくらい意味のない事なのに。

比較することで、自然に自分の感情を抑圧する

そして、いつのまにか自分でも気づかないうちに、とてつもない疲労感と緊張感が溜まっていく。

NICUで母親が泣くのは良い事でも、駄目な事でもない。
それは本来なら自然な事だと思う
ましてはホルモンバランスの崩れている時期である。

私は、あの時授乳室で何も考えず、思い切り泣きたかったんだと思う。

本当に泣きたい時に、他人に訝しがられても、自分自身を自分を理解できなくても、思い切り泣けたら、それは一つの強さなのかもしれない。

蓋した気持ちはいつか自分に帰ってくる。
私が、いつまでもあのNICUの日々を忘れられないのがその証拠だろう。

私の中で累積した感情体験は、2年経った今も、落ち着く先を探し続けている。



参考資料

公益財団法人ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパンhttps://www.dmhcj.or.jp/

母親の「産後うつ」コロナ影響で倍増のおそれ研究者調査. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201014/k10012662971000.html

Pampers Neonatal Online Seminar~ちいさな奇跡のために繋がる看護の心~

https://www.youtube.com/watch?v=cQW0tgJmlIQ&feature=emb_title

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