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月・帰路・Lost days -2-

改札の向こうが眩しい。


瞼が重いのは、朝日が眼球を刺すからではない。

ぼやける視界に目を凝らす。黒い集団は僕に当たるスレスレで上手に避けて、光に背を向けて階段へ流れ込む。僕はただ一人、流れに逆らって光を目指す。

光の世界に到達したとき、青い風が頬をなでた。太陽は、真下に潜り込んでジャンプすれば手が届きそうな高さで左手にあった。

僕は立ち止まって、そして思いきり伸びをした。あくびもした。新芽が太陽を浴びて芽吹くような、そんな爽快感を期待したが、瞼は已然として重く、朦朧は今にも僕の意識を奪おうとしている。

こんなにも瞼が重いのは、夜を徹したからである。一刻も早く帰宅し、睡眠をとらねばなるまい。睡眠なくして爽やかな芽吹きの朝はないのである。


喉が傷むのは、疫病に身を侵されたからではない。

点字ブロックの線を凝視し、家への直線をたどる。喉の乾きを感じる。しかし飲料の類は持ち合わせていない。

出る前にもう一杯、飲んどくべきだったな。

声に出してみて、そのしゃがれた音に苦笑する。つい1時間前まで、友人と肩を組み、Queenの『We Are The Champions』を絶叫していたのだ。無理もない。

まさにあの瞬間、僕等はチャンピオンであった。そうだろう?友よ。そのチャンピオンは今、喉の乾きと痛みを耐え忍び、頭を垂れて点字ブロックを凝視し、歩んでいる。


いよいよ我が家が近づき、頼れる道標は途切れてしまった。ぼやける視界に帰路を見出すため、元チャンピオンは頭を上げる。

細い路地の先、元チャンピオンの影の伸びるその先に、逃げるように浮かぶ白い月を見つけた。

今度はあれが道標だ。

元チャンピオンは、今度は頭を垂れることはない。威風堂々の姿勢で前方を見つめ、歩みを始める。


家に着いたらまずシャワーを浴びよう。


遠く、電車の走る音が聞こえる。先程の黒い集団を連れて行くのだろう。今、帰路にいるのは自分だけなのではないか。優越感と虚無感が渦巻き、よくわからなくなった。

電車の音が近づく。



「次は………駅………出…は、右側です………お乗り換えの方は、お降りください。」

目が覚めると、最寄り駅に到着する直前であった。向かいの窓には、マスクをしたモノクロの男が映っている。たいそう疲れた様子である。

夢を見ていた気がする。

夢を見ていた気がするが、内容が思い出せない。思い出そうとするうち、また眠りそうになる。諦めよう。僕は電車を降りて帰宅せねばならぬ。

改札を出ると、冷たい風が頬を刺した。目が覚める。覚めた目に移るのは、街の光に隠れる星空。そして街の光にも隠れぬ、煌々と照る満月。

家路を歩きながら、僕は過ぎし日を思う。

友と酒を飲み、語り、夜を徹して歌った日々である。

また帰ってくるだろうか。


家に着いたらまずシャワーを浴びよう。


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