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酔いどれ男のさま酔い飲み歩記~第4回「サラリーマンの聖地・新橋で軽く?飲む」

「一人酒」、それは孤独な酒飲みのように聞こえるだろうが、実はそうでもない。私は一人酒という言葉を酒場で飲み歩く時に使っている。にぎやかな雰囲気に包まれれば、その店に居る人は全員、飲み仲間だ。

一人酒ができなくなって2年半・・・再開の日を、ただ黙々と待ち続けていても仕方ないので、体験談エッセイを書こう。タイトルは、酔いどれ男のさま酔い飲み歩記。第4回「サラリーマンの聖地・新橋で軽く?飲む」である。


はじめに

新橋で飲み歩くのは2度目である。新橋は言わずと知れたサラリーマンの聖地であり、居酒屋をはじめとしてありとあらゆる業態の酒場がひしめき合う。1度目の新橋は土曜日の夜だった・・・サラリーマンがいない日に店が開いているはずがない。

2度目は北陸旅行の前夜祭としてやって来た。上野から寝台特急北陸号に乗るまでの間、新橋で軽く飲もうと目論んだ。今度はしっかりと金曜日の夜に照準を合わせてきたところが狡(こ)すっからい。それはさておき、新橋の駅前に降り立ったのだ。

はたして、飲み歩きが「軽く」で済むのだろうか?

新橋「へそ」~二度漬け禁止の串揚げ

口明けは軽くサッと飲めるところがいい。となれば立ち飲みしかないし、新橋で立ち飲みなら「へそ」がいいだろう。

当時はまだ新しい立ち飲み屋であった。酒の奥田など大阪の渋い立ち飲みを経験してきた身とすれば、若いねえさん店員のいる「へそ」はナウな感じの店だ。それでも随所に、サッと飲める立ち飲みの「軽々しさ」が見てとれた。

そんなわけで、この店の定番である串揚げが付いた晩酌セットを注文し、飲み物は生ビールを所望した。ついでにどて煮も頼んでみた。当時のメモを見ると「これ、どて煮ちゃう、もつ煮や」と記している。

かなり大阪かぶれしているな。

串揚げも、大阪流に言えば串カツ。「カツって言うなら肉料理のことじゃないか」という屁理屈は大阪では通じない。が、新橋「へそ」ではあくまでも串揚げ。セットは、豚串、うずら卵、ウインナー、チーズベーコン、ジャガイモと肉系多し。やっぱり串カツや。

二度漬け禁止でのソース提供方法は関西流。ソースの味はこってりとし、しぶとさを感じる関東風。数年後、「へそ」が大阪の立ち飲み激戦区・京橋に進出したのを見て、「大丈夫か」と思ったが、ソース同様しぶとく生き残っているらしい。

新橋「あじろ」~店員と客の阿吽の呼吸

「へそ」での口明けを終え、ここからは新橋の神髄ともいえる老舗を訪ね歩く。昭和から続く店「あじろ」である

昭和から続くだけあって渋い。カウンターは年季が入っており、営業開始間もない「へそ」と比べ、中年男にはこういう店の方が落ち着く。カウンター内では男性店員がてきぱきと動いており、こちらが落ち着く前に「何にします?」と声をかけてくる。

ここでたじろいではいけない。私は間髪入れずに焼酎のお湯割りを注文した。さらに店員は「煮込みはどうですか?」と聞いてきたので、これも即座に「それください」。そう答えたのとほぼ同時くらいにお湯割りが供された。

この阿吽の呼吸が立ち飲みの醍醐味だ。

即断即決こそ、粋な飲み方にふさわしいと勝手に思っている。可能であれば、店に入る前から何を飲むか決めておくのがいい。一瞬でも迷うのであれば、生でも小瓶でも「とりあえずビール」にしておこう。

焼酎をグビッと飲んで一息ついた。この店は焼きとりが看板とのことなので、タン、皮、長ネギの3本を頼んだ。焼きものを待つ間の煮込みはありがたい。

私の隣に若い男女が立った。こういう渋い立ち飲みには慣れていない感じで、注文するたびにまごまごしていた。それを横目で見て「この店に来るにはまだ早い」とほくそ笑んだのであるが、今思えばずいぶん上から目線だな。

新橋「志ら滝」~前払いを知らぬ若輩者

小腹がすいたので、立ち飲み寿司屋の「和田寿司」で握り3カンと日本酒をいただき、腹持ちがよくなったところで、もう一軒老舗を訪ねてみた。立ち飲みの老舗「志ら滝」である

ここも「あじろ」に負けず劣らぬ渋い酒場だ。まさに大衆酒場の名にふさわしい店構えである。カウンター内にはおばちゃんが2人おり、店内で飲んでいる客は私より年配の人ばかり。さて、何を注文しようかな。

宮泉という酒のぬる燗と板わさにしよう。そう告げた私に対し、おばちゃんは「500円です。ここは先にいただくので」と催促する。お分かりだと思うが、この店はキャッシュ・オン・デリバリー、早い話が「前払い」だったのだ。

初体験のキャッシュ・オン・デリバリーに私はたじろいだ。さっき「あじろ」で、若い男女を「まだ早い」とほくそ笑んでいた自分こそ、真の若輩者だったのである。

目の前に小さな金属製のザルがあり、慌てて財布から引っ張り出した千円札をザルに入れる。するとおばちゃんは、千円札を回収し、500円玉をザルに放り込んだ。酒と板わさが500円というのは安い。

冷や汗をかいた私の授業料込みであるから、なおさら安い。

ようやく落ち着いて酒と肴を味わっていると、「志ら滝」の雰囲気にだんだんと慣れてくる。作り置きできるような料理を用意し、お客の注文にすぐ答えられるのが立ち飲みの魅力と言ってもいい。それは値段の安さにも通じる。

なによりも、カウンターを隔てただけのお店と客との距離感、さらには立ち飲みならではの肩寄せ合うような客同士の立ち位置。これが、見知らぬ同士であっても自然と会話を生み出してくれるのである。

「志ら滝」も寄る年波には勝てず、いつしか閉店してしまった。立ち飲みもだんだんと様変わりしてきている。新しくきれいな店で飲むのもいいが、古くさい渋い店で飲むのはもっといい。これは、自分が渋い中年になってきた証拠だろうか。いや違うな。

新橋での飲み歩きは、締めにカウンターバーで一杯。そろそろ新橋を脱出しなければ、寝台特急に乗り遅れてしまう。「軽く」飲むつもりだったが、結局はグデングデンに酔っぱらってしまった。

翌朝の旅の始まりは二日酔い確定的である。

〇〇〇
今回はここまでとします。読んでいただきありがとうございました。なお、このエッセイは2006年11月の備忘録なので、店の情報など現在とは異なる場合があります。

★店舗情報などを載せています→ブログ「ひとり旅で一人酒」

★宣伝です!私の著書が発刊されました。よかったら読んでみてください。


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マイケルオズ@日々挑戦する還暦兄さん(フリーランスライター)
noteでは連載コラム、エッセイをほぼ毎日書いています。フリーランスのライターとして活動中ですが、お仕事が・・・ご支援よろしくお願いいたします!