酔いどれ男のさま酔い飲み歩記~第13回「都会のディープゾーン、新橋の駅ビルに突入」
「一人酒」、それは孤独な酒飲みのように聞こえるだろうが、実はそうでもない。私は一人酒という言葉を酒場で飲み歩く時に使っている。にぎやかな雰囲気に包まれれば、その店に居る人は全員、飲み仲間だ。
一人酒ができなくなって幾歳月・・・再開の日を、ただ黙々と待ち続けていても仕方ないので、体験談エッセイを書こう。タイトルは、酔いどれ男のさま酔い飲み歩記。第13回「都会のディープゾーン、新橋の駅ビルに突入」である。
はじめに
新橋には、サラリーマンの聖地という表の顔だけでなく、戦後の闇市からスタートしたディープゾーンを持つ別の顔がある。その象徴的な場所が、新橋駅前ビル1号館、2号館とニュー新橋ビル。ビル内に小さな店が居並んでおり、いかにもディープさが漂う。
数年前の私であれば、君子危うきに近寄らずであっただろうが、もはや君子ではない。そればかりか、西成のあいりん地区で2度も飲み歩いたツワモノである。新橋のビルなど恐れるに足りぬと意気込み、酒飲みの好奇心を満たしたいと思った。
ビル内にはどんな魔力、いや魅力が待ち受けているだろうか?
新橋駅前ビル「こひなた」~縄のれんの向こうに立ち飲み客
新橋駅前ビルの飲食店街に突入した。駅前ビルは1号館、2号館とエリアが分かれている。どちらも小さな店がびっしりと軒を連ねており、業態も立ち飲みからスナックまで幅広い。通路も広いところばかりではなく、辛うじて人がすれ違えるだけの狭いところもある。
そんなわけで口明けは、立ち飲み「こひなた」にしよう。縄のれんがかかった店だが、のれんの下に立っている人の姿が見える。空いているスペースを狙ってもぐりこむ。カウンターだけの狭い店で、私が訪れた時は女将さんが一人で切り盛りしていた。
早速生ビールと冷ややっこ、それに珍しいシロナガスクジラの刺身を注文。捕鯨禁止の国際的なあおりを受け、クジラ刺しもめったに食べられなくなってしまった。にしても、クジラが置いてあるばかりか、300円という値段が嬉しい。
「お金をそこに入れてね」。
灰皿を指さした女将さん。うっかりしていたが、キャッシュオンデリバリー(前金)だったのだ。灰皿と勘違いしたのは料金皿で、お釣りは皿に戻してくれる。このシステムも、一度経験していれば戸惑うことはない。
後で気が付いたが、この店は大皿料理など値段の付いていない肴は200円均一だった。大阪では珍しくないが、東京では激安の部類に入る。口明けにはこのうえない安上がり。おっちゃんやサラリーマンでにぎわうはずだ。
ニュー新橋ビル「とり茂」~通路角にある丸見えの酒場
続いては、駅を隔てて西側にあるニュー新橋ビルに突入する。新橋駅前ビルと比べると、やや明るい感じはする。それでも、様々な業態の店が居並び、一般人?からすればディープなゾーンには違いない。そのなかでも、ひときわ目立つ店に吸い込まれた。
通路の角にある酒場「とり茂」である。
カウンターだけの店だが、立ち飲みではなく、いすに座って飲める。が、ここで飲むのはなかなか勇気がいる。というのも、通路から丸見えという明け透けっぷりで、頻繁に歩いている通行人が、飲み食いする姿をガン見しまくっている。若い女性の一人飲みはムリっぽいな。
中年男にはそんな恥じらいもないので、麦焼酎の水割りを注文。一人で切り盛りしているオヤジさんに皮、砂肝、ししとうを焼いてもらう。付き出しはマカロニサラダだったが、なぜか柿の種を追加してくれた。
この店も、いつの間にか閉店してしまったようである。良さげな店だったので残念だ。
新橋「立呑屋」~そのまんまの立ち飲み屋
ここで、ビルから離れて駅前界隈を歩く。飲み屋街らしい雰囲気にちょっと安心したりもする。この日は土曜日だったので休んでいる店も多かった。しかも、サラリーマンが憩うような酒場に限って店が開いていない。
ふらりと入ったのが、名前そのまんまの「立呑屋」。すなわち、立ち飲みの酒場なのである。
3軒目なのでそろそろ日本酒が飲みたいところ。肴にはやっぱり刺し身がいい。店員に声をかけると、残念ながら刺し身は売り切れとのこと。日本酒を頼んでしまったので、仕方なくコマイを焼いてもらおう。
お通しは「生野菜」と書いてある。が、ちっとも出て来ない。忘れているなんてけしからん、というわけではない。カウンターにキャベツがてんこ盛りで置かれており、客は勝手に皿へ盛って食べる、というシステムなのだ。
生のキャベツをムシャムシャかじるのは、大阪の串カツ店で慣れっこである。コマイが焼きあがるまではキャベツでしのぎ、コマイと日本酒を合わせ、グイッと飲み終えたところでサッと店を後にする。立ち飲みは、せっかちに飲むくらいがちょうどいい。
新橋駅前ビル「たこ助」~蘊蓄オヤジと酔っ払い中年とママ
だいぶ酔いが回り、テンションが上がってきた。ならば、もう一度新橋駅前ビルに突入するしかない。酔ってくればディープゾーンもなんのその。そんな私の目の前に、小さなカウンターだけの店が飛び込んできた。ママさん一人で切り盛りする「たこ助」である。
カウンターだけと言ったが、正確には「通路にはみだしたミニテーブルスペース付き」の店。ニュー新橋ビルのとり茂も明け透けだったが、ここはさらに開放的である。ゆえに、酔客のようすを遠巻きにしながら、通路を歩く人も多い。こっちはお構いなしなのだが。
ママさんに日本酒の「ねのひ」を注文。腹具合はいいので、日本酒に合うタコぶつ、塩辛でしのぐ。先客は二人で、それぞれ一人酒中。かたや、語り口に蘊蓄(うんちく)のある年配男性、こなた、私と同世代のベロベロに酔っ払った中年男。
二人とも常連か、たまたま店で行き会っただけかは分からない。
年配男性はしきりに中年男に蘊蓄を傾ける。中年男は聞いているのか、いないのか、適当に相槌を打っている。そこにママさんが時々、突っ込みを入れる。そんな会話を面白げに聞いている私。小さな酒場らしい光景である。
年配男性の話は面白いことは面白いが、深入りしてしまうと、かえってうっとうしくなるので、適度に距離を置く。でも、こういう雰囲気は悪くない。時間も遅くなったので、後ろ髪を引かれるようだったが、酔っ払い中年男と握手をして店を出た。
新橋、楽しかったぞ。また来るよ!
〇〇〇
今回はここまでとします。読んでいただきありがとうございました。なお、このエッセイは2008年5月の備忘録なので、店の情報など現在とは異なる場合があります。
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