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エア抜きと自動ポンプという用心棒

北海道に移住すると決めたあなたはもう知っているかわからないが、北海道の冬は東京のようにエアコンでしのげるほどやわな寒さではない。

そうなると石油ストーブという文明の力が思い浮かぶのだが、それに伴って灯油という燃料を常にホームタンクと呼ばれる屋外タンクに貯めておく必要がある。

でなければいきなり暖房やお湯が使えなくなり、凍える夜を味わう羽目になるのだ。

そんな惨めな夜を迎えないためには灯油の定期便を契約しておく必要がある。

必要があるのだ。

ボッボッボ、シューーーーーーッ。

ボッボッボ、シューーーーーーッ。

うわやっちまった!という心の声が除夜の鐘のように鳴り響く頃にはもう遅かった。

うちの家のリビングには大きめな石油ストーブが鎮座しており、初めての北海道の冬の心の友のようであった。

朝起きてスイッチを押すと準備体操でもしてるのかと2〜3分の沈黙の後、ボッと火がつき部屋を温めてくれる。

起きたての冷めた体にこれでもかと衝撃の寒さを与えてくるシンとした部屋で待つあの準備体操の2〜3分が、永遠のように長く感じる。

引っ越してガスと灯油の初期点検に業者がやってきて、色々と確認した後「うちの方では灯油の定期配送やってないので、別のところを探してください」と彼は言った。

正確には旦那はその頃仕事にでていたので、『言っていた』と嫁は言う。

東京出身の旦那はというと灯油の定期便?とカルチャーショック気味な気分になるが、北海道の戸建てでは必須事項とのことだ。

そして何より面倒くさがりの当夫婦は、年が明けても定期便の契約を済ませていなかったのである。

「恐れてきた、恐れていた事が起きたど、、、灯油が無くなった、、、」

甘噛み混じりで嫁にボイスメッセージを送る旦那。

リビングを温めてくれる心の友に、燃料を運ぶデカめのホームタンクは家の裏にある。
まずはそいつを目視せねば。

〈ホームタンクは、一般家庭(特に一軒家)において主に灯油貯蔵用に使用される容器のうち、固定式のものを指す名称である。
 一般には屋外に設置される200~1000リットルクラスのものを指すことが多いが、屋内設置型のものも存在する。〉Google参照

とのこと。

バイトに出ていた嫁が「やばいっ」と返信をくれて、定期便の安い会社や管理会社に電話を!と遠隔で動いてくれている間、旦那は玄関の横にもう一個小ぶりなホームタンクがあったことに気づく。

小ぶりなホームタンクには満タンに燃料が入れられていて、それは融雪槽と言う雪国の方にしかわからない機械の燃料とのことだ、融雪槽とはなんぞやと思ったらググってくれれば大体わかると思う。要は雪を溶かすデカくてバカ燃料と電気代を使う装置。

そして新年から神様も当夫婦を見捨ててはいなかったようで、引越しの時期にママに借りていた自動で灯油を移動できるポンプが床下収納にしまってあったのである!

おそらく20Lくらいのポリタンクが2個

考えうる手立ては一つ

地道に小ぶりホームタンクからデカめホームタンクに灯油を移動する他ない。

泣きっ面に蜂ってよく考えるとめっちゃ怖いけど、灯油切れに吹雪ってのもなかなかに嫌なものがあると思う。

その日はなかなかに吹雪の夜で、横から雪が降っていると説明するとわかりやすいような状況だった。


難関1 嫌な25m

灯油のきれるXデーの日まで家の裏の雪かきをしてこなかったため、まずはデカめホームタンクまでの25mほどの雪かきが必要となるわけなんだけど、そこは暗くて狭くて寒く若干の閉所恐怖症を持つ旦那にとっては、時給が出ればまぁやってあげてもいいよってくらい嫌な感じな場所だった。

少しずつスコップで雪をかき進め、ホームタンクに到達するまでに何度ズボボッと膝くらいまで埋まったことか、

北アルプスの縦走を呼び起こすようなルート攻略後、やっとのことで燃料キャップを確認する。

「ここに入れればいいのか?小ぶりホームタンクの中身は本当に灯油か?ガソリンだったら爆発か?素人がテキトーに入れていいものなのか?水が混入すると暖房器具によくないって聞いたけど?」と頭を不安という新幹線がヒュンヒュンと通過していく。


難関2 灯油の匂いはガソリンと違うけれど、、、そんなん分からん

ひとまず家に戻りググる。

しかし、調べ物がめっぽう苦手な旦那はそそくさとケータイをおき、

「やってみるしかないな!」

「ダメでもどうにかなる!」

「寒がりな嫁が帰ってくる前に家を温めなくては!」

最後のは本当に思ったかどうかはさておき、小ぶりホームタンクへと足を進めた。
タンクに入っている燃料が灯油ということを信じて、自動ポンプでポリタンクへと入れ替える。

人間というやつは尽きぬ煩悩を持つ生き物で、自動ポンプが燃料を移動してくれている間、横からぶつかってくる雪を嫌がりながら「意外と長いなぁ」などとぼやく。

これが自動でなければもっと地獄が待っていたに違いないし、おそらく右手の握力が急成長を遂げたであろうのにもかかわらず、自動という不幸中の幸いを有難がれない旦那なのであった。


難関3 エア抜き、、、エアマックス狩り?

小ぶりホームタンクから自動ポンプで20Lポリタンクを満タンにして、家の裏にあるデカめホームタンクまで3往復の末約60Lを移すことに成功。

家に戻り石油ストーブのスイッチを入れる。

準備運動ののち着くかと思った灯火は、旦那の前には現れなかった。

エア抜きってのが必要らしいと嫁から一報が入り、なんやそれ?状態の旦那は苦手なググり時間に入る。

2〜3件ほどの記事を読むものの、よく分からない。

「要は圧力がかかってない状態のストローにちょっと空気が入ってると、ジュースは出て来ませんよねぇ〜?」

どういう意味やねん!なんやそれ!とスマホを下投げする旦那。

エア抜きを説明するのは面倒なので相当話をはしょると、

一度ホームタンクの燃料が切れてしまうとホームタンクから暖房器具に燃料を送る管に空気が入ってしまい、燃料切れになったホームタンクに燃料を再度補充しても管に入ってしまった空気が邪魔をして暖房器具にホームタンクからの燃料が供給されないということらしい。

我ながらしっかりとした説明は置いといて、その邪魔な空気を抜く必要があった旦那。

そう!それがエア抜き。

ちょいとした思考錯誤の末、心の友に元気が注入され部屋はまた暖という優しさにつつまれたのであった。

こうしてまた夫婦は逞しくなっていく。


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