国鉄職員でカメラが好きだった親父の思い出
私が中学に上がるまで住んでいた稚内の実家には暗室があった。文字通り写真を現像するための小部屋で、両親の寝室にあるクローゼットの入り口のような引き戸を開けると、三角屋根のせいで奥の壁が傾斜した空間が現れる。それは家を建てた親父が趣味のために確保したスペースだった。
ときおり幼い私も一緒に暗室に入り、現像の一部始終を見ることがあった。赤い光に照らされた現像液の中で、印画紙に画像がボンヤリと浮かび上がり、焼き立てパンをつかむトングのような道具で写真を引き揚げる。鼻を突く酢酸の臭いが記憶に残っているが不快ではなく、むしろどこか神秘的な行為と感じていた写真現像のプロセスに必要な、おごそかな香りにも思えた。
親父は国鉄の職員だった。若いころはSLの機関助士として石炭にまみれていたという。SLが退役してからはディーゼル車(気動車)の運転士になり、主に宗谷本線や天北線などで乗務する。そんな親父が、趣味のカメラで鉄道の写真を撮ることは自然な流れだったはずだ。
今なら考えられないことだけど、当時の国鉄は親父曰く「かなりいい加減だった」そうで、話半分どころか八分の一くらいに聞いても一発レッドカード、という話をいろいろ聞いてきた。そのため親父が運転席からの風景を撮ったり、同僚たちからも「まあ、お前カメラが好きだからな」で黙認されていたなんていう心温まるエピソードを聞いた時も特に驚かなかったし、なんだったらそれらの写真が貴重な資料になるかもしれないと思っていた。
昔のカメラで撮った写真を今の世によみがえらせる方法の一つに「フィルムのデジタル化」がある。かつてはフィルムスキャナーという機械を使い、フィルムを一コマずつ時間をかけてスキャンしていた。とにかくスキャンそのものに時間がかかるのが難点だったが、ここ10年くらいで「デジタルカメラでフィルムを撮影する」という時短の手法が現れて一般化した。
これで膨大なフィルムをデジタル化しやすくなるのではないかと思い立ったのが2~3年前。親父に当時の話を聞けるうちに着手せねばと、いよいよ今年からフィルムのデジタル化を進めていくことにした。使用機材はNikonのZ6II、レンズはNIKKOR MC 50mm / f2.8。フィルムデジタイズアダプター ES-2に、Adobe Lightroomで使える現像ソフトとしてNegative Lab Proも購入。いざ、参らん。