見出し画像

「にほんのうた 音曲と楽器と芸能にまつわる邦楽通史」みの(2024)

 「すべてのジャンルはマニアが潰す。」ある経営者が述べたそんな言葉が頭をよぎる出来事である。
 先月、みの(ミュージシャン、音楽評論家、YouTuber)が3年間執筆に取り組んだ邦楽通史が出版された。YouTubeでみのとタナソーの対談が1年前に行われ、その時にみのは邦楽通史の執筆に取り掛かっていると話す。(他の動画でも通史を書いてる話はしていたのかもしれないけど、私はこの動画で知った。)

 動画内では、邦楽の歴史を網羅した書籍はないし(あるけど扱う年数が短い)、1人で歴史をつむぐ事はとても難しい事という話を前置きに、批判的に継承されてもいい、議論の発端になればいいから書きたいとみのは語っていた。しかし、出版前から邦楽通史そのものへか、みのが書くという事に対してかわからないがネガティブな意見は出ていたらしい。

 有限実行無事出版されると、本人の予想通りというか案の定というか、ここの部分の史観が違う、情報の羅列、本じゃなくてYouTubeで良かったのではなど意見が散見。Xではプロのライターによる批判意見もあり、それには3000以上のいいねが付いている。具体的な間違いへの言及などもあり、結果的にみのが言っていた議論の発端になったわけだ。

 だが、みのはYouTubeで「邦楽通史」はなぜ炎上したのか、という動画を投稿。Xにも「ポジティブな展開には至らず、陰湿でネチネチとした波状攻撃を繰り返してくるが、ハッキリ言ってかなり失望した。」というコメントをするまでに至ってしまった。(因みに、「the sign podcast」の最新回ではCHAI解散ライブ時にみのとタナソーが会っていて、邦楽通史への音楽クラスタのリアクションの話が聞ける。)

 思うにこれはX(旧Twitter)のフォーマットが起こした問題のような気がする。おそらくみのが今回一番嫌だったのは、プロのライターによるエアリプ書評だ。Xをやった事がある人ならわかると思うが、エアリプというのは言ったら本人に聞こえる大きな陰口みたいなもんで、まあ感じが悪いのだ。みのが望んだ叩き台になるというのはしかるべき場所での書評(メディアとかレビューする事が確立されてる場所)だったんじゃないだろうか。Twitterなんていうのはあそこ、発明されてから建設的な議論が過去一度たりとも行われた事のない、素晴らしく治安の良い場所だ。ただ、音楽好きとしてはライブ情報の手に入れやすさや同じミュージシャン好きと絡める事は他のSNSより良くて、ライターの人達がみんなアカウント持っている理由だと思う。そして気軽につぶやいてしまうという。

 実際に文章に間違いはあるみたいだからだから、批判する事自体を批判するのはナンセンスだとは思う。それに議論の無い文化は前進も無い。家で、教室で、居酒屋でプロ野球の采配がどうとか育成がどうとか一般人ですら活発に議論するプロ野球という土壌があったから大谷翔平みたいなスターも生まれている。議論があるから新しく生まれるものがある。

 しかし正誤以上にマナーの問題だったのではないか。自分達が立っている文化を愛しているなら、本人にDMで間違いを指摘するとか、しっかりした書評として意見するのが文化に対して誠実なのではと思う。吊し上げのような形での批判は、外から見れば業界の民度の低さに映る。プロレスをしたかったのだとしたら、みのは本気で嫌そうだ。みんなが見える所でやるとマウントを取りたいだけのように見えてしまう。

 そして、どの文章がどの参考文献を引用しているかわからないという指摘が多くあるみたいだが、一般書にそれを求めるのはきついのではないだろうか。研究論文であれば然るべき。しかし、一般層にコアな形で届ける事が社会に爪痕残せると本人も考えたと思うから、参考文献の指摘やYouTubeでやれっていうのは社会に与えるインパクトっていう視点でズレてる気がする。楽器屋でしか買えない専門書なわけでもないし。

 この文章の1行目に戻るのだが、特定分野に明るいと老害排他的になり、そういう層がにわかをぶっ潰して結果マーケット縮小という意味がある言葉だ。自身の専門分野に対してキャリアと自信があるなら、同業他社への許容も自分の中である程度育てていかないとその分野をオワコンにさせる一翼を担う事になる。実際、これでみのが音楽批評の世界の人間達マジ嫌い、もうお金十分あるし批評やめて烏龍倶楽部の経営だけ楽しくやるわという未来は全然あり得る。本の中でDragon Ashのアルバムが100選に選ばれ、kjが「公開処刑」によりHIPHOPから離れた事にも言及しているが、同じような未来が見えなくもない。

 個人的にこの本を読んでどうだったかというと、アメリカの国際社会の地位向上やGHQによる放送規制や検閲が、私達のなんとなく洋楽優位の刷り込みに繋がっているかもしれないなど見えてきて面白かったです。日本はあれも禁止、これも禁止やたら自分達の伝統オリジナル文化を締め付けていた過去があるという事も日本人として知っていて良かった感。そんなに情報の羅列感は個人的には感じなくて、上手くナラティブに仕上がっていると感じました。
 ただ、正直発売したらすぐ買おうと思ってたんだけれど、帯の「縄文楽器から初音ミクまで」と書いてあるのを見てしばらくスルーしてしまっていた。縄文楽器も初音ミクもどっちも興味がねえ、俺。基本的にガレージロックとビバップしか興味がない。しかしそんな私でも教養を得た感が得られる充実した1冊です。みの次作も楽しみにしてるよ〜(^O^) /

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?