ドルフィンキック 第２話

波の中で岬は目を開けた。

体が波にさらわれた後はしばらくぐるぐる掻き回されるように回転し、一瞬気を失いかけた。

でも声がかすかに聞こえてくる。

金色のイルカがすぐそばに来ていた。

『そなたは海と縁が深い者か？』

『私に答えよ！』

「あなたは誰？」

「ずっと私に話しかけていたのはあなた？」

『知らぬ。勝手にそなたが海神様のお声を聴いたのだろう』

「わだつみ…様？」

『つかまれ。浮かぶぞ』

その瞬間岬の体がグッと押し上げられた。

「うわぁ」

あの金色のイルカが岬を背負っている。

すごいスピードで上昇した。

「ブハァ！」

岬と金色のイルカは海の上に出てきた。

「し、死ぬかと思った！」

「…大地先輩は？！」

岬は大地と離ればなれになっていた。

『あの男はほっといていい』

「だめ！お願いイルカさん助けて！」

『嫌なこった。あやつは私を見て病気を持ってると抜かしおった』

金色のイルカは確実に大地が陸上で発した言葉を根に持っていた（器、小さっ！）。

「それは一般論を言っただけ！お願い！今すぐ助けて！あなたの力が必要なの。それにあなたを助けてあげたのは誰？」

『む…そ、それはそなただが…』

「じゃあ私からのお願いだよ！今すぐ大地先輩を助けて！」

『…く、そなた、では“息持ち”の呪文を唱えよ』

「さっきから念じろとか呪文とか何？そんなの私知らない！」

『そなた力はあるようだが…無知(バカ)だな』

岬はカチンときてイルカの背からざばっと海面に降りた。

「もーいいです！自力で泳いで探すから！」

『無茶を言うな』

その時波が大きく渦巻いて大きくそそり立った。

『イルカ…』

『…海神様』

渦の中から古い時代の白装束を纏った長い黒髪の女性が現れた。

波から生まれたかのように神々しく優雅に海の上を足を動かさず歩いて来た。

岬が浮いているすぐそばまで来て止まった。

岬はあまりの光景に息を飲んだ。

「あっ…」

岬はこの声に聞き覚えがあった。
確かに小さい頃から聞こえていた声の主はこの黒髪の女性だ！

なんと美しく輝いているのだろう！

「神様なんだ…やっぱりいたんだ！」

岬は自分の感じていたことが当たっていたことに少し興奮した。

しかし次の瞬間には優しそうな表情は一変し、海神は冷たい視線を黄金のイルカに向けた。

『遅かったな』

『すみません…10年前と地形が変わっていたためヘマをして浜に打ち上げられてしまいました』

黄金のイルカはしょぼんとしたような表情で伝えた。

『そなた神の乗り物だろ！しっかりせい！』

『はっ！申し訳ございません』

その声や態度はとても神とは思えないほどに人間臭く、明らかに怒りの表情を見せていた。

海神様と呼ばれた黒髪の女性は岬の方に視線を落とし、睨みつけるように言った。

『その女はなんだ』

『私を海に帰したものです。海に縁がある者達の末裔のようで波を呼び我らの声を聞きます』

『ほう…我らを忘れた無礼者達の末裔とな』

今度は岬の所までグワっと寄ってきた。

「ひゃ…！」

岬の目の前に海神の顔が下がりひきつった口と目で岬を睨みつけた。

『貴様！神の乗り物である金のイルカに乗りおったな！生意気だ、沈めてやる！』

突然波が岬の周りを囲い始め触手を伸ばすように岬の顔を引っ張り沈めてきた。

「ゴフォ…！」

「引きずられる！助けて！」

岬が海中に引きずりこまれ最後の息も苦しくて吐き出してしまったその時…！

岬は力強く抱き抱えられ浮上した。

「岬、大丈夫か？探したぞ！泳げるか？！」

「大地先輩！」

「お前も俺も水泳部で良かったな。波が穏やかなうちに浜へ戻るぞ！」

大地には海神は全く見えていないようであった。

『あっ、あの男生きていたか…チッ！』

黄金のイルカは大地の姿を確認すると悔しそうに悪態をついた。

海神は自分の前から岬を平然とさらっていった大地に唖然とした。

そしてニヤリと笑い、ペロリと舌なめずりをした。

『イルカ！』

『はっ』

『今日は何の日かわかっているだろうな？』

『もちろん。海の恵みを最も享受している者どもの中から10年に一度海にその命を返し、さらに海を豊かにする大切な祭事、人身御供（ひとみごくう）の日であります』

『左様！我に喰らわれる者、今年はあの男にする』

『あの者ですか！とんだたわけ者ですが、よろしいですか？（多分まずいですよ）』

『かまわぬ。あの泳ぎ気に入った。ついでに若くて色男だ。我の好みじゃ。』

『…承知しました』

海神は金色のイルカの上にスッと立ちイルカは波を切って岬たちを追いかけてきた。

浜へ急いでいた岬と大地だがすぐに追いつかれてしまった。

「うわぁ！またあのイルカだ！」

大地の斜め横に黄金のイルカが迫ってきた。

『その男は返さない！我のものだ』
『命はもらった』

泳いでいる岬にはっきりとその言葉が聞こえた。

「お父さんの時と同じだ！」

岬は斜め後ろを振り返り、

「もう絶対に大切な人を渡さない！私が連れて帰ります！」

と叫んだ。

「岬、どうしたんだ？」

「先輩逃げましょう！とにかく！」

「ぉおう！」

2人は猛烈な泳ぎで浜を目指した。

もうあとわずかな距離まで来ていたが先ほど岬を襲った波の触手が2人の足に絡みついてきた。

「うわぁ！」「きゃぁぁ！」

大地が波の触手に絡みつかれ、宙へ飛ばされた。

「おわぁ」

「大地先輩！！！」

海神が波で大地を縛り付け近寄って笑みを浮かべている。

『この海域の何万、何百、何億もの命の恩恵を受けてお前らがいる。今日は我に新しい命を宿すためそなたが食われ新たな命の源となるが良い』