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価値観の壁:『フローラの白い結婚』

原作: 並木 陽/作画: 辻 八雲『フローラの白い結婚』

最近お気に入りの漫画のひとつ。
現代とは異なる価値観をリアルに味わえる作品でもある。
女性が18歳という若さで結婚できないことにあそこまで焦りを感じるもの
なのかとか、女の子をもつ親は娘の幸せを婚家任せにしちゃうものなのか
とか、他方、若い男子が信仰と学問にのみ没頭し生涯童貞を通すことを
切望したりするものなんだ、とか、異性への愛 (性的なものを含む) と信仰
がなぜ相矛盾するものなのか、とか。
時代だけじゃなく宗教も関わることではあるけれど。


◆◇◆◇◆◇


本日の更新分でとうとうフローラの忍耐が切れてしまい、なりゆきを見守る
しかないわれら読者は、ただただ心を痛めるばかり。

物語に明確な悪人は登場しないのだが、やむにやまれぬ行き違いによって、
フローラが意識すまいとしてきた心の傷が表面化してしまう事態に。

ラザロは自分では精一杯彼女に対して誠実だったつもりなのだろうけれど、
初っ端に与えてしまったダメージの痛みが、我慢の限度を超えて押し寄せて
しまったわけだ。

本人には何ひとつ非がないにもかかわらず、以前の婚約者が次々と不幸に
見舞われたことによって悪魔憑きの噂をたてられ、無事に結婚はできたと
思ったら、夫からは床入りをスルーされ続ける日々。
この時代の女性にとって、その不安や屈辱、悲しみはいかばかりだったか。

兄の死によって家を継ぐために不本意ながら修道院から連れ戻された彼を、
自分なりに理解し寄り添おうとしたフローラに対し、ラザロはあまりにも
狡いとしかいいようがない。
兄との約束 (それも国家機密に関わる) があったとはいえ、肝心のことを
避けたまま、ただフローラの理解と許しに甘えていただけだもの。
どんなに物腰がやわらかく、親切な振る舞いで接していたとしても。

死線を潜り抜けて生還した兄レオナルドがまた余計な種を撒いてしまうし。
自分のために人生を捻じ曲げさせてしまった弟を慮るあまり、フローラの
人格は丸無視である。
もはやこの兄の愛情や思いやりは、ただの独りよがりの迷惑な暴力行為以外
の何ものでもない。
一見思慮深いようでいて、相手の気持ちをまるで考えない性格は、兄弟で
よく似ているのかも。

普段は明るく快活なフローラの、暗い目、虚ろな表情を見るのはつらい。
ラザロに対して理路整然と思いの丈をぶつけることができたのはよかった
けれど。
レオナルドがこれ以上余計な介入をしないことを願いたい (願ったところで
するんだろうなと思ってるけど)。

ちなみに、弟のルカくんなら一番の味方になってくれそうな気がする。
兄弟の母アンナは、フローラとラザロの間に何もないことを察しながらも
フォローしてくれているようだけれど、それもラザロに修道院への未練を
断ち切らせるために (背景を知った彼が憐れんで拒まないであろうフローラ
をわざわざ選んで) 娶せた負い目があるからだろうし。 
父親のウゴリーノは、よくいえば因習に疑問をもたない人、はっきりいって
少々無神経で単純な人で、長男が生きているなら長男が跡取りだとあっさり
挿げ替えるわ、ラザロが断腸の思いで夢を捨てたことにも無頓着だわ、次期
当主の妻ではなくなるフローラ (と、結婚の条件が当初と違ってしまうこと
に対する彼女の生家) への気遣いも見せないわで、いくら時代が時代だから
って、思いやりや想像力がない人、価値観のアップデートができない人って
最悪だわ~、と思うのである。

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