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幼い頃の記憶

こんにちは!
みーやんです☻


イーグルズゲート期間
皆様、いかがお過ごしでしょうか?

私は眠くて眠くて仕方ないのですが
思い返せば
ライオンズゲートからずっと眠いです。笑
寝たい時は
我慢せずに寝るのが一番ですね♪


本日はふと
幼い頃の記憶が蘇ったので
そこでの気付きをシェアします。


私は小さい時から
周りの人の顔色を伺うのが得意でした。
おそらく、自我が芽生える前から
やっていたのではないかと思うほどに。

私にとっては当たり前で
もはや顔を見ていなくても
その人のエネルギーで
今の相手の心境がわかってしまう
いわゆる、エンパスでした。

その当時は気付いていなかったですが
やっぱり相当生きづらかったです。


今でもよく思い出す
幼稚園の頃の記憶があります。

今もあるのかはわからないのですが
私の通っていた幼稚園の給食って
複数の種類の動物の入れ物に入っていて
うさぎ、ぞう、トラ…
などがあったんです。

そしてもちろん
女の子はみんなうさぎを選びたがります🐰
中身は変わらないのに。笑
(子供って素直で可愛いですね。笑)

でも数に限りがあるので
どうしても全員の望みは叶わない。
誰かしら譲る必要があるのです。

私はそもそも
数に限りがあるのをわかっているので
自己主張をしたことがありませんでした。
本当は自分だってうさぎがいいのに。
(なんか思い出して涙が出てきました。笑)

そんなある日
私のもとにうさぎがやってきたのです!

というより
自分が配膳係?だったのか
うさぎを選ぶことができました。

私はついに
自分のもとにうさぎがやってきたことに大喜び♡


しかしそんな喜びも束の間…
向こうの方で泣き声がします。
しかも私が仲良くしていた女の子。

「トラじゃなくてうさぎがいい(泣)」
と泣いている…。


結果
私は彼女のもとに行って
自分のうさぎと交換しました。


「あぁ、やっぱり私の望みは叶わない」
(うさぎさんは遠くへ行ってしまった…)


そんな風に絶望感があったのと同時に
お友達が笑ってくれたことや
先生にすこぶる感謝され
自分の絶望感は見て見ぬふりをしました。

この記憶がいつまでも鮮明に残っているのは
私の中で消化しきれていないものや
何か気付きを促すためだとは思っていましたが…

幼い頃に我慢した自分を
まだ癒しきれていなかったことが
この文章を書いていてわかりました。

もちろん私は
お友達や先生が喜んでくれたことは
本当に嬉しくて
小さい頃から
人に喜んでもらうことが好きだったのだとも。

でも恐らく
これを火切りに
私の自己犠牲的な献身の人生が
始まってしまったのも事実。

やっぱり何事も
バランスって大切です。

自分も周りも大切にして
初めて"真"の幸せが訪れます。

独りよがりも
自己犠牲も
結局は破滅へ向かう気がします。


特に日本人は
どちらかというと
自己犠牲的な人が多いのではないでしょうか?

私もここ数年
徹底して手放しを行ったので
大分生きやすくはなりましたが
まだまだその癖は残っています。

自己犠牲的な方は
まずは自分を満たしてあげる。
当たり前ですが
独りよがりな満たし方ではなく
愛と調和をベースとした満たし方。

私のような人って
大人になってしまった人の中でも
まだたくさんいると思います。

そんな人たちが
独りよがりでも
自己犠牲的でもない
"真"の幸せを感じて生きられるように
サポートしていきたい。

そのためにやっぱり私は
自分濃度100%どころか
200%で存在しなければならない。

サポートも大切だけど
何より背中で見せることが
一番早いと思うから。


皆さんも
何回も思い出す
幼い頃の記憶ってありますか?

もしかしたら
何か大きな気付きが隠れているかも…。

惹かれる方は
過去の自分とも対話してみてくださいね。


ではまた♪

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