頭の中のチンピラ(台湾入院日記)
前回はこちら
鍋の〆に、麺をしこたま食べた。
立派に張ったお腹をさすりさすり、通りの向かいで煌々と光を放っているスーパーへ行こうという話になる。水とかお茶とか、とにかくそんなものを買おうとしていた。
2車線づつの4車線+路側帯という幅広の道。どうやって向こうへ渡ろうかしらと辺りを見ると、数メートル先に横断歩道が見えた。どうやら信号はない。そろーりと、一段高くなった店沿いの歩道から路側帯の端に降りる。
ブゥゥゥーーン!!
こわ!!
目の前を走りぬけたバイクの風圧が顔にあたる。
台湾に来てからの3日間で、「歩道も歩行者もあるかい!!」とばかりに走り抜ける数えきれないほどのバイクを目にして、行く先々で衝撃を受けてきた。この国はベトナムと肩を並べるほどのバイク社会だった。
「ここ渡るの怖いなぁ」
仕事仲間2人とそう言い合いながらオロオロしていると、手前の車線を走ってきた車もバイクもピターッと止まってくれる。2車線のはずなのに、3列横並びで止まってたけど。反対車線には車両はいなかった。
そうやんね!いくら荒っぽくても、さすがに歩行者のいる横断歩道でのお作法は日本と同じよね!と安心。停まってくれているのだからとやや急ぎ足で、3人縦列ビートルズ マイナス1 スタイルで渡りはじめた。のが、運命の分かれ目だった。
対向車線側まできた時、視界の端にライトが見えた。
(え?なんかあのバイク異様に早くない?)
相手の姿がくっきり見える距離まで近づいても、スピードが落ちる気配がない。これはヤバい!前後どちらにかわすべきか決めかねたその一瞬。道路の、そして3人の真ん中で小さくカバディカバディ状態のわたしに、そのままのスピードでどストライク!
いっっっっっっったぁ!!!!!!
こういう時、口から「きゃぁ!」とは出ない。
腹の底から絞り出したような低い声が出るのがリアルだ。
バイクを右半身で受け止めたけど、あえなく力負け。こめかみに謎の衝撃を感じながら身体は飛ばされ、夜空を見たかと思うと地面にローリング着地した。
「旅行保険、入っててよかったぁ〜」
身体がローリングしてる最中は、ほんとにそう考えていた。
停止線をフル無視して猛スピードで突っ込んできたのは、母親と子ども2人乗りのバイクだった。台湾では、2人乗りどころか3人、4人乗りなんての姿があたりまえにあった。
それはもう、移動じゃなくて曲芸なのよ。
日本のいわゆる原付は、排気量50cc。台湾では125ccが主流。このサイズでは、交通ルール上は2人乗りはOK。3人以上は違反だけど、警察も見て見ぬフリなことも多いとか。
いろいろツッコミどころが多い。
さて、アスファルトに着地してむくりと起き上がったわたしの背中を、仕事仲間(Kさん)が支えてくれている。右を見るとバイクも転倒していた。
そら倒れるよな。
って、運転してたふくよかなオバハン、もう立ち上がってるやん。衝撃のわりに大したことなかったのかも、と希望を胸に立ちあがろうとした。
立てなかった。
足に力が入らない。そして、なんか、痛い。
こわごわ目をやると、見るからに腫れている。
〆の麺を詰め込んだお腹どころじゃない。
「あぁ痛い痛い!こら骨折れてますわ!いたたたた!」
マンガに出てくるチンピラみたいなセリフが頭の中で再生される。
頭の中のチンピラがわめき散らすその向こうで、わたしをはねたバイクの後ろを走っていたおじさんが心配そうに覗きこみながら、携帯で電話しているのが見えた。
あの感じ、間違いなく救急車呼んでくれてる。仕事が早い。目の前で人がはねられるという衝撃映像を生で見てしまった仕事仲間たちに「いま救急車呼んでるで」的な目くばせまでしてくれている。かなりデキる男だ。
実際、救急車はおどろくべき早さで到着したし、いつの間にか警察官も来ていた。「わたしのお腹なんか可愛いもんやわ」と大胆なポジティブ思考を産んでしまうほど腫れている左足の骨が皮膚を突き破ったりしていないこと、足と脚がつながっていることに少し安心する。
背後では、ゴムサンダル履きのオバハンがうつむきながら地面を小刻みに蹴りつけてバツが悪そうにしている。
その光景にイラッとするが、倒れたバイクの横で4、5歳くらいの女の子が胸を押さえてショックを受けているのが見えて、言葉にならない言葉を飲み込んだ。
そうしてる間に、ストレッチャーに固定され救急車に乗せられる。外では、仕事仲間の1人(Aさん)がわたしの荷物を持って一緒に乗り込もうとしてくれているようだった。よかった、心強い。
両手にあれこれ持って乗り込むAさん、事故現場に残って警察の対応をしてくれるらしいKさん。有り難さと 申し訳なさと 心強さと をあなたへと向かって感じているうちに、救急車はサイレンを鳴らして走り出した。
当然ながら、サイレンの音が日本とは違う。まるで海外の医療ドラマを見ているような気持ちになる。などと考えていると、救急隊員がなにか伝えたそうだったので、3日間で習得した知識を発揮して翻訳アプリを差し出す。
「あなたを台湾国軍の病院へ運びます」
国軍の病院!なにやらゴツそうな響きにおののく。
ところで、頭の中のチンピラは「骨が折れた」とわめいていたけど、実際はどうなんだろう。「骨は折れていますか?」と聞くと、救急隊員は静かに、でも、大きくうなづいた。
頭の中のチンピラは正しかった。
救急車が近づいてきたら、日本と同じようにドライバーは道を譲るのだろうか。いちども止まることなく、パーポーパーポーと乾いた音を響かせながら高雄の街をぐんぐん進んでいった。
「台湾国軍の病院」というパワーワード。
いったいどんなところに担ぎこまれるのか。
次回、ホネホネロックのリズムに乗れるか?
(8月29日夜 更新予定)
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