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涙の肉団子(台湾入院日記)

毎日22時ごろ更新。初めて行った台湾で、バイクにはねられ、足を骨折。英語も中国語もできないスキル状態で現地の病院送りになった女の、なにかとギリギリな入院回顧録です。

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帰りは長い道のりだった。

心理的に、ではなく、物理的に。
手術に関する書類のやり取りなのだろうけど、何ヶ所か経由しているようだった。手術直後の患者を乗せたベッドごとの寄り道とは、なかなかダイナミック。

お昼どきになった院内は、さらに混雑している。人でごった返す売店前を通った時には、八角のいい匂いがした。昨夜の鍋から、なにも口にしていない身体には刺激が過ぎる。

ただただ、腹が減った。

ようやく病棟に帰ってきた時には、廊下のデジタル時計は11時57分を知らせていた。麻酔が完全に抜けるのは、6〜8時間後だと聞いている。長い。

ためしに下半身を動かそうとすると、巨大な構造物になったように動かない。事故の前日に見学した、コンクリート工場跡を思い出していた。

17時までは絶食が続く。コンクリート構造物化した足をさするくらいしか、することがなかった。そこへ、保険会社からメールが届く。

「ご多用のところ早速のご対応ありがとうございます」

身体を治す以外に、たいしてすることもない入院患者に「ご多用」て。どんな皮肉やねん。ちょっとイラッとしてメールを閉じる。

いかんいかん、心に余裕がなくなっている。

仕事仲間たちは今ごろ、台湾のクリエイティブユニットと顔合わせをしているのだろう。行きたかったなぁ…。言ってもしょうがない泣き言が漏れる。ちなみに彼らには、冬に神戸で開催予定のイベントに出ていただく予定である。

自分で発した泣き言に、落ち込んでしまう。ぼんやり窓の外を眺めていると、ユイさんでも謝さんでもないホブヘアーの看護師さん(名前を聞き忘れた)が検温にやってきた。そこで夕食のことを尋ねられる。

台湾の病院には、日本のように自動的に出てくる病院食はないらしい。自分や付き添い人が買いに行くか、配達サービスを看護師を通して依頼するか。でも、今夜のわたしには、アレがある。

肉団子のことを伝えたかった。

「手術室のスタッフが、なにか手配してくれたようです」

「???????」

全然伝わってないっぽい。かといって、手術室でのやりとりをもれなく伝えても、余計にややこしい。かいつまんで伝えようとしたけど、もはや怪訝な顔をしている。

「手術室は医療をするところやけど?そういうプレートがあったでしょ?」

中国語が分からないわたしが、手術室をデリバリールームと間違えているのだと理解されてしまった。

翻訳アプリが心の機微を超えられない。
それ以上説明するのを諦めた。あれは冗談だったのかもしれないのだから。

言いたいこと、分かってほしいことが伝わらないって、ほんとうにもどかしい。いったん気持ちをリセットするためにも、眠ることにした。

気配を感じて目を覚ます。
窓の外では陽がすこし傾いていて、時間は16時半過ぎだった。

「なんかデリバリー届いたで〜!」

謝さんが白いビニール袋を持ち上げながらやってくる。

中身は肉団子とハイビスカスティーだった。戴先生の計らいが、気持ちが、勘違いでも冗談でもなかったことが心の底から嬉しかった。

食事の解禁まで、あと30分。

「食べられそう?」

謝さんがそう聞くからには、もう食べていいんだろう。食い気味にうなずくと、テーブルを用意してくれる。

紙の箱はずっしりと重く、八角のいい匂いを振りまいている。中には、白いむちむちした皮に包まれた肉団子がぎゅうぎゅうに詰まっていた。

19時間ぶりの食事。みっちりと肉肉しくて、八角以外にもなにかスパイスが効いている。大きめに切り分けて、ひとくちで頬張った。

本当に、本当に本当に美味しい。

夕暮れを横目にひとり、ぼろぼろ泣きながら肉団子を食べた。


ところで、この日の夕方。独り占めだった病室に女性がひとり、てくてくと歩いて入院してきた。わたしよりひと回りほど若そう。彼女も明日手術なのだろうか。

事情も分からないのに気軽に話しかけるのは無神経かと思い、カーテンを閉めて干渉しないことにした。


19時半頃には、仕事仲間たちが揃ってお見舞いに来てくれる。クリエイティブユニットとの顔合わせの前に、高雄のアート特区に行ったらしい。楽しそうな写真をいっぱい見せてもらう。

顔合わせのランチミーティングでは、トイレに立った隙に全員分の会計をしようとこっそりレジに寄ったら、ひと足さきに彼らが払ってくれていたという。紳士すぎる対応に場が盛り上がり、帰って行ったあとが寂しかった。

ひとりになってから、保険会社との帰国サポート調整のため、ひたすらベッドの上でポチポチとメールを打ち続ける。

違う意味で骨が折れる。

とはいえ、たった2,220円の賭け金で今回の入院・治療費と帰国サポート費用を面倒みてくれるというのだから、ありがたい存在でしかない。

寝ているしかない入院患者に向かって、「ご多用のところありがとうございます」とテンプレート文を送りつけてくるデリカシーのなさも許したい。

警察官が発行してくれた事故証明のようなもの(ポリスレポートと保険会社は呼んだ)の確認や、退院してから帰国までに日が空いた場合のホテル代のこと、事故によってキャンセルしたホテルのこと…

3往復ほどメールをして、22時前にひと段落。やさしさぜんぶ入りのハイビスカスティーをチビチビとやると、酸味と甘みが脳に沁みた。

長い長い1日だった。
コンクリート構造物だった下半身は、すっかり自分の身体に戻っていた。


本格化する保険会社との帰国調整。
消耗していく身体にメシを詰め込む。

次回、声に出して読みたい言葉「お美味」
(9月2日夜 更新予定)

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