ホネホネロックのリズムに乗れるか?(台湾入院日記)
前回はこちら
(あぁ〜。めっちゃ救急搬送されてんなぁ)
どこをどう走っているのか。ストレッチャーという名のまな板の上で放心状態の鯉。いや、ひとピチもできないので、鯉というよりマグロ。
5分ほど走ったろうか。もうちょっと走ったかもしれない。「国軍の病院」なる建物にするするっと入り、サイレンが止まる。あれよあれよとストレッチャーごと降ろされたかと思うと、ガラガラと派手に音を立ててログイン。
救急隊員とともに突如あらわれた女に、迷彩服に身をつつんだ精悍な若者たちの視線がいっせいに集まる。
うゎーお、いろんな意味でアウェイ!
浮きまくり。半袖Tシャツ、ハーフパンツという軽快なスタイルが、ここではいたたまれない。待合スペースを抜けるあいだ息を殺して、気持ちだけでも忍んだ。
「急診室」と筆文字フォントで書かれた部屋の自動ドアが開く。ドラマなんかでよく見る緊迫した「1・2・3!」のかけ声で診察台に乗せられるのかと思いきや、ここは自力でヌルっとスライドした。足が痛かった。ここでもマグロでいたかった。
ヌルっ、と移動し終わると、すぐに周りが慌ただしくなる。かつての恋人たちの手よりも何よりも強く握りしめたスマホは、翻訳アプリの音声認識マイクが常時立ち上がっていて、なにか言葉を発する人の顔の前へと印籠ばりに突き出した。
医療スタッフの誰かがマイクに向かって話す。
…ポポン(翻訳完了音)
「レントゲンを撮りに行く」
うなずく。
検査への同意完了。
こんなややこしい場面で、なんとなくでも意思疎通がとれるとは。翻訳アプリがなければなにも分からず、おいおいと人目もはばからず泣いていただろう。
テクノロジーは言語の壁を軽々と超えていくし、Googleは身も心も救う。
テクノロジーに感激する反面、英語すらできなくてマジごめん...と己の語学力のなさを少し恥じた。X線室内ではジェスチャーを駆使したりしながら、腫れている左足とバイクを受け止めた右半身などを痛みに悶えながら計3か所撮影した。
ただ、意思疎通はとれても痛みはとれない。ジンジンと疼くような熱を引きずりながら、急診室ことERの処置室に戻されると、警察官が待ち構えていた。
THE ☆ 事情聴取。
「信号のない横断歩道で渡る意思を示したら、手前の車線の車輌がすべて止まってくれたので渡りはじめた。反対車線にはその時、通行車輌はいなかった。反対車線まできた時にバイクのライトが見え、当然止まると思ったがスピードが落ちないので慌ててかわそうとしたけど速度が早すぎて間に合わずはねられた」
と例の瞬間をありのままに、いや、やや憎しみを込めて伝える。バイクのオバハンがスピードを緩めず横断歩道に突っ込んだことは、事故現場の映像をすでに入手して警察官も把握している様子だった。
細かなことは日本語のできる警察官と電話を繋いでコミュニケーションを取った。電話の向こうの女性警察官は「退院したらカメラの映像を確認しに交番へ来てください」という。
まじか。
自分がはねられる瞬間を。
自分で確認。
さらにこう付け加える。
「すごく速くはねられるのを見るのはショックだと思うけど...」
いったいどんなはねられ方を…。
ちょっと憂鬱な気分になったが、わたしには最後にどうしても聞きたいことがあったので気を持ち直す。翻訳アプリにたぷたぷと打ち込み、警察官に見せた。
「バイクの運転手は私に謝罪の言葉を口にしていましたか?」
翻訳されたそれを見た警察官は残念そうに首を横に振る。そして、翻訳アプリに同じようにたぷたぷと入力した。
「何も言ってなかったと思うよ」
あきれたような表情から、それがこの国でも普通じゃないことなんだと理解できた。どうやら、「ごめんなさい」ひとつ言えないシャイすぎるオバハンの暴走バイクにはねられるという不運に遭ってしまったようだった。
後になって仕事仲間(Kさん)から「現場に来た警察にめっっちゃくちゃ怒られてたよ」と聞いて、少し気持ちがスッキリした。
警察官の聴取が終わるとふたたび、医療スタッフたちにぐるりとベッドを囲まれた。
「今からお前を料理してやろうねぇ」
そう言われている気持ちになる。絵本で見たことあるようなシチュエーション。脂身が多くて、さぞ美味しいだろう。
食われるわけはないけど、決断は迫られていた。
つまり、この病院で手術・治療を受けるかどうか、だ。
海外で治療を受けると、もちろん日本の社会保険制度は適応されず全額自費。莫大な費用がかかることは、ぼんやりと知っていた。出発3日前に加入した旅行保険の補償額は1,000万円。台湾での骨折治療の相場が分からない。
払えないような額の請求が発生したら…台湾でせっせと働いて、支払い終えるまで帰れない未来が見えた。妄想大劇場が開幕して、ひとりで勝手に涙がこみ上げる。
治療費は幾らぐらいになるかと聞いてみても、ERでは分からないと言う。
となったら、折れてる足を引っ提げて帰国するか?
ホネホネロックのリズムが頭をよぎり、ガイコツが松明を手にステップを踏みはじめる。
足の中で、ひとくいしゅうちょうが大太鼓を叩いているような疼きに悶えながら飛行機に乗り、痛みにのたうち回りながら関空からタクシーに乗り...いや、無理やろ。
いつのまにかベッドを囲む輪の中に入っていた整形外科の医師も、クレイジーな日本人のアイデアに「そんなやつおらへんやろ〜。往生しまっせ」という顔をしている。
そんなことを言いだした人は、きっと過去に1人もいなかったんだろうな。決断できないまま交わす言葉もなくなり、医療スタッフたちと視線を交わしあうだけのミリオネア状態になる。
「か、家族に、電話で相談していいですか?」
困ったわたしは、テレフォンを繰り出した。
テレフォンの先にいたのは?
台湾で手術することを決断させたキーパーソン登場。
次回、ファイティン母ちゃん
(8月30日夜 更新予定)
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