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テクノロジーは空腹も救う(台湾入院日記)

毎日22時ごろ更新。初めて行った台湾で、バイクにはねられ、足を骨折。英語も中国語もできないスキル状態で現地の病院送りになった女の、なにかとギリギリな入院回顧録です。

前回はこちら


軍事演習の中心地にでもなったのかと飛び起きた。

ドドーン!ドダダダダーン!!
砲撃のような、太鼓を100人くらい同時に打ち鳴らしているような、工事現場が崩落したような音。

8月6日 朝7時。

どこからともなく響いてくる、5.1chサラウンドも真っ青の音と振動。中国と緊張関係なだけに、慌ててニュースアプリで情報を漁る。どうやらその可能性はなさそうだったので、平和に救援食糧のおかきをポリポリついばむことにする。空を飛んで、結果的に宙に浮いたバームクーヘンも。

9日ぶりの日本の食べ物、最高。

音の正体はわからないままだった。

メールをチェックすると、保険会社から段差のないホテル探しの続報が夜中に来ていた。進展あったかな?と少し期待したその胸を、思いきりえぐられたような気持ちになる。

いや、えっと…え?
言葉選びが悪すぎない…?

片足でもなんとか過ごせる場所にいたい。ただそれだけなのに。今思い出してもイヤな気持ちになるので、詳細は書かないでおくけれども。言葉は通じても、なにか大切なところが通じ合わない。

「あなたのことを助けます」というまっすぐな気持ちで、言葉は通じなくても気持ちが通った台湾の人々の顔が頭をよぎる。

昨日送っておいた、夫が泊まる完全バリアフリーのホテルに対しても、すでにガウディホテルの料金が発生していて返金が受けられないから、別のホテルの費用は保険適応にならない。予約手配だけなら手伝えるとの返事だった。

きらめくバリアフリールームに泊まる夫との相談タイム。

保険でカバーされず自己負担になっても、家計から出すので問題なし。なにより、今日なら引越しを手伝える。

これが大きい。

のちのちの保険料請求をスムーズにすることを考えて、保険会社にガウディホテルと同じ10日チェックアウトで予約を依頼する。30分ほどして返事が来たものの、確認事項が先にきて、ひとまず押さえるという動きに繋がらない。

ホテルの空き状況は水物。まして、今は夏休み。こうしている間に埋まってしまう可能性を思うと、ヤキモキして落ち着かない。

夫がホテルフロントに確認したところだと、バリアフリー設計の部屋は2部屋しかなく、1室はすでに埋まっていて、もう1室がまさにいま夫が泊まっている部屋。

夫の引きの強さがすごい。
この部屋なら17日まで延泊可能との返事を取り付けていた。

もう保険会社の返答を待っている余地はない。まだ帰国の日が決まらないので、ひとまず10日までの宿泊予約を追加し、料金を支払ってくれた。

張り詰めていた気持ちが一気にゆるむ、おかきとバームクーヘンを詰め込んだはずのお腹が鳴った。人は息をするだけでエネルギーを消耗する生き物だと痛感する。

夫がお昼ご飯を買ってこちらに来てくれるという。
心は、それはもう安らかだった。

骨折り女大移動の作戦会議をしながらのお昼。大きな手羽元のグリルとたくさん野菜が乗ったご飯。料理の名前は分からないけど、やっぱり八角が効いている。病院のお弁当にはなかった濃い味とボリューム感。うまーい!

ひと休みし、夫は近くにある関帝廟を見学しに行く。救援とはいえ、はるばるから来てくれたのだから、例えわずかな時間でも台湾の建物や街並みを楽しんでほしかった。

そろそろ日が傾きはじめたころ、大移動をはじめる。保険会社からの連絡で事情を理解してくれていたフロントの女性が、タクシーへ乗り込むのを手伝ってくれるだけでなく、見送ってくれた。

設備とこちらの体調が合わなかっただけで、このホテル自体が悪いわけじゃない。だけど、どこか「助けになれなくて申し訳ない」という顔をして送り出してくれた女性に、こちらも申し訳ない気持ちになる。


ここからタクシーで15分ほど。地元の人のすがた、ゆっくり歩いた台湾中部・嘉義市とはひと味違う街並み。車内からの景色が、わたしにとっての高雄観光の時間だった。

高雄駅の巨大な建物の向かいでタクシーが停まる。

ホテルの入り口は大通り沿い。にもかかわらず車寄せがあり、入り口ギリギリで降りることができた。松葉杖をついた客が降りてきたことにフロントスタッフがすぐに気付いて、駆け寄ってくる。

自動ドアが、開きっぱなしになるように…
センサーの下に立ってくれている….。

一流ホテルのドアマンの身のこなしやん。部屋に入る前から感動してしまう。それでいて、宿泊料は1泊300元(日本円で1,500円ほど)しか変わらないのだから驚く。

目指す部屋はエレベーターを降りて右手。部屋番号からして奥の方かな?と思ったら、わりと手前にあって歩く距離は少なくて済んだ。

扉を開けてもらい、中へ入って思わず声が出る。

ゆとりのある空間。1ミリの段差もなくフラットに続く水まわり。松葉杖を突いて洗面台に直行し、掴まれるもの、寄りかかれるものには何でも掴まり、寄りかかった。

特にこのシャワーブースの椅子なんて、最高!

40を過ぎて、あたらしい癖に目覚めたのかと思うほど興奮していた。まさか風呂の椅子に興奮する日が来ようとは。

これがあるだけで、片足でもシャワーができるし、支えにして立ち座りができる。

日本でもバリアフリーの設備をさんざん見てきたはずのに。これがどれほど大事なものか、その本当の意味は怪我をしてはじめて理解できた。

おしゃれさを優先することもひとつの価値だし、設備投資をせずにコストを抑えることもひとつの選択だけど、こういう場所があることの安心感は計り知れない。

大きなベッドに身を投げ出して、部屋じゅうを見回した。

どこもかしこも清潔で、もうなんの不安も感じない。仕事もあるし猫も留守番しているので、明日の早朝には夫が日本に帰る。1人になっても、ここでなら大丈夫だと確信が持てた。

夫は近くの夜市を見に行きたいと出かけていく。わたしはわたしで、お昼に残した鶏手羽乗せご飯を食べる。

明日の再診時間は、まだ保険会社から連絡がなかった。


夜市探検から戻ってきた夫と、明日以降の食事問題をどうするか話し合う。宿泊料には朝食は含まれているけど、松葉杖でレストランに行き、ブッフェ形式の食事をするのは骨が折れそうだ。

ご存知のとおり、リアルな骨はとっくに折れている。

うーん...どうすれば。
妙案が浮かばず考え込む。

そしてふと、夫が言う。

「Uberは?」

Uber!!!その手があった!日本でも使い散らかしているフードデリバリー。どうして思いつかなかったんだろう。台湾の街にはUberかfood pandaのリュックを背負った配達員が、日本以上に活躍しているのをずっと見ていたのに!

ためしに日本で使っているUber eatsアプリを立ち上げる。現在地を再取得してみると、現地の店舗情報が表示される。

ここでも使える!

しかも、登録したクレジットカード決済が生きているので、残り少ない現金を消費しなくてすむ。

Google翻訳アプリというテクノロジーは言語の壁を軽々と超えて、身も心も救ってくれたし、フードデリバリーアプリというテクノロジーは空腹をも救ってくれた。

スマホひとつで、本当になんでも解決する時代だ。

身を置く環境の問題に、食事問題。もはや心配事は、いつ帰れるか、だけだった。明朝、4時過ぎには夫は日本に向けて出発する。

1人で過ごす帰国までの時間は、いったいどれくらいになるんだろうか。明日から何をデリバリーしてもらおうかと浮かれながら、早めに休んだ。


ふたたび1人になり、立ち向かう再診ミッション。
通された部屋のありさまに言葉を失う。

次回、竜宮城に案内されし骨折り女
(9月9日夜 更新予定)

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