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①攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見

――俺は子どもで、力はなく、誰も、誰にも救われない人間だった。

早くに親を亡くし、孤児として教会に拾われるも馴染めず。
結局は盗みを重ねて空腹を凌いでいた。

街でよくある人身売買の風景。肥えた大人が給仕と称して女や子どもを雇い入れる。それはあくまで外面。
買われた者は皆、その肥えた大人達の慰者なぐさみものとなる。

ある者は、ムチで叩かれ、その悲鳴が餌となる。

ある者は、陵辱され、その快楽が餌となる。

俺には肥えた大人達が欲求不満のケダモノと変わらないように見えた。

ある日、俺にも転機が訪れた。
いつものように八百屋のおばちゃんからウリ科の野菜をくすねた時、見慣れた人身売買の列が見えた。

そこに居た、シルクのような美しいブロンドの髪と、透き通るような白い肌。凛とした顔立ち。まるで、教会の孤児達が持っていた人形のような少女だ。
俺がじっと見ていることに気づいたのか、少女はこちらを見て微笑んだ。

それに見蕩れてしまっていると、俺はおばちゃんに捕まってしまい、叱られながらも野菜は恵んでもらった。なんでも、栄養はさして無いからという。
それでも俺からすれば空腹を凌ぐための食い物に変わりはない。

いつものように住処へ帰る。拾ってきた布と藁を詰め込んだ麻袋。これだけあれば眠るのには十分だ。

少し眠った後、またも空腹を凌ぐ為に露店街へと行く。
未だに人身売買の列が大きな屋敷の前にできている。

(あの少女はまだか……)

俺は何故か安堵のため息を吐く。

(なんだ……この感覚……)

俺はその美しい少女に惹かれていたのだ。
少女がケダモノ共の慰者になるのは堪えられない。
俺は気付けば武器商人の店から刃渡りの短い剣を盗んだ。
それでも子どもの俺からすれば、その剣は十分重たかった。
だがそうは言ってられない。

(あの少女を救うんだ……)

立ち並ぶ売り物の人達を掻き分けて、少女の元へと辿り着く。

さっきと同じように微笑む少女。

俺は警備の大人に羽交い締めにされるも振り回した剣でそれは解かれた。
少女の手足に結ばれた縄を剣で切り、俺は少女の腕を掴みその場から逃げた。

素足の少女のペタペタという足音は今でも忘れられない……。

街中の警備兵が俺を探すも、夜の帳が下りる頃になっても見つからず、頭を抱えてなっていた。
逃げる最中、靴を盗み少女に履かせた。
俺と少女は小さな舟に乗り、河を渡っていた。

「どうして……助けてくださったの?」

弱々しい少女の声に俺は一つ、唾を飲み込んだ。

「……俺が、助けたいと思ったから」

俺は一方的な好意を悟られぬように、目線を外して言った。
が、よくよく考えればそれは照れ隠しではないかと後で気づいた。

「で……このままどこへ行くのかしら?」

「わからない……とにかくこの河を渡れば追っては来ないと思う。この前の大雨で上流の橋が落ちて、今は舟でしか渡れないし、それにこんな夜更けに舟を出すだなんて危険だからな」

「では、わたくし達も危険なのでは?」

「そうだけどさ……危険を犯さないと逃げられないだろ?」

俺は父さんの言葉を思い出した。


『いいか、勝利を掴むには危険を犯さなければならない。安全地帯に居ては勝てるものも勝てない。相手の懐に入り込んだり時にはわざと危険を犯さないと勝てないんだ』

「聡明な方ですのね、あなたは」

「そう……めい……?」

「賢いって意味ですよ」

重い木でできた艪を漕ぐ。若干下流側へ流されつつも、そこまで流れが早くないので誤差の範囲だ。
対岸に近づくと、一度街の方を振り返った。

「……ご家族はいらっしゃらないの? 心配してるのでは」

「俺は……孤児だから、あの街に家族なんてもう居ない。みんな居なくなって、せいせいしてるさ」

やがて舟はガリッと砂地に音を立てて乗り上げる。
颯爽と降りた俺は少女に手を差し伸べる。

「孤児という割には、紳士ですのね」

俺の手を取ると少女はそっと舟から降りた。

「……死んだ父さんからの言いつけなんだ。女には優しくしろって。簡単に壊れる硝子細工みたいに扱うんだぞって」

「立派な父上ですわね……羨ましい限りです」

「……そういえば名前は? 俺はルカ」

「エリーでいいですわ」

「……わかったエリー、よろしく」

俺が握手を求め、それに応えてエリーの柔らかい手が触れた瞬間、背筋にまるで蛇が伝ったようなぞぞっとした感覚が走った。






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みゃこいち(myacoichi)
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