最終話 攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見
エレナは女王を一年務め退位した。
次の王は港町のハイドランドの町長だった男が選ばれた。
エレナの築いた土台の上で、政策も草案として残していたものを上手く活用してくれてる。
俺達はというと、旅に出た。
これはエレナたっての希望だ。
王を務めた褒賞金でそう不自由なく生活できるが、一つの場所に留まるのは嫌だとのことだ。
そして、アルマの娘であるカレンも旅に同行させた。
王宮での給仕はほとんど必要なくなってしまい、人の手が余り過ぎていたため、エレナが個人で雇った専属メイドと言ったところだ。
俺はというと、どちらかといえば、ボディーガードだ。それに、各地で暴れている魔物を退治するのも目的だ。
ミモザは俺と同じボディーガード兼料理担当だ。
「なんだか懐かしいですわね」
「馬車の運転席に座るのが?」
「違います。こうしてお兄様と旅をするのがです」
「あの……お二人は兄妹なんですよね?」
カレンがそう問いかけると、エレナは余計にくっついて来る。
「兄妹だからこそ、ですよ」
「はぁ……」
カレンは心底呆れたという表情だ。
今回の目的はカレンの里帰りというのもある。アルマには内緒でアリンガムへ向かう。
その後は前の旅路では行くことがなかった東側を回ろうという話になっている。
「エレナ様、喉は渇いていませんか?」
「大丈夫です。あとそれから、私はもうエレナではありませんよ」
「すみません。ルシア様」
エレナは退位してからは名前を変えた。
元々名乗るつもりだったランドールの姓と、名はルシアと名乗った。
『そうじゃないと、私達が出逢った人がルシアさんじゃなくなるから』とのことだ。
王都を出発して数日が経った。
久しぶりに訪れたボスウェルの街。半年前に街の視察で来た以来だ。
相変わらず活気に溢れている。
行商人の露店を見て回ると懐かしい顔が見えた。
「ひ、荒野の魔女!」
サイモンとヘイズだった。そしてその隣を見ると、店に立っていたのはジェフだった。
「久しぶりだな。もっと女王続ければよかったのに」
「そうしたらまた誰かさんにナイフを突きつけられるからな」
「……なんかルシアに似てきたなって当たり前か」
「まあ実際、今はルシアって名乗ってますから」
ジェフは大笑いをすると選別だと言い一つのネックレスをくれた。
「これはドラグライト?」
「そうだ。この前里に寄ったら最近やたら採掘が進んでるって言うもんでよ。結構な量仕入れたんだ」
「ルカの剣もこれで出来てるんでしょ?」
ミモザが割って入ってくる。
「元気にしてるか?」
「うん。大丈夫だよ、お父さん」
「やめろ、あれは芝居だったんだからよ」
「ううん、今思えば私にとって、ちゃんとお父さんだったから」
ミモザも孤児だった。幼い頃にジェフに拾われて暗黒騎士団に入るために暗部としての教育を施された。しかし、ジェフが暗黒騎士団を辞めたあとはこうして行商人達の一員として暮らしていた。
「な、なあルカ、久しぶりだな」
サイモンが声を掛けてくる。
「聖騎士団が再結成されたのって本当か?」
「ええ、毎日若手をウィルさんが扱いてますよ」
サイモンとヘイズはジェフが情けをかけて再雇用したらしい。
勿論、もうあのようなことはしないという誓約書付きでだ。
「これからどうするんだ? 暫くここにいるのか?」
「そうですね。あと二日はボスウェルに滞在するつもりです。あとは小さな村をいくつか回っていこうって。それからカレンの里帰りもしなきゃだしとりあえず今はアリンガムへ向かう感じです」
「そっか、もしかしたら途中で追いつくかもな。その時はまた会おうや!」
広場の大道芸人がジャグリングを披露している。ルシアはまた夢中になって見ている。
「ねえ」
後ろから声を掛けられる。声のする方へ向くと、リュカが立っていた。
「通りかかったらルカがいたからびっくりした」
「こっちもだ。てか、あの時と似たような状況だな」
「ああ確かにエリーがジャグリングに夢中になってるときだったね」
「リュカ!お久しぶりですね。お元気でしたか?」
「うん。エリーも元気そう。もうすっかり有名人だしね」
「今はルシアと名乗るようになりましたの」
「そっか、荒野の魔女って未来のエリーだから名前もちゃんとルシアにしないと、荒野の魔女の名前が変わっちゃうんだ」
「そうです。まあ元々王族としての名前を捨ててしまいたかったので」
「おーいリュカ!早くしないと並んじゃうからもう行かなきゃ!」
リュカの友人だろうか、竜人族が何人か向こうで呼びかける。
「うん!すぐ行く!それじゃあね。また里にも寄ってよね」
「ええ、必ず」
リュカは走って友人達と合流していった。
「なんだか懐かしいですわね」
「またか……」
「お兄様も思っていたでしょう」
「そうだな。あの時とは状況が違うけど」
この旅は思い出を辿る旅でもあるのかもしれない。
あの日、あの時、俺がエリーに惹かれて、気づけば腕を掴んで逃げ出していた。
小さな舟で大河を渡ってアリンガムへ行き、アルマと出会い助けてもらった。そしてジェフに世話になりここボスウェルに来た。
訪れた街の数は少ないけど、道中色んな事があったし、なんせ本当なら死んでいたかもしれないのに、今俺は生きている。
そして何より、俺の初恋が無慈悲にも運命という力で奪われたこと。
初恋相手が生き別れの実の妹というのは笑えない冗談だ。
もしかしたら、エリーだってそうだったかもしれない。
そう考えながら昼食をとる。
「ここの酒場のご飯、とても美味しかったですもんね」
「うん、私にも真似できるかな」
「ミモザならできるんじゃない?」
「よし、じゃあ花嫁修業の一環として頑張る」
「花嫁修業?」
カレンが不思議そうに訊く。
「だってルカと結婚したらもれなく妹が付いてくる」
「人をおまけみたいに言わないでください!」
「でもありえそう……」
「お兄様も、妹はこんな言い方をする人との結婚は認めませんからね!」
ミモザは鼻で笑いそれをあしらう。
「お兄様、私も料理の勉強をいたします!」
「野営でルシアが作るの? やめたほうがいいよ。ただでさえ野営で作るときは材料少なかったり調味料も揃ってなかったりと工夫しなくちゃいけないんだから……」
「そうです!そもそも、そういったことはカレンがいたしますので!」
その場の全員から止められたルシアはシュンと小さくなっていた。
昼食を終えて宿に戻る。あの時泊まってた宿だ。ルシアはすぐに食堂で果実水をもらうと、裏庭のロッキングチェアに座った。
俺は素振りをすることにした。
「……随分逞しくなりましたよね」
「そりゃ、まともな食事とあと身体強化の反動があるからね。人より数倍の負荷が体に掛かるから」
本を読みながらくつろぐルシアはロッキングチェアの揺れも相まって舟を漕ぎ始めた。
俺は毛布を貰いに行き、ルシアに掛けた。
眠っている顔がものすごく愛おしく感じる。妹であることが惜しいくらいだ。
爽やかな風が吹き抜けると、真っ青な空に枯れ葉が舞い上がった。
その平穏さにほっと一息ついた。
目まぐるしい日々、王都を目指した日々もそうだが、一年間の政務。なれないことだっただけに毎日目が回っていた。
その先に手に入れた平穏である。
「あれ……寝てましたか?」
「それはもうぐっすり」
「あらら……」
立ち上がり、蹌踉めいたルシアの手を取る。
「まだ寝ぼけているのか?」
「そうみたいなんで、おぶってもらっても?」
そうせがむから兄として妹の願いを叶えた。
「おんぶって初めてしてもらったかもしれない」
少し嬉しそうに足をバタバタさせる。
背中に温もりを感じながら二階の部屋までルシアを運ぶ。
「何やってるんですか?」
カレンは呆れたようにこちらを見る。
いつもは上で髪をまとめているカレンだが、今はオフの時間なので完全に髪を下ろしていた。
「カレンは、そのほうが似合いますね」
「こ、このままじゃお仕事の邪魔になるので。それにメイドに色気は必要ないってメイド長にコンコンと言われていたので……」
赤っぽい茶髪がとても綺麗で、少しくせ毛なのもいいアクセントになっている。
「髪下ろしたら母さんそっくりだなって思って……」
「アルマさんに? 俺達はあんまりそう見えなけど、親子ならではなのかな」
「私達が似ているかどうかみたいなものですか?」
「……お二人は自覚がないようですが、美男美女という言葉がありますが、お二人にお似合いの言葉ですよ」
「お世辞がうまいな」
「ええ、お兄様の言う通りです」
カレンは苦笑いをしながら部屋へと入った。
流石に男の俺が同室になるわけにはいかず、女性三人で一部屋となった。
その日の夜、ノックが鳴ることもなく、早々に灯りを落として月の光を感じながら目を閉じて考え事をしていた。
あの頃の自分に、意外と将来どうにかなるぞって伝えてやりたい。
なんと今では年頃の女の子と旅までしてしまうぞと。
俺の旅は何処まで続くかわからないが、その旅の先々で色んなことがあるんだろう。
俺はその期待に胸を膨らませながら眠りについた。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます!
今回で『攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見』は終わりとなります。
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