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⑳攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見

ルシアの提案は飲めない。
さらに過去に戻ってどうするというのだ。
そもそもの生まれの根幹を変えてしまうと、ルシアの存在すら危うい。ましてや、私やルカもどうなるかわからない。

「無論、無謀ではある。そもそも今のこの世界に与える影響を考えれば、到底実行しようとは思わない」

「ではどうしますか?」

「ルカを助けに行く」

「どうやって?」

「とっておきだ」

ルシアはそう言うと私の手を取り、魔力を流し込む。

「これで足りるだろう。では行くぞ」

「えっ!ちょっと!」

光に体が包まれると気づけば竜人族の里に着いていた。リュカはまだ戻っていないらしく、里には人影もなかった。

「流行病の感染が拡がっていると聞きましたが……」

「あれは竜人族特有のものだ。数年周期で流行るもので、あまり重症化しないはずなのだが」

「これは、荒野の魔女」

貫禄のある竜人族の男性が姿を見せる。

「お前はイシュバーンか」

「はい。お久しぶりでございます」

「お知り合いですか?」

「以前にな。とある実験のために材料を分けてもらいに来たときに顔を合わせたことがある。それで、病はどうだ?」

「私は何とも。あの時いただいた予防薬のお陰でしょうか」

「やはりあれは効くのか」

ルシアはすでに対処していたのか?
予防薬があれば特効薬も作れそうだが……。

「あの時は流行るのがもう少し先の話と思っていたからな。失敗だった」

「お気になさらず。それよりもこちらへ。長老と少しだけでもお話を」

「それより先に、リュカが戻ってきたらひっ捕えてくれ。あまつさえ一国の姫君に危害を加えようとしてくれた」

「一国の姫……まさかエレナ姫が王宮の外に?」

「ああ、ここにいる」

ルシアは私を指差した。
私は会釈をすると、イシュバーンは驚いていたが、咳払いをし態度を戻した。

「わかりました。リュカは戻り次第拘束いたします」

「ありがとう。では長老の元へ案内してくれ」

私達はイシュバーンの後に付いていく。
竜人族は皆が巨大なドラゴンの姿になれるわけではない。魔導石を持つリュカのみがその異能を持っている。

「あの、流行り病とはどう言ったものなのでしょうか?」

「そうですね……風邪のようなものです。特別な症状はない。お腹を下したり咳が出たり喉が腫れたりとかはなく、ただただ高熱が数日から一週間程続くのですが、今回のものは何故かずっと高熱が冷めないのです」

「従来型ではない新型、なのかもしれないな」

「ええ、里の医者もその線を疑っています。前にリュカが持ち帰ったメモ書きには従来型への適切な対処法が書いてありました。ですが先日、それでも治らずとうとう死人が出てしまい、それでリュカは怒ってしまったのです」

誰が悪いとかはない。病の原因であるものが最も悪いのは確かだが、ルシアも私も、勿論リュカも悪くない。

「こちらでお待ちください」

恐らく里で最も立派な屋敷に通された私達は、二人で掛けるには大きすぎる長椅子に座った。

「時間潰しに嫌な話をしていいか?」

「嫌な話、ですか……」

「今日のことだ。何故気を失ったかわからないだろう」

「あ、はい。いきなりでしたから」

「あれは私がやった。お陰で骨にヒビが入ったがな」

「だから腕を……」

「あ、もう治ってるんだった」

ルシアは三角巾を外して、巻きつけられていた包帯と添え木も取っ払い、掌を握ったり開いたりを繰り返す。

「うむ。大丈夫だな」

「そんなに強い力で殴ったんですか?」

「いや、単純に当たりどころが悪かったからだ。お恥ずかしながら知っての通り、武芸は得意じゃないからな」

「ああ……」

私は妙に納得した。心の底から納得した。
私も武術は身につけていないからだ。

「でも、ああしなければ恐らく、お前は怒りで魔力を暴走させていただろう。これは、私の記憶に基づく推理だ。私もあの場面の後の記憶がなく、気づけばベッドの上だったからな」

「お待たせしました」

イシュバーンが戻ってくると後ろから車椅子に乗った老齢の竜人族の姿が見えた。

「この様なざまで申し訳ない。なんせ、先日まで一週間強、床に伏せっておったからの。して……そちらが荒野の魔女殿か。そして……お久しゅうございます姫様」

「ええ、お久しぶりです。と言っても申し訳ないのですが、幼い頃だった為、あまり覚えていないのですが」

「いえいえ、お気になさらず」

イシュバーンが順番にティーカップにお茶を注いで出してくれた。

「今回の流行り病についてだが、どうも過去の例よりも長引くものや症状が重いものが多いと聞いたが」

「特効薬は何のは承知しておる。だが、打つ手立てが何かないか、知恵を借りたい」

「と、言ってもだな……」

「長老!」

勢いよく扉を開きリュカが現れた。

「なんであんた達がいるんだ!」

「ドラゴンの鈍足より魔導士の方が速いからさ」

「ちょっとそんな挑発しないで……」

私は挑発口調のルシアを諌めた。

「それよりルカはどうした? 死体はその辺に捨ててきたのか?」

リュカはやや間を置いて口を開く。

「ルカは無事だ。傷の手当てもちゃんとした」

「本当か? エリーはともかく、私に隠し事はできんぞ?」

「本当だ!さっき診療所に連れて行った」

「一国の王女に危害を加えようとしたのは明白だ。それにより王女付きの騎士に重傷を負わせた。国としてはこの一件、重大な問題であると認識するところだが」

「そんな!ちゃんと謝るから!あの時は……どうにもならないことにイライラしててそれで気づいたら」

「踏みとどまれただけでも良しとすべきだな。その一線を越えれば魔物と変わらない存在になるところだった。安心しろ、ちゃんと対策は練ってきてある」

ルシアはそう言うと一枚の紙を取り出した。

「私が立てた仮説だ。イシュバーン、お前に以前投与した予防薬、これはちゃんと機能しているのだな」

「ええ、私とそれから残りはリュカに与えました」

「確かに、前にイシュバーンから変な薬飲まされたな」

「予防薬は効いたわけだ。ならばそこから導き出されるもの。遥か西の大国で研究されている医学がある。科学と言うべきか、私達が漠然と抽象的に捉えているものを細分化し具体的にした学問がある。それに基づいてやれば、特効薬が作れるかもしれない」

つまりは特定の成分で体内に入ったウイルスと呼ばれるものの働きを弱める薬を作る。

「元々、特効薬自体は試作していたが、その効き目に自信が持てなかった。従来型のものならこれで十分な効力が得られるだろうと踏んでいたが、今回の新型でどうなるかは不明だ。そもそも、自信が持てなかったのは被験体がいなかったからだ」

数年に一度、長ければ十年ほどの間隔で流行る病、ウイルスだからか、感染した者に投与しないと効力を確認できない。

「私達に実験体になれってこと?」

「そうだ。だが安心しろ、死ぬような成分は入っていない。それに、調合した薬の素材はどれもこのあたりの森で採れる物だ」

「……早速お願いできるかの? で、誰を最初の被験体にするかじゃな」

「私に任せてくれませんか?」

屋敷の奥から壁を伝って歩いてきた竜人族の老婆がそう言った。

「良いのか? もしかしたら効かないかもしれないんだぞ」

「構いません。それで里の民が助かるのでしたら」

一包の粉薬をルシアは手渡しすと、イシュバーンが急ぎ水を用意した。
苦いのか、眉間に皺を寄せる長老夫人。
一気に水で流し込むと一つ大きな息を吐いた。

「少し楽になった気がします」

「まさか、そんなに直ぐに効くものではないよ。とにかく、横になって一眠りしたら楽になってるだろう」

「わかりました」

私は駆け寄り肩を貸した。

「姫様、ありがとうございます」

「いえ、弱きものを救うのが王家の務めです」

長老夫人を布団に入れると、私は大広間に戻った。

「よし、次はルカだな。おいリュカ、案内しろ」

「……わかった」

リュカは普段の天真爛漫な様子はなくいつになく真面目に返事をした。
診療所では医師達がてんやわんやしていた。

「あ、リュカ様!」

竜人族の医師達は私たちが診療所に入るや否やリュカに挨拶をする。

「手を止めるな!」

その様子をルシアが一喝する。

「どけ!」

一人の医師を引き剥がしルシアはルカの様子を見る。

「出血が酷い……ガーゼをあるだけ持ってこい!いくら魔導士でもこれ程の傷を塞ぐには至難の業だぞ」

ルシアのその表情から読み取るに、ルカは助かるのかわからない状態なことは理解できた。
リュカは呆然とその様子を見ている。医師でもあるイシュバーンは現場の手伝いを。
私はと言うと……その場で泣いていた。

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