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【毎日更新】初恋の相手が義妹になった件。第1話
中学二年の秋。僕は初恋を失った。
そもそも、好きとは言えず、無邪気に惹かれて一人で騒いでいただけだったが、中学二年の夏休み明けに、惹かれていた女の子に凡そ恋人と呼ぶ人物が隣にいたからだ。
それからと言うもの、僕の中学生活は打ちっぱなしのコンクリート壁のようにグレーで、空に浮かぶ雲のように白くて、僕の伸びた前髪のように真っ黒だった。
高校の進学先は、クラス中の進路の話に聞き耳を立てた成果が出て、知り合いのいない高校へ、家から結構な距離だが進学した。
他人しかいないわけではないが、一人か二人、同じ中学の人がいるくらいで、大半は他人だった。
「澤田君?」
僕は驚いた。僕を知ってる人がいるだなんて、思っていなかった。
同じ中学の人も、ずっと別のクラスだったし、接点はもちろんないわけで、知り合いとも呼べないくらいだ。
そんな中で、僕を知っている人が居るとはと、心臓がバクバクした。
声を聞くからして女子。女の子の声だ。透き通ったまるで声優のような聞き取りやすい声をしている。
「えっと……」
「二年の時、同じクラスだった……」
「石川さん……」
石川百花。記憶の奥底から蘇るあの記憶。
何回もデリートボタンを押しても消えてくれない嫌な記憶。
僕の初恋の相手。
彼女が僕に気付くだなんて……それよりもこんな辺鄙なところにある学校に進学していただなんて、確か噂では私立高校を受験していたはずだ。
それが、なぜ公立高校に来ているんだ……。
「よかったー。知ってる人がいて」
「そ、そっか。よかったね」
僕は苦笑いを浮かべながら、彼女を見る。
中学の頃より少し痩せたように見える。あの頃のようなキラキラしたオーラはなく、普通の女の子のようになっていた。
それはおそらく僕が恋をしていたからだろう。まあ、一方的ではあるが、エフェクトが掛かっていてもおかしくはない。
「本当は彌生に行きたかったんだけど落ちちゃって、こっちに来たの」
「へぇ……」
知ってた。それはもちろん、把握済みだった。だが、受かっていたようにも見えたし、入試の時も近くにいなかった。
「あ、それから、親の再婚で苗字変わるの」
「そうなんだ」
「私も澤田になるんだ」
「え?」
「今日から澤田百花。よろしくね」
そうか、だから席が前なんだ。
僕はそう思いながらスマホの通知に気がついた。珍しく、こんな時間に父からのメッセージだった。
いつもは仕事前の時間、こんな時間に本当に珍しいなと、僕はメッセージアプリを開いた。
普段は業務連絡程度、買い物を頼まれたりするくらいだ。
僕の母は僕が幼い頃に亡くなった。それからは父と祖父母に育てられた。
特に祖母は母親代わりで、根気強く僕を育ててくれ、去年、この世を去ってしまった。
まさかと思っていた。そんな都合のいい話があってたまるかと。
「もしかしてさ……」
「どうしたの?」
「再婚で名前変わるってお母さんが再婚するの?」
「ええ……そうだけど」
「その相手は会ったことある?」
「何度かうちに来て挨拶した程度。お母さんの恋人だってくらいで、あんまり干渉しなかったな」
僕の嫌な予感が的中している気がしていた。
父が何度か帰りが遅くなることがあった。それも、祖母が亡くなってからだ。
仕事が長引いたとか、そう言う話をしてはいたが、時折、女性物の香水の匂いがしたので、僕は薄々勘付いてはいた。
そのうち話してくれるだろうと思っていた程度だが、少し不安だった。新しい母親と上手くやれるかどうかが、偶に不安になっていた。
でも、僕ももう高校生だ。今更新しい母親を本当の母親じゃないだなんて、物分かりの悪い子供じゃない。
「引越しとかは?」
「……澤田君、さっきから変な質問ばかりね」
僕は、蚊帳の外で騒ぎ立てているだけなのかもしれない。僕にサプライズでも仕掛けるつもりか。
「新しいお父さんの名前は? もしかしたら親戚筋かもしれない」
「……確か、利行さんだったっけな。利便性の利に行き先の行で、利行さん」
「……君、何月生まれだったっけ?」
「いきなり何? 11月だけど……」
「僕は8月。つまり、僕は妹が出来たんだな」
「え、もしかして……」
僕は、策を講じることにした。
恐らくは、僕が家に帰ると新しい家族が待っていて驚かせようと言う物だろう。
だが、今ここでその新しい家族が目の前にいるわけで、じゃあこっちからサプライズ返しをしてやろうじゃないか。
「これ、新しいお父さんじゃない?」
「え……なんで?」
「僕の父だから……」
「えーっ!じゃあ、澤田君がそうなの?」
大声を上げた百花を落ち着かせる。
百花は深呼吸をして、平静を取り戻すと、僕の目をじっとみた。
「最近よそよそしいなと思ったら、裏でこんな話を進めてたとは……」
「私、てっきり知ってるもんだと思ってた。あ、澤田君が向こうの連れ子だってことは知らなかったんだけど。歳とか性別まで聞いてなかったから、珍しいこともあるなって思ってただけなんだけど」
「昔からサプライズ好きな人だからまあわかるんだけど、こんな大事なこと、サプライズじゃなくてもいいじゃん」
僕が項垂れて嘆いてる様子を百花は笑ってみていた。
「ってことは、私達、兄妹になったの?」
「そうだね……僕が兄ってことになる」
「お兄ちゃん欲しかったけど、同い年の兄は……」
「僕だって妹、欲しかったさ。でも同い年の妹か……まあ石川さんみたいな容姿端麗な子ならいいか」
僕がそう言うと、なぜか百花は顔を赤らめていた。
そしてオリエンテーションが始まり、校内の設備について色々説明を受けた。
担任の梶山先生も良い人そうだ。
初日の行程は終わり、僕は帰路につく。もちろん、百花も同じところに帰るわけだ。
「朝は前の家から来たんだけど、帰りは絶対新しい方に帰ってきなさいって言われたんだけど」
「君にもサプライズってわけか……あの親父」
「……お父さん嫌いなの?」
「別に嫌いってわけじゃないけど、特別好きってほどじゃない。男手一つで育ててくれた恩は感じてるけどね。君も変わらないんじゃないか?」
「そうね……」
電車に揺られながら僕らは自宅へ帰る。
隣に座る元初恋の相手が、まさか妹になるとは思っていなかった。
いや、これは天文学的な確率かもしれない。
「一緒に帰ったら、驚くかな」
「だろうな……」
「ねえ、呼び方どうすればいいかな」
「そうだな……苗字じゃあおかしいし、名前呼びとか?」
「悠人君? 君は変か」
「まあ、どっちでもいいんじゃないか? 百花」
「なんか、さらっと呼ばれるの悔しい」
百花は僕の脇腹を肘で殴る。
そっちを見ると、百花の怒り顔がそこにはあった。
「これからよろしくね、悠人」
「こちらこそよろしくね、百花」
自宅へ着くと、引越しのトラックがちょうど発進して帰っていくところだった。
百花に訊くと、母が手配した業者ということだった。
恐らく、二人別々に帰ってくるものと思っているだろうが、そうはいかない。
「ただいまー」
「悠人、おかえり……って!」
父は百花の姿を見て驚いていた。
そして僕にとっての新しい母親、継母になる清恵さんが奥から騒動を聞きつけて出てきた。
「どうしたのって……もも?」
「ただいま、お母さん」
その後、僕らはリビングで二人から謝罪と釈明を聞くことになった。
「悠人君がサプライズ好きだって聞いたから……」
「それはこの人が仕掛けるの好きなだけです」
「うっ……」
父は気まずそうに目線を逸らしていた。
それを見た清恵さんは、父に向かって怒っていた。
「何見せられてるんだか……」
「そうよ。痴話喧嘩なら私達のいないところでやってよね。行こ、悠人」
僕らは二階に上がった。
百花の部屋は家財道具以外は全て段ボールに入ったまま積まれていたので、僕は開封作業を手伝った。
ジャンル分けされていたので、ある程度担当は決まっていた。
僕は学校のものを、趣味のものは本人で開けた方がいいだろうという感じで分担した。
「中学の卒アル……まあまだ見ても懐かしくはないかな」
「悠人三年の時、何組だった?」
「三組。ハラセンのクラス」
「じゃあ三年間ずっと三組だったんだ」
三年間のうち、二年の時は思い出したくない。
それこそ、百花に彼氏ができた時だったからだ。僕は叶わぬ恋をしたくない。そう思ってそれを諦めた。
一組の個人写真を見ると、石川百花がそこには載っており、少し懐かしさを覚えた
「好きな子とかいたの?」
「いきなりだな」
僕は眉間に皺を寄せて百花を見た。
ここはどうすべきか、刹那の間に考えた。
あえていうべきだろうかとか、口が裂けても言わずにいようかとか。
「いたけど、告白とかせずに終わったかな」
「え、誰? 気になる」
「……言いたくない」
アルバムを閉じて他の物を段ボールから取り出す。
教科書やノート類。これらは中学のものなので段ボールにしまったままの方がいいだろう。
「にしても、大半が趣味の荷物じゃないか」
「捨てるの下手なんだよね……後から、あれ何処やったっけってなるのが嫌で捨てられないの。そういうこと、よくあるでしょ?」
「わかるけどさ、流石にこれとか……」
ボロボロのぬいぐるみ。僕から見ればそうだけど、百花にとってはそうではないのかもしれない。
百花はそれを優しい目で見ていたから、そう思った。
「これはお父さんの形見みたいなものなの」
「君のお父さんは亡くなったのか?」
「うん、小学生の頃に事故でね。飲酒運転の車が対向車線をはみ出して来て、運転席側だけバンッてなって……」
「ごめん……」
僕がそう言うと気にしないで、と百花は僕に言った。そして僕も、自分の母の事について百花に話した。そう、僕らは失くした者同士だったのだ。
「さっき父さん達の馴れ初め、聞きそびれたな」
「気になるの?」
「どうだろう、僕は清恵さんを受け入れてるつもりだけどさ、なんか母さん以外の人と一緒にいる父さんが、なんと言うか……」
「わかるよ。私もお母さんに対してそう思う。でも、前を向いてくれた事が嬉しいかな」
子である僕らが受け入れてあげないといけない。とりあえず、百花と上手くやっていかないといけない。
僕は初恋を、胸の奥にある箱に鍵を掛けてしまった。
「ね、悠人の部屋見せてよ」
「散らかってるけど……まあいいか」
僕は、百花の部屋の向かいにある自室へ案内した。
部屋に入るなり、本棚やフィギュア、アニメのポスターに好きな声優の写真集を物色していた。
「へぇー、こういうの好きなんだ。あ、私これ知ってる人だ。可愛いよね、綾部香凜ちゃん」
「……君、わかる人だっけ?」
「普通の人よりかは、わかる方だと思う」
百花は僕の両手をそっと握ると、胸に当てる。
「ちょっと!」
「これを見て確信した。私達、上手くやれそうって」
「……まあ共通の趣味があるのはやりやすい、かな」
僕は目を逸らして、手の感触を確かめる。制服の上からでも、下着のラインがはっきりわかった。
「なんか……ようやく不思議な気分になって来た。だって、この前まで家族じゃなかったのに、今日からいきなり家族になるんだよね。なんか……結婚したみたいな」
「そうだね……なんかどの温度感が正しいのかわからなくなる。それに兄妹の機微なんて知らないからさ、どう接するのが正しいのか、未だに掴めてない」
僕は苦笑いを浮かべながら言うと、手を握っていた百花はそれが恥ずかしくなったのか、投げるように離した。
「とにかく、お母さん達を悲しませないようにしなくちゃ……」
「そうだね。二人が掴み取った幸せを守らないと」
熱くて堅い握手を交わした。
内心ドキドキだったけど、お互いの共通の目標ができたことで、多少はやりやすくなると確信した。
「ね、とりあえず参考にこのアニメ見ない?」
百花は僕のコレクションから連れ子同士のことを描いたアニメのブルーレイをプレイヤーに入れた。
僕の部屋は生憎にも、ベッドに座るのが一番テレビを見るのに快適なポジションだった。
僕は初恋の相手と、自分のベッドで二人並んで座るだなんて、想像していなかった。
高まる鼓動と、アニメの内容。連れ子同士が恋仲になる話を、僕は変に意識をしてしまった。
見終えた後の百花は、バツが悪そうにしていた。
「べ、別に狙ってやったわけじゃないからね。でも、連れ子って言えばこれでしょ?」
「うん。それに関してのチョイスは間違ってないと思う。けど……」
「有り得るのかな……その、私達も」
照れながらそう言う百花は、率直に言って可愛かった。
中二の僕なら、チャンスかもしれないとがっついていただろうけど……今はそんな気概はない。
「犯罪ではないだろうし、法律的にも連れ子同士ってのはよかったはず……ごめん。ロマンも無いようなこと言って」
「……どうであれ、これからよね。そうでもないかもしれないし、上手く兄妹って感じになるかもだし」
異性として意識することを捨てきれないのが、恐らくお互いに理解していた。
それでも、家族でなければいけないのであれば、僕は何処か旅にでも出てやろうかと思った。
旅人に行き先を訊ねても、きっとそれは無いと言うだろうし、終わりも定かではないだろう。
僕は仰け反ると天井を見上げて目を閉じた。
照明のチラつきと、鼓動を感じながら瞑想した。
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