初恋の相手が義妹になった件。第10話
百花の入浴が終わるまでの間、暇を持て余した僕はスマホで誰か知らない一般人が投稿した小説を読んでいた。
無理のある設定も、まあ小説だしと思えば受け入れられる。そもそも、ドラマとかでこの物語はフィクションですというテロップは僕は出さなくていいと考えている。
逆に実話の時だけ知らせてくれればいいし、フィクションってわかって見てるんだからと思うことが多々ある。
高校生の恋愛話。丁度、自分達と重なるので参考までにと読んでみたのだった。
「へぇ、面白い」
完結していた物語なので、次々と読み進めていく。
なんというか、これを無料で読めるのかと思うと僕は背徳感を覚えてしまった。
せめて作者の名前を覚えておこうと思い、ページをスクロールすると、筆者の名は『みゃーこ』と言うらしい。
「面白かったです」
と、淡白だがコメントを残しておいた。
「ありがとうございます!また他のもお時間あれば読んでみてください!」
と、すぐにコメントが返ってきた。
僕は他の作品を見ていると、やけに百合小説が多く、女の子同士の恋愛事情系が殆どだった。
まあ確かに、身近にそういう関係の人は居るけどと思いつつ、他のも読み進めていくと、なかなか面白い。
「百合っていいな……」
僕はそう呟いていた。
百花の部屋から物音が聞こえたので、風呂を出たのかと、僕は自室の扉を開いた。
「きゃっ!」
「っと、なんだ前にいたのか。なんか物音がしたから」
「ごめん、着替え持っていくの忘れてて……」
バスタオル越しに、百花の裸がそこにはあった。
「……エロいこと、考えてない?」
「そんなわけないだろ!」
僕は扉を閉めてベッドに寝転んだが、百花はすぐに扉を開けて僕の部屋に入ってきた。
「ドキドキしない? この下、裸なんだよ」
「しなくはないけど……」
「さっき童貞捨てるとかいいてたもんね。捨てちゃう?」
「ぐ……」
僕はその刹那脳内で囁き合う天使と悪魔に色々文句を言っていた。
というか、天使と悪魔は同意見で、行っちゃえやっちゃえだった。
「……百花はこんなんでいいのか? 初めてなんだろ。こんな初めてでいいのか?」
「え……」
「雰囲気とか、こんな悪ノリみたいな感じでいいのか? 僕はもっとちゃんとした雰囲気でしたい」
「確かに……そうよね」
百花は僕の上から退くと、自室へ戻って行った。
僕はため息をついた。意気地のない自分に対してもだが、正直、百花のその姿に反応しなかったことが何よりも悔しかった。
「……もっとちゃんとしなきゃ」
いざという時に恥ずかしくないようにしなくちゃと僕は心に決めた。
「とりあえず、風呂だ」
僕は着替えを持って風呂場へ向かった。
「あら、悠人。どうぞ先に。それとも一緒に入る?」
「断る」
「あらもう……親子のスキンシップでもしようかと思ったのに」
この親子は揃ってスケベなことを考えるな……それとも女とはそういうものなのか?
「親子のスキンシップの前に、男女のスキンシップになっちゃうけど、父さんが嫉妬しないかな」
「あらやだ、悠人もちゃんとわかってるのね」
「男子高校生の性欲、舐めないでもらいたいね」
僕は無駄にイキっていた。
百花といい清恵さんと言い、僕を揶揄ってくるからだ。
僕は一人で入浴をした。
ただ、湯船に浸かりながらここにさっきまで百花が入っていたと考えると、少し恥ずかしくなった。
入浴を終え、部屋に戻ると、ベッドの上で寛ぐ百花がいた。
「なんで僕の部屋にいるんだ」
「だって読みたい漫画、こっちにあるんだもん」
「どけよ」
「ん……」
百花は半身になって空いたスペースに来るようにと、その場所を手のひらでポンポンと叩く。
「どういうつもりだ」
「今日、一緒に寝よ?」
「言っておくけど、しないからな」
「わかってるよ。だけどなんか、今日は悠人とずっと一緒にいたいの」
「何だよそれ……」
僕は誘われるまま、百花の隣に横たわる。
「同じ匂いがする」
「そりゃ、家族シャンプーとボディーソープだからな」
「なんか不思議。今まではお母さんとはそうでも何も感じなかった。でも、悠人がそうだと変な気持ちになる」
「ただの変態なんじゃないか?」
百花は僕の太ももを蹴った。
「自分の彼女を変態って言わないの」
「自分の彼氏を蹴るなよ」
向かい合った僕らは、一つ笑みを浮かべてから目線を逸らした。
「私、変かな? エッチしたいって思っちゃうのって破廉恥なのかな」
「……自然のことだと思う。だって、人間の三大欲求だからさ、しょうがないよ」
「だとしたら、変なのは悠人か」
「かもな……」
僕はスマホを見ながら返事をした。
「何読んでるの?」
「ネット小説。一般人の投稿したやつ読んでる」
「面白い?」
「まあ、今の作者のは当たりかな」
僕はスマホの画面を百花に見せる。
「ねえ、このアイコン……」
百花は自分のスマホを操作して僕に見せる。
そこに映し出されていた画像と、その投稿サイトのユーザーアイコンが同じだった。
「みゃーこってもしかして……美夜子さん? ああ確かに崩して読むとみゃーこだもんな」
「聞いてみる? まだ起きてるんじゃないかな」
「え、でも恥ずかしいかもしれないし」
「だったら投稿してないでしょ。誰かに読んでもらうためにこういうのってサイトに投稿するんでしょ?」
「確かにそうだけどさ」
僕はそれを躊躇っていた。
確かにそうだとしても、身近な人に見られるのは少し抵抗を感じるのではないか?
「まあ確証はないから、やめておこうか」
百花は意外と素直に引き下がった。
僕はスマホを見ながら、百花の方へ向き直した。
「百花」
「え、何?」
まじまじと百花の顔を見つめると、百花は少し恥じらい、目線が泳いだ。
僕は揶揄ったつもりだったが、胸の高鳴りがどんどん大きくなり、百花を求めてゆく。
「え、ちょっと……」
百花の身体に触れると、僕は我に返った。
「ごめん……」
僕はベッドから出て、一階へ降りたが、そのあとを追うように百花もついてきた。
ピッチャーからお茶をグラスに注ぐ音と冷蔵庫の低い唸りが響いている。
真っ暗な台所とリビング。そこにお茶を飲む僕と、それを見ているだけの百花が居た。
「飲む?」
「……うん」
僕は飲み干したグラスにもう一度お茶を注ぎ、百花に渡した。
一気に飲んだグラスを僕に手渡す。おかわりということかと、新たにお茶を注ぐ。
「悠人ってさ、他の男子と違うよね」
「え?」
「普通男子ってさ、もっと来るものだと思ってたからさ、任せておけば楽だなって思ってた。でも、悠人は違うでしょ?」
「……何が言いたいんだ」
「別に悪く言うつもりじゃないんだけど、良い意味で悠人は線引きができる人なんだなって。関係性の。ここまで踏み込むと、これまでの関係性が崩れてしまうのがわかってるっていうか」
百花は手の中のグラスを遊ばせながら話していた。
「一緒にいると楽だなって思ったの。一緒にいるだけで、この人は私のことを好きでいてくれるって。だから好きなのかもしれない。でも、それが怖い。私、悠人が私を好きじゃなくなったら、私は悠人を好きじゃなくなるんじゃないかって」
「そんなことは……」
その瞬間、両親の寝室から大きな喘ぎ声が聞こえる。僕らは無言になったが、その一回だけでそれからは特に何も聞こえなかった。
百花の手からグラスを取り上げて、僕はその中のお茶を一気飲みする。
飲み干すとすぐに百花にキスをした。
「……感化された?」
「さあ……」
僕は少し激しめのキスの後、すぐに部屋に戻った。
「ねえ、悠人。私は本気にしていいんだよね?」
「……さっきからどうしたんだ? 不安だったり怖いだったり。もしかして今までの彼氏にそうされてきたのか?」
「言ったでしょ。彼氏は作ったことがないって。だから不安なの。何が正解かわからないから」
「それは僕も同じだよ。どうすれば正解かわからない」
となればと、僕らは恋愛アニメを見始めた。
隣に座る百花の肩を抱きながらそれを見る。
「あー、なんかいいね。こういう展開、私好きかも」
「これって俗に言う寝取られみたいなやつじゃないのか?」
「でもさ、嫉妬するほど好きってことだし。それで改めて愛を確かめられる」
「じゃあ僕は浮気するべきなのか? 例えばエレナとデートしたら、百花は嬉しいのか?」
「……それは嫌かも。それにエレナは可愛すぎるから勝てない」
百花は僕を離すまいとしがみつく。
僕は一生懸命、愛されているんだなと実感した。
「……キザなこと言うけど、僕は君がいればそれでいい気がするよ」
「くっさ……でも嬉しいな……」
僕らは横になると、すぐに眠りに落ちた。
お互いの温もりを感じながら布団の中で手を繋いでいた。
目が覚めると、時計は九時を過ぎていて、両親は出掛ける準備をしていた。
「おはよー」
先に百花がそう言うと、母は笑いながら「おはよう」と返した。
僕は清恵さんの顔を見て昨日のことを思い出してしまい、直視できなかった。
「どうしたの、悠人」
「な、なんでもない」
僕は母の問いにそう答えた。
「それじゃあ、お留守番よろしくね」
「うん、行ってらっしゃい」
僕らは二人を見送り、玄関が閉まると同時にキスをした。
「さて……どうしようかな。悠人、昨日のアレ、思い出してたでしょ?」
「百花だって同じだろうに」
「女は表に出さないからね」
僕は二人が怖くなった。母が、清恵さんが気づいていたかは別として、僕はしばらく母を直視できない日々を過ごすことになった。
「まあでも、そう言うことなのかもしれない。異性として意識しちゃうと、家族じゃなくなっちゃう気がする。だから、子供って反抗期があるのかな」
百花がえらく真面目なことを言うので僕は笑ってしまう。
「なんか悠人の気持ちが少しわかった気がする。戻れなくなるのは、怖いよね」
「……清恵さんはシェアハウスで暮らす同居人じゃない家族になろうとしてくれてるから、そこは何というか大事にしたい」
「うん、そうだね」
百花は自室へ戻り僕も自分の部屋に戻った。百花の残り香が、ベッドに染み込んでいた。
「まるで、マーキングみたいだな」
僕はそう壁に向かってつぶやいた。
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