⑥攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見
胸の高鳴りはもちろん恋とは違う。
いくらエリーが美しくて魅力的でも、相手はお姫様、この国の王女様だ。俺とは身分が違いすぎる。
「どうかされましたか? まだ意識がはっきりしていないとか……」
「そんなことはないんだけど……ただ、不思議な感覚があって。なんというか違和感、と言えばいいんだろうか」
「おそらく、魔力を感じられるようになったのでしょう。魔力とは、空気中に漂う力の源。呼吸をするように、私達のような魔導石を有する者は、それを無意識下で体内に取り込みます。これまでそうではなかったので、それを違和感に思えるのでしょう」
少しその言葉で違和感の謎について納得した。
一つ深呼吸をして、その違和感を鎮めるように目を閉じる。
それはまるで、体との対話で、意識を集中し、魔力を物質として認識する。
その塊のようなものを、体に馴染ませる。
「なんとなくわかってきた。これが、魔力か」
目を開き、エリーを真っ直ぐ見ながら俺は言う。
エリーは少し笑みを浮かべ、腰掛けていた椅子から立ち上がった。
「皆さんに報告してきますわね」
そう言うと部屋を後にした。
一人きりになった俺はどうにか体を起こして窓の外を見る。大きな満月が向かいの建物の屋根の隙間から顔を出していた。
なんとか立ち上がり、窓を開けると涼しい夜風が入ってきた。
思えば遠くまで来た。あの腐った街から離れて二日しか経っていないのが不思議だ。
少し黄昏れているとノック音が聞こえた。
「おいおい、起きてて大丈夫なのか?」
「サイモンさん……」
「姫様が目が覚めたって言ってたから、ほらこれ」
サイモンが俺の剣を持ってきた。
「血糊は落としといてやったから。ていうか、うちの騎士団長の剣をどうしてお前が持ってるんだ?」
「騎士団長の? 俺はただジェフさんから貰っただけですけど……」
「そうなのか?」
ベッドの脇に剣を立て置く。
「それにしても見事な太刀筋だったな。剣もそうだが、うちの騎士団長そっくりだ」
「剣は父さんに教わって……最近は振ってなかったから、不安だったけど……」
父は街でも指折りの剣の腕前で、子どもたちにもよく教えていた。
俺もよく手解きを受けていたが、亡くなってからは昨日剣を握るまではナイフ、もしくは短剣しか握ったことはなかった。
「お前の父親の名前は?」
「デイビッド……デイビッド・ランドールです」
「ランドール……そうか、やはりな」
サイモンは少し納得したような顔をして、俺の顔をじっと見つめる。
「聖騎士団の元団長。名前はデイビッド・ランドール」
「父さんと同じ名前……?」
「いや、俺は同一人物だと思う。忽然と姿を消した騎士団長……」
「そんなに有名なんですか?」
俺の質問に、サイモンは少し厳しい表情を見せてた。
「聖騎士団は王都では憧れの的だったさ。国内で騎士団同士の模擬戦闘訓練があるんだが、それで何度も優勝をしている。王都で剣を握る子どもは一度は憧れた。俺もその一人さ。特に騎士団長のランドールさんにはサインを貰うくらいにな」
「父さんがそんなに凄い人だったなんて、知らなかった……。たまに王都の話はしてたけど……」
「何か事情があったんだろうけど。騎士団長の位がある人がいきなり居なくなるだなんて、そんな責任感のないことをするような人には思えないし……」
「事情……。王都を離れてあんな辺境の街に移り住むほどの事情が何か……莫大な借金を負ったとか?」
「そんなことはないだろうが、誰にも言えない事情……まあ詮索するほどではないが……団長はお変わりないか?」
「父さんは……五年前になくなりました。不慮の事故で」
「事故? それはどういった……」
「スウィントンは丘の中腹にできた街で……そこらじゅうが坂道だらけなんです。で、縄が切れた荷車が坂の上から転がり落ちてきて、父さんと母さんはその荷車にはねられてしまって……」
「……そうか。すまなかったな」
「いえ……それでこの剣、父さんのなんですね」
俺は剣を手に取り、サイモンに訊ねた。
「ああ、剣も甲冑も何もかもそのまま家に置いていなくなった。それこそ夜逃げをしたかのような……君もそこにいたと思うんだが、覚えていないのか?」
「いや……、覚えていないですね」
ただ、薄っすらと知らない光景が脳裏にある。
それが、王都なのか、夢で見ただけのものなのかはわからない。
そしてさっきの眠りの中で見た夢のような光景。
実際に王都に行けばわかるのだろうか?
父さんが王都を去った理由……それが何なのか。
「俺が確かめたかったのは、お前が団長の息子なのかどうかだけだ。まあゆっくり休め。じゃあな」
そう言うとサイモンは部屋を出ていった。
改めて窓の外を眺める。
そして剣を抜いてあの瞬間のことを思い出す。
あの時、俺は魔力を使ったのか……どう使ったのか思い出せないけど、おいおい覚えられるのだろうか。
剣を少し振ってみる。初めに持った時より重くは感じない。
「これを父さんが使ってたのか」
そう呟いてそっと鞘に戻す。
『力は使いようだ。だが、間違った力の使い方は人を傷付けたり、自分を窮地に追いやる。だから、それだけは忘れるな』
ふと、父の言葉を思い出す。
父からもっと教わりたかったことだってあるし、母の温もりをもっと感じていたかった。
俺は久しぶりに両親を思い出して涙を流した。
月は慰めるように俺を照らす。
道端の黒猫がこちらを不思議そうに見つめる。
俺は窓を閉じ、ランプを消すとベッドに潜り込んだ。
寝付けはしないが、目を閉じていると少し楽に感じた。今までそうしてきたように、独りで生きる力をもっと付けなければいけない。
魔力の流れを感じる。なぜだか安心感を覚えて俺は眠りに落ちた。
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