【毎日更新】初恋の相手が義妹になった件。第3話
「流石にそれは恥ずかしいから、やめて」
勇気を出した、苦肉の策は結局拒絶されてしまった。
だが、百花は顔を赤くしているので、完全に失敗だったわけではないだろう。
しかし、作戦の評価はかろうじてマイナスを逃れただけだった。
その後はそれぞれ、風呂に入り自室へと篭った。
どれが正解なのか分からず、僕は天井と睨めっこをしながら考えた。しかし、考えはまとまるわけがないし、ふと冷静になった時、自分のベッドに初恋相手が座っていたこと、向かいの部屋ではその子が過ごしていると思うと、それはそれで中々悶々とすることではないか。
朝になれば、いつもの日常がやってくると思い布団に潜り込んだ。
夢のような夢だった。
初恋の相手と偶然再会して、恋仲になり毎日がカラフルで、目が痛くなるくらいだ。
目が覚めてからは、不思議な感覚で初恋の相手が先に洗面台の前で歯を磨いていた。
そっか、これは義妹だと気付いた時、僕は突然慌て出した。
「ご、ごめん……」
何故謝る? 僕は自分自身に疑問を抱く。
「なんで謝るの?」
全く同じことを彼女に言い返される。
僕は寝癖頭を掻きむしりながら、自分の歯ブラシを取り、歯磨き粉を乗せた。
「あ、なんか兄妹っぽいね。並んで歯を磨くって」
「ぽいじゃなくて、兄妹なんだから」
僕はサッと歯を磨いて口を濯ぎ、寝癖を治して顔を洗った。
顔を拭いて目を開けると、目の前で着替えてる百花の姿に吹き出してしまった。
「ちょっと……ここで着替えなくてもいいだろ?」
「だって、免疫つけておかないと、何時何処で見たり見られたりするか分からないじゃん」
「そうだけどさ……」
思ってない。意外と胸大きいんだとか、ブラジャーってこんな形で、着けるとこういう風になるんだとか、ブラとパンツは揃ってなくていいんだとか、は。
「ほら悠人も着替えてよ」
「着替え持ってきてないから……って。何するんだよ!」
百花は僕の寝巻きのスウェットの上を脱がそうとしていた。
「……意外と筋肉あるんだ。部屋に懸垂機とかあったしやっぱり鍛えてる?」
「別にそんなつもりは……」
僕は下着姿の百花をチラチラ横目で見ながら捲り上がったスウェットを正す。
咳払いをして、場を正すと、僕は洗面所を出る。
「服、着たら? 父さんにも見られるぞ」
「家族だし別にいいんじゃない? それとも、見られてほしくないの?」
「じゃあ清恵さんの前で僕がパンツ一枚でいても、百花は文句ないってことだな」
「あーなんか、変な想像するから、やめてほしいかも。なるほどね、そういうことがあるよね」
百花は服を着て僕の後ろを歩く。
「じゃあ、二人の秘密ってことで」
「何がだよ」
「私のお尻のほくろの位置とか?」
「……そのうち無理やりひん剥いて確認してやるからな」
「きゃー、お兄ちゃんのエッチー」
百花は典型的でわざとらしい仕草をして僕をからかうが、僕は平静を装った。
ここであえて僕の本心を語るであれば、いくらでも見たい。ほくろの位置をすぐにでも確認したい。胸だって舐め回すように見ていたい。
だが、何というか自重したのは、まだ早いと判断したからだ。
ここで獣みたいに百花を襲ってしまうと、あの二人が何を思うか分からない。ショックを受けるかもしれないし、最悪、離婚してしまうとかもあり得なくはない。
「いいから、制服着替えてこい」
「あ、絶対一緒に登校しようね。これは絶対だから」
「わかったから、僕の部屋に着いてくるな」
百花を部屋から追い出すと、僕は着ていたものを脱ぎ制服へと着替える。
気付かないふりをしようかと悩んだが、変態のような鼻息の荒さが耳障りだったので、ドアを閉めた。
「全く、そんな人とは思わなかったよ」
「悠人にしか見せない一面を見せて虜にする作戦。昨日考えたの。流石に親の前で告白しちゃったし、このままじゃ引けないからね」
「どうするんだよ、仲違いしたりしたら面倒臭いことになるぞ」
百花は少し考えた後に「まあ、何とかなるんじゃない>?」と、軽く流してしまった。
「二人ともおはよう。なんかずっと騒がしかったけど、朝からラブラブね」
「清恵さん、いいカウンセラー紹介しましょうか? あれがラブラブに聞こえるなんて、重症かもしれませんよ」
「お母さんに言われたくないわ。朝から夫にバックハグして子供に挨拶するのは結構重症だと思う」
「二人して……そんなに息を合わせて言われると、なんか嫉妬しちゃうわ。ね、利行さん?」
父は困ったようにこちらを見る。だが、僕はその視線を叩き落とすように目線を逸らした。
僕と百花は、清恵さんが用意してくれた朝食を食べ、家を出る時間までゆっくりした。
「そういえば、ちゃんと二人が制服姿なの見てなかったわね。そうだ、写真撮りましょ」
僕らは家の前で写真を撮った。同じ高校の制服を着た初恋相手は、もうそういう目で見ることはないかも知れないくらい、特別な人に見えなくなっていた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
僕らがお互いにこのまま、他に好きな人ができずにいたとしたら、お互いを好きでいたとしたら……なんて夢みたいなことを考えられているうちは、僕は初恋を拗らせているのだろう。
「昨日の約束、覚えてる?」
「売れ残ってたらクリスマスデートだろ? もちろん」
「先にはっきり言っておけば面白いかなって思ったから言うけど、私は悠人とクリスマスデートをするつもりでいるから」
「つもり、か。百花が他の誰かを好きになって、そいつとデートするなら僕はそれで構わないと思ってる。どっちかというと、僕の方が受動的だからね。僕にモテる要素はないから、言い寄られたりするのは君のほうが圧倒的だろうから」
僕は小説に出てくる卑屈でニヒルな主人公を演じた。
「……今度私の行ってる美容院紹介するわ」
「何でだよ」
「さっき言ったことを後悔させるためよ」
そっぽを向いてから「早くしないと遅刻するわよ」と、百花は言って歩き始めた。
僕はそれを追うように歩く。
「いってらっしゃーい!」
家の前で清恵さんは大きく手を振ってくれた。僕はそれに手を振り返すが、百花は振り向くことなく歩いていた。
学校へ着いて、教室に入ると、自然と目線を集めてしまうのは、同じ苗字で一緒に登校してきたからだ。
そして、前後の並びで席に着くと、それはそれで注目を集める。
「あ、百花。埃付いてるぞ」
僕は前に座る百花の後ろ髪に付いてた埃を取る。
「ありがと」
「いえいえ」
意外と外ではちゃんと家族ができているのかもしれない。僕は希望的観測をしていた。
「ね、二人って……どういう関係なの?」
隣の席の間宮胡桃が僕にそう訊ねてきたので、僕は「兄妹だよ」と、答えた。
「兄妹? あんまり似てないけど」
「血の繋がりのない兄妹だよ。連れ子同士なんだ」
「へぇ……そんなこともあるんだね。あ、私、間宮ね。気軽に胡桃って呼んでね、悠人君」
間宮がそう言うと、百花はキッと間宮を睨んだ。
「……私、気に障ること言ってかな?」
「大丈夫、間宮さんは別に悪くないよ。それにしても、あからさまに、わかりやすく嫉妬する妹は可愛いもんだな」
「あら、クラスの女子に話しかけられて鼻の下を伸ばしてる情けない兄に言われたくはないわね」
「……二人、仲悪いの?」
間宮は当然のリアクションを取る。だがすかさず、百花は持ち前のコミュ力を発揮して間宮に近づくと、二人で楽しそうにおしゃべりが始まった。
「……」
誰だこの金髪美少女は……。僕はただ、そう思うだけでなぜ僕のことをまじまじ見てきているのか分からなかった。
「えっと……どうかした?」
「そのアクキー、クラスイのマーヤちゃんですよね?」
彼女は僕の鞄につけている、アイドルアニメに登場するユニットであるクラフトスイーツというユニットのメンバーのマーヤのアクリルキーホルダーを指差した。
「そうだけど……もしかして、君もオタクかい?」
「マーヤちゃんの担当声優さん、デビューからずっと追っかけてます!」
金髪美少女は僕の手を握ってそう言うと、自分のスマホをポケットから取り出し、見せてきた。
「おお……マーヤのスマホケース。これたしか、応募者限定品じゃ」
「流石、わかるんですね。私、中学の時周りにオタクがいなくて……お友達になってもらってもいいですか? あ、私、赤松エレナって言います!」
「僕は澤田悠人。よろしくね、赤松さん」
エレナと握手を交わすと、僕はチラッと前を見た。
「あ、あの……」
「あー、可愛い妹が嫉妬してるだけだから、気にしないで。あ、妹って言っても、義理の妹だから」
「つまり、連れ子ってことはアレですね?」
「そう、アレと同じ」
僕らはオタク特有の笑いをしていたら、隣の間宮は少し引いていた。
エレナとアニメ遍歴について少し語り合うと、予鈴が鳴ったのでエレナは自分の席に戻った。
「私も、マーヤちゃん好きだから」
百花はさらっとそう言い、すぐに前を向いてしまった。
「嫉妬だね」
「可愛いだろ?」
「なんで悠人君が自慢げなのよ」
「自慢の妹だから。義理のだけど」
「仲良しなんだねぇ」
間宮と僕は、ヒソヒソ話をしていると、百花はそっぽを向いてしまった。
「ももちゃん、わかりやすい」
間宮はそう言いながら笑っていると、本鈴と同時に先生が入ってきて授業が始まった。
休み時間は基本、エレナとアニメ談義をしていた。
百花は話に混ざりたそうにしていたが、間宮はずっと百花に話しかけていたため、混ざることはできなかった。
昼休み、食堂で僕はランチセット300円という価格設定に驚愕しながら昼食を摂った。
「なるほど、お弁当より安価ね」
「別に、お昼まで一緒じゃなくていいんだけど。それとも、一緒に食べたかった?」
「家族なんだから一緒にいる理由は必要ないでしょ」
「まあ確かに」
僕好みの醤油味の唐揚げを頬張りながら、二人の会話を眺めるエレナと間宮。
「兄妹というか……恋人同士みたいね」
「確かに、間宮さんの言う通りかもしれない」
僕は隣のエレナを、百花は隣の間宮を鋭い視線で牽制する。
「……冗談だよ。ね、エレナちゃん?」
「そ、そうだよ。ね、胡桃ちゃん?」
二人がいつの間に仲良くなったのか分からない。共通した観察対象があるからか?
「あ、アッキー」
「胡桃、食堂に来てたのか」
間宮から彼は斉木明良と紹介され、僕らは間宮から斉木に紹介された。
そして斉木が間宮の彼氏と聞き、百花は安堵した。
「付き合ってるんだったら二人で食べたらいいのに」
「友情を優先する約束なの」
百花の問いにそう答える間宮。エレナは感心したのか、深く頷いていた。
「そうだ、唐揚げあげる」
間宮がそう言うと、斉木は口を開けてそこに間宮が唐揚げを放り込む。
「これが俗に言うアーンってやつね……」
「百花、なんでそんなに慄いてるんだよ」
「だって、恋人同士といえばじゃない。それに間接キスもって、メインディッシュが二皿あるってことじゃない」
何故か興奮気味の百花を首を傾げて見ているエレナが、ものすごく可愛かった。
「うちのパパとママ、よくしてるけどな」
「そう考えてみたら……身近にそう言う関係の人、いなかったから。ね?」
「確かにな」
僕らは片親で過ごしてきた人生が長い。
夫婦というものを見ていたら、それがそういうものなんだろうと、理解できていただろう。
僕は尚更、母のことをあまり覚えていない。
「私達もやってみる?」
「なんでトマトでやるんだよ」
「私、トマト嫌いだから……お兄ちゃんにあげる」
僕らは普通にそのアーンというものをこなしてしまった。
僕はジューシーなトマトを噛みながらそれを自覚すると、直ぐに顔から火を吹きそうなくらい恥ずかしくなった。
「やっぱり兄妹というか、恋人同士ね」
「うん」
間宮とエレナは腕を組みながら頷いていた。
まあ、これが百花の狙い通りだったことは後で知ることになるのだが、この時はどういうつもりか、探りながらの対応をするしかなかった。
「でも、嫉妬の仕方が絵に描いたような妹の顔をするんだよなぁ」
「そりゃ妹だからね」
やたら自慢げに言う百花の目をまじまじ見つめてみると、少し照れてめせんを逸らされた。
そして僕は唐揚げに目線を落とすと、一つ減っていたので、恨めしさを込めた視線を百花に送る。
「気を抜いてる方が悪いのよ」
「食べ物の恨みは重いからな。末代まで呪ってやる」
「あら、それだと自分も呪うことになるけど」
「人を呪わば穴二つってね。元々、想定内だよ」
会話の隙を見て、百花の皿から唐揚げを助け出した。僕はそれを頬張りながら、ご飯をかき込んだ。
食べ終えて食器の返却口へトレイを百花の分も運び、テーブルへ戻ると、何故だか百花は真っ赤になって恥ずかしそうに座っていた。