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⑦攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見

目が覚めると、外は明るくなりきっておらず、朝日はまだ東の空に沈んでいる。
ベッドを抜け出し外へ出ると、一日の始まりを告げるような、新鮮な空気がそこにあった。
深呼吸をすると、その新鮮な空気と魔力が体内に取り込まれる。
路地裏を覗くと、黒猫がこちらを睨む。
暫くあたりを散策していると、荷馬車が見えた。

「あれ、ジェフさん?」

「おう、元気になったか? びっくりしたぞ、魔物をやっつけたと思ったらいきなりぶっ倒れやがって」

「てかなんで、こっちに?」

「俺の部屋、おめーに取られたからよ。まあ、ベッドで寝るよりこっちで寝るほうが性に合ってるから別にいいんだけどよ」

「なんかすみません……」

頭を下げると「いいってことよ」と鼻を掻きながらジェフは言った。

「にしても、まさか魔導の力を持ってるとはな……あのお嬢さんもそうだが、そうそう見ないからな」

「ジェフさんでもそうなんですか?」

「当たり前だ。そうゴロゴロいるもんじゃねえからな」

ジェフはそう言うと巻き煙草を咥えて火をつけた。
紫色の煙がジェフを包む。

「二三日はこの街にいるから、それまでにしっかり体休ませとけよ」

「なにか手伝いますよ。タダでお世話になるなんて流石に……」

「魔物をやっつけてくれたんだから、いいってことよ」

「いや、でも……」

俺がそう言うと、ジェフは一つ大きく煙を吸い込んで吐いた。

「なら、お嬢さんの身辺警護をするんだな。サイモンから聞いてるが、お姫様なんだろ? そんな人が攫われてこんなところにいるんだからな。わざわざ割ける人員もいないしちょうどいいだろ」

「確かに、そうですけど……」

「それに、助け出したのはお前だろう。最後まで責任持て」

「それは……わかってます」

話をしていると朝日が覗き込む。
少し眩しさを感じながら東の空を見る。

「王都まではあと二つの都市を経由して行くから少し時間は掛かるが、ちゃんと連れて行くからよ。そこは託された俺の責任だ」

「でもそれは、俺たちが巻き込んだようなものなんで……」

「気にするな。ちゃんと大人を頼れ」

ジェフは俺の頭を掻きむしると、宿へと向かった。

「朝飯だけでも食うか」

俺はジェフに着いていく。
明るくなった路地裏にはもう黒猫はいなかった。
宿の厨房からは卵を焼く匂いがする。

「ルカ!どこへ行ってたんですか!」

エリーが俺を見るなり怒鳴る。

「さ、散歩に行ってただけだよ」

「もう、心配したじゃないですか。部屋を見に行ったら居なくなってて……」

「ごめん……」

「もう体は大丈夫なのか?」

サイモンが食堂の奥から顔を覗かせる。

「なんか治ってたんですよ。急にと言うか……」

「確かに昨日、起き上がってたもんな」

「しかし、そんなに早く治ると言うことは、大分魔力の使い方わかってきたんですね」

エリーがそう言うと俺は小さく頷いた。

「深く呼吸をしてからかな……体がスッと楽になった」

「便利なもんだがリスクはある力か……畏れられる力なだけある」

「ルカが使ったのは身体強化だと思います。魔力によっていつもより速く強く動くための魔法ですわね。その反動で筋肉や骨にダメージを負った。そして、回復促進も自然に使えたというわけですね」

「魔法……?」

絵本の中のおとぎ話で聞く言葉。
俺は魔法使いが使う魔法……という認識しかなかった。

「魔力をどう使ったか。それを魔法と言いますわ。これも魔物と同じく現象を表す言葉です。別に火を出したり、水を出すだけが魔法ではありません」

「俺でも火を出したりできる……?」

「それは……わかりません。大体が適性というものがあると聞きます。なので私は身体強化は使えませんが、火を出すことはできます」

「そうか……」

エリーの向かいに座ると、エリーは少し驚いた様子を見せた。

「ん? どうかした?」

「い、いえ……」

少し頬を赤らめてエリーは目を逸らした。
俺は目の前にある朝食をがっつく。
久しぶりにまともな食事を摂った。
俺は荷馬車の中で、この旅団の料理係のミモザが焼いたチョコチップクッキーくらいしか食べていなかった。

「そんなにお腹が空いていましたの?」

「そりゃ……昨日食べてなかったから」

「あぁ、そうでしたわね」

エリーはお淑やかに、丁寧にナイフとフォークを使いターンオーバーの目玉焼き食べる
隣のテーブルのサイモンと片腕を三角巾で吊ってるヘイズの傭兵コンビが皿まで食べるんじゃないかってくらいにがっついている。
エリーはそれを見て改めて俺を見る。

「意外と、丁寧に食べるんですね。それもお父様の躾ですか?」

「これは母さんかな? テーブルマナーにはうるさかったから」

母はいいところの生まれだったのだろうか?
父が聖騎士団の団長だったということもあり、今になってそう思えてきた。

「エリーはさすが王女様だね」

「そう、ですわね」

言われたくないことを言ってしまったような気がした。

「ほら、コーヒー。ブラックでいい?」

ミモザがマグカップを二つ持ってくる。

「すみません、私はミルクと砂糖を……その、たっぷり入れていただけません?」

「エリーって甘いの好きなの?」

「……そうではありません」

「あー、苦いの駄目なのか」

「飲めます!それ貸してください!」

エリーはブラックコーヒーを手に取り一口飲む。

「ゴホ!ゴホ!」

「無理しなくていいのに……」

咽たエリーの背中を擦るミモザ。

「ルカは? 甘くする?」

「俺はこれでいいよ」

エリーのマグカップを手に取り一口飲む。

「え……ちょっと」

「うわー、間接キスだぁ……」

女子二人がこちらを見て少し照れている。

「別に、気にすることないだろ?」

「き、気にします!」

「そうよ!乙女の純情をもて遊んで……」

「人聞きの悪いこと言うなよ!」

人とワイワイ騒ぐ。
こんなの何時ぶりだろうか?
歳の近いエリーとミモザに囲まれて俺は、これが日常なのかと久しぶりの平和な朝を感じたのだった。




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